覚悟の形

文字数 2,416文字


 戦えば良い。
 それを望まれた時に、ノエル自身に迷い等一切無かった。元よりこの場所に居る事に意義等無く、それによって求められる要求は此処に居る為の必須条件であるというのであれば、それを拒否するつもり等来た日から彼には一切無かったのだ。
 けれど、彼女はどうだろう。
 恐らく全く異なる筈だとノエルだって安易に想像出来る。
 連れて来られたばかりで、当然のように帰りたい場所があって、そんな中で軟禁状態のように此処に置かれている状態である彼女が、更に望まぬ争乱になど放り込まれるという事になれば、本人の意思を考えれば拒絶が強く出るだろうと、簡単に理解出来る。
 望まれた所で、本人がそれに意欲を持たなければ意味が無い。
 それは、同じ立場であるノエルだからこそ誰よりも理解出来ていた。
 周囲の者達が如何に強制しようとも、本人がそれを望まない限りは絶対に力が発動する事は無い。それはそういう存在だった。もしかしたら、彼女と入れ替わるように居なくなってしまった彼の人であれば、動かせるのかもしれないが。
(何でかな。普通、駄目な筈なんだけど、ハヤトさんもまだアレの権利者な気がするんだよね、僕)
 言葉で説明するのは難しい。
 けれどノエルの中でそれはまるで当然のようにある感覚だった。
 アレを使える者を『権利者』と彼等は呼んでいるのだけれど、普通であれば代替わりが起こる度に完全に委譲されるはずのその権限が、今回に関しては明確に行なわれていないような気が、するのだ。とはいえノエル自身、自分の権利譲渡しか知らないのだから比較対象は他に無く、それは本当に感覚でそう思えるとしか説明しようが無いのだが。
 彼女、エリカは、本来の『権利者』ではないのではないか。
 ノエルの中でそれはエリカが来てからずっとあった疑問であったが、口に出す程愚かでもなかったから、自分のうちに秘め続けていた。
 だが、争乱が起こるとなると、事態は変わってくる。
 戦う覚悟の無い、権利者。
 その果てにあるのは恐らく敗北でしかない。敗北後にどうなるのかなどノエルは知らないが。
 前回ただ一人のみで争乱を制した欠番である0ナンバーを此処で期待するなど馬鹿馬鹿しいだろうし(しかもそれは酷く昔の話だ)かといってノエルは自分があの過去の記録映像にあったようなゼロのような働きが出来ない事を知っている。
 アレは存在自体が別格なのだと、ノエルが権利者である2のソレが伝えてくるからだ。
 自分達がゼロと呼び欠番化しているソレは、特性は1に近い。否、正しくは『1がゼロの特性を持って生まれたモノ』と言った方が良いだろう。壊す事に特化した存在。そしてノエルが権利を現在所有しているソレは、別の特性だ。言うなれば防ぐ事に特化した存在。
 そしてゼロの持つ力は、ノエル達のソレとは遥かかけ離れたものだ。だから前回の争乱がゼロの覚醒後に一瞬で決した。ゼロが覚醒した時点でその結果はもう決定事項だったのだ。
 だから、ノエルはゼロのような事はそもそも出来ないし、かといって攻撃にも向かない。
 残るはもう片方だが、先の通り、どうやら微妙な状況であるとノエルは感じている。
(でも、仕方ないよね?)
 かといってエリカを責める気持ちはノエルの中に一切生まれない。彼女は巻き込まれて、この場所に居るのだ。本来なら来なくても良かったかもしれないのに。
 そのエリカ自身がもし何もしない事を選んでも、それはエリカの選択だ。
 ノエルは自分の出来る事をするだけ。出来るなら、エリカの選択毎、全てを護れたらと、思うだけだ。無茶な望みだと解っているけれど、けれどノエルの望む事などそれしかない。多分、本当ならハヤトが護りたかった彼女が此処に居るのなら、彼女毎、護れればと。
 それが彼の覚悟。
 強制されるからではなく、己で選んで決める未来。
 自分のソレが置かれている場所で誰もいない時間を見計らってそっと入ったノエルは一人、迫ってくる争乱を前に自分自身に再確認する。己の覚悟を。
 その時。
 こつり、と足音が一つ、落ちて。
「あらま、未だはっきりしないお姉さんに比べて、こっちははっきりしてるわね」
 聞き覚えの無い女性の声に、ノエルはゆっくりと振り返る。本来ならば此処にいてはならない時間である事は解っているから、本当は誰かに見つかる事そのものを怯えなければならないのに、何故だろうその時ばかりは心が薙いでいた。
 覚悟を決めたばかりだったからかもしれない。
 声の主は、暗い中でも仄かに輝くような白に近い灰色の、長く緩くウェーブを描く髪を揺らしてノエルの少し後方に立っていた。この場所に務める者が基本的に着用している制服は着ておらず、裾の長い黒のワンピースを着ている。端に伸びる程に裾の広がるそれは、彼女の髪のようにふわりとその身を包んでいた。
 目は、赤、だろうか。
 これまでに見た事の無い女性だった。髪や目の色、そして整った顔立ちは一度見れば直ぐに覚えられる程に特徴があったから、はっきりと言い切れる。
「貴方は」
「初めましてノエル。私の名は、まぁ、レイで良いわ」
「…………ゼロの、権利者さん、ですか」
 答は、ノエルのソレが教えてくれたから、そのままに口に乗せれば女はふわりと笑った。
「えぇ。貴方達の言う権利者、よ。今回の傍観者になりに、ちょっと戻ってきました」
 暗に自分は出る気がないのだと言うレイを前に、ノエルは本当に争乱が差し迫ってきている事を、改めて感じた。ゼロの権利者が自分の目の前に態々姿を現す程に、もう時間はないらしい。
 想い描くのは、此処に囚われているもう一人の権利者。
 恐らくはきっとまだ悩んでいるだろう、彼女。
 もう、時間は迫ってきている事を教えた所で、どうなる訳でもない。ただ後悔の無い選択をして欲しいと、改めてノエルは願う。自分はもう覚悟は決まっているから、ただ願い、その為に動くだけ。
 期限は、もうすぐそこまで迫っている。
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