初めてのクリスマスパーティ
文字数 2,862文字
年に一度の日。
それは誕生日でも、祝日でもないのに大切な日に思えるのだから不思議だ。宗教なんてウチには関係ないし、ましてやキリストなんて興味も無いのにクリスマスといっては騒ぐのだから、日本人もほとほと祭好きだと思う。しかもこんな年末の、忙しい時期、年の暮れに何の思想も無いくせに騒ぐのだから始末に終えない。
本式のキリスト教ではこんなに騒がないのに。
でも、そんなのはまだ可愛い。まだまだ社会に溶け込めない学生が朝まで馬鹿騒ぎするのも、カップルが朝までホテルで馬鹿みたいに愛を語り合うのもいいだろう。それを神がどう思ってようが関係ない。
もっと馬鹿馬鹿しいのは、そんな誰もが忙しいはずの日に、明らかに仕事で忙しくなるはずの奴らが、必ず休んで毎年パーティをしているというこの事実だ。
あり得ない。
その一言に尽きる、この風景。
「…………信じらんねぇ」
「まだそんな事言ってるの? 意外に真面目なんだねえサフォンドってば」
とりあえず口から出てたらしい本音を、全ての首謀者といっていい男はききつけていたらしい。いつもそうだ。この男はむかつくくらいに耳がいい。
呆れたようにこっちを見てくる地獄耳のその男が白いヒラヒラしたエプロンをつけているのはとりあえず黙殺する。どうせこの男には常識もセンスも世界の法則も通用しないんだから、気にするだけ無意味だ。さっきから忙しく動き回っている男の、小さな弟が同じデザインのエプロンを付けてるのも、もはや指摘する気もない。
料理の乗った皿を並べながらヤツは首を傾げて俺の方を窺う。ふわふわした髪が、揺れる。
一般的に見て欠点が見当たらない、極上なのだろう姿形をしたその男は、そんな風にしても隙が無い。はっきりいってそれが気持ち悪い。
よくまぁ、あの善良な弟がこの兄と毎日顔をつき合わせられるもんだと思う。慣れ、だろうか?
とりあえず、ヤツとは話したくないから弟の方を見た。丁度飲み物を冷蔵庫から出してきた所を捕まえる。
ソイツの兄とは違う、硬い髪をわしゃわしゃと撫でて問いかけた。
「なぁ、毎年このパーティやってんのか?」
「うん、そうだけど」
あっさり返される肯定に思わずため息をついた俺を責められるやつはいないと……思う。
「どうりで…………」
毎年、この日は。
口に出そうとした事実は、伝わってきた気配に永遠に出口を失った。
ヤツは笑ったまま、気配だけで圧力をかけてきやがった。要は「余計な事を言いやがったらタダじゃすまねーぞ♪」ってやつだろう。極悪非道な理不尽の権化にとって、弟は特別な地位にいるのはわかってたことだけど、どうやら何も教えてないらしい。
まぁ、ヤツに育てられたにしてはスレてない上に普通なこの弟が兄の数々の所業を知れば黙ってはいないだろう。
そんなに気にするなら、それ相応に弟を育てりゃいいのに。
アイツが何を考えてるか、俺にはわからない…………解りたくも無いけど。
「行っていい?」
「お、おう。悪いな」
何にも気付いてない弟は、にこっと笑って俺の腕から離れていく。
あぁ、まったくヤツの弟にしてはよく出来てるよ。素直で可愛い…………もう数年したら反抗期に入るんだろうな〜。
「何か言いたそうだねぇ?」
「べっつに〜」
どうせ何か言っても無駄だろう?
お前の行動を変えられるのは、そこの弟ぐらいしかいないんだろうからな。
にこにこ笑ってるその顔がタチ悪いってんだ。
「アリアちゃんはもうすぐ来るよ。もう片付いたみたいだし」
おい待て。
お前さっきからずっとこの部屋で準備に勤しんでいただろう? なんでそんな事知ってるんだよ? しかもその内容が事実だから腹が立つぞ。
「んなこと解ってんだよ」
「だろうね」
くすっと笑って。解ってるんなら態々言ってくるなよな。
「よく許されてるな? 唐杉も山辺も休みなんだろ?」
「当然でしょ。僕だけ休むわけないじゃない」
いやそれ当然じゃないから。普通トップが休めばその側近が代わりを勤めるのが当たり前ってもんだろう? そいつらまで休ませて一体誰が仕事をするんだよ?
そんな俺の疑問を感じ取ったか(ヤツにとっては人の思考を読むことなんか朝飯前だろうけど)、肩を竦めてヤツは言う。
「皆、お休みだよ」
……………………。
…………ちょっと待て。
今、すっげー非現実的な台詞を聞いた気がするぞ?
「おい、康介……」
「ウチの部、皆、休暇とらせてるけど?」
あ、ありえねぇぇぇぇぇっ!!
他のトコならともかく、お前自分の管轄を何だと…………っ
「おっ、お前っ、一体何考えて…………っ!?」
「何って。クリスマスくらい休みたいじゃない?」
問題が違うだろうこの野郎〜〜〜っ!! しかもお前ついこの前までずっと休職してただろう!! どの面下げてそんな無体を通用させてんだっていうかそんなのが許されていいのか!! あ〜やっぱこいつ極悪だよ魔王だよ人外だよっ!!
料理を並べ終わって、そのままテーブルの飾り付けに入ったそのバケモノはやっぱり笑ったままで。
その顔を見てて、俺は嫌な可能性に思い至る。
「……ちょっと待て。もしかして今年、俺とアリアが休みなのも…………」
俺とアリアが二人揃って休みなんて、よっぽどの事が無きゃ通らない無理なわけで。
しかも、ヤツの部署が全員休んでる日に、休みなんて。
赤いキャンドルに火をつけながら、その不条理をそのまま人の形にすればこんな風になるんだろうな〜という男は、ほんの少しだけ笑い方を変えた。ちょっと遠くを見るような目をして、言う。
「信介がさ〜………………アリアちゃんとサフォンドにも会いたいって言うからさ〜」
おい待て。
まさかお前そんな理由で?
どこまでブラコンなんだお前は。っていうか他の人間の迷惑に関してはどうでもいいだろお前。弟が望めば月も落とすだろお前。
「……………………康介……」
「あ、やっくん達、来たみたいだね〜♪」
言いかけた俺の言葉を遮るように明るい声を出して、ヤツはさっさと部屋からいなくなる。逃げた、のもあるだろうけど無駄なことをしないヤツのことだ、きっと本当に来たに違いない…………呼び鈴なんて鳴ってないけど。
人数分のコップを、弟が運んでくる。
さっきまでいた長身の兄がいなくなっていることにすぐに気付いたらしい。コップを並べながら俺を見てくる。
「あれ、兄貴は?」
「玄関。山辺たちを迎えに」
「ふ〜ん」
そのまま、準備を続ける弟を俺は見守った。
この子供に反抗期なんて来た日には、どうなってしまうんだろうと思った瞬間、ガラにもなく全身を襲った悪寒を気付かないフリをして。
もしも、サンタが来るとしても。
アイツはサンタを追い返してしまうんだろうなぁ…………。
なんせヤツは、サンタよりも奇跡を起こせるだろうから。そんなものに願うより自分に願えと言うんだろう。
その年以降、そのあり得ないパーティのメンバーに毎年のように俺とアリアが入れられていたのは、ひとえに俺達を弟が気に入ったから、という理由だった………………。