◆19 若者の尻の穴──ん~、かじりつきた~い!
文字数 1,472文字
──な~んか湿っぽい。
朱鷺の額に水滴が当たった。不意の冷たい感触が電光石火の早業で脊椎の神経を刺激し、ゾクッと身震いした。
──雨漏りだろうか?
滴を受ける形に掌を広げてみる。
辺りを確認する。霧が立ち込め視界を塞ぐ。いい香 が漂って、においの源泉に鼻を向け嗅いでみた。香水か何かの芳 しいような、何とも爽やかなにおいだ。
さっきまでサンクチュアリにいた。突然、目の前が真っ白になり、体が浮いたかと思ったら次の瞬間、霧の中だった。丁度ジェットコースターでテッペンから一気に加速した瞬間の感覚に似ている。尻の穴がこそばゆいような。
目先で何かが蠢 いた。濃霧の中に影がぼんやりと浮かぶ。目をこすりながら近づいてみた。まだ、はっきりとは見えない。ぎりぎりまで顔を接近させると、水浸しの床に手をつき、着衣が濡れないよう注意を払いつつ、物体の形に沿って顔を上から下へと這 わせ、とりあえず寸法を把握した。再度上からゆっくりと、今度は鼻も利かせながら下りて行く。下端まできて首を捻り、考え込む。
──ハテ?
──どこかで見た光景だ……
同じ高さの二つの山が下向きに連なっている。朱鷺はしゃがみ込み膝に肘を乗せ、頬杖をついて逆さ連峰を目下 に望んだ。
谷底に穴が見える。どうやら噴火口らしい。指を突っ込んでみようと思いたち、そっと右手の中指を立てて近づけたら、収縮運動を始めた。火口のへりには中心の穴に向かって放射状の皺が刻まれており……、
──なんと表現すべきか……?
──そうだ!
『ワケノシンノス』。
イソギンチャクの一種で、福岡県柳川市近辺で食されている有明海 の珍味だ。
“若者の尻の穴”
と言う意味らしい。
白秋も尻の穴に舌鼓を打ったかは知らねども、
──若者の尻ならば、是非自分も御相伴 に預かってみてえもんだい!
朱鷺は思わず唾を飲み込んだ。
ヨダレをすすって、いよいよ指を挿入しようかと思った瞬間、いきなり爆発的噴火を起こした。だが、「ピュウッ」と情けない湿った破裂音と共に、噴出物は気体のみで、極小規模な風圧が指を舐めたにすぎない。朱鷺はすかさずその気体を捕らえんと握り締め、掌に閉じ込めた。鼻に近づけ、掌を広げながら嗅いでみる。硫黄臭がした。
──するってえとナニかい……?
──やはり火山なのかもしれねえ!
礫 や溶岩などの内容物が噴き出なかったことは、これ幸いだった、と一応は安堵した。
しゃがんだままの姿勢で下から上へと視線だけ下山した。頂上──否、逆さ連峰ゆえ“麓”と言うべきか──は雪深い。突如、両端から何かが麓(頂上)を雪もろとも崩しにかかった。
──ブルドーザーか?
朱鷺の目はその光景に釘づけになった。
──ここはどこだろう?
朱鷺は考え続けた。次第に頭ははっきりとしてきた。
──そうだ、また飛ばされたのだ!
やっと酔いが覚めたように夢心地から引き戻され、状況を把握しようと眉をひそめ、眼球だけを四方八方に移動させる。
前回まで一瞬で晴れた霧も、今度は全く晴れる様子はない。まだ霧の中だ。ふと、霧の中に人影が浮かび上がった。ブルドーザーか、と思ったものは……
──どうやら人の……手、のようだ。
右手が何かを探り始めた。
朱鷺は手の動きを観察して目的を推測する。と、洗面器をつかんで手渡してやる。
「ほれ」
「ああ、ありがとさん」
「なーに、お安い御用よ」
朱鷺は礼に答えた。
朱鷺の額に水滴が当たった。不意の冷たい感触が電光石火の早業で脊椎の神経を刺激し、ゾクッと身震いした。
──雨漏りだろうか?
滴を受ける形に掌を広げてみる。
辺りを確認する。霧が立ち込め視界を塞ぐ。いい
さっきまでサンクチュアリにいた。突然、目の前が真っ白になり、体が浮いたかと思ったら次の瞬間、霧の中だった。丁度ジェットコースターでテッペンから一気に加速した瞬間の感覚に似ている。尻の穴がこそばゆいような。
目先で何かが
──ハテ?
──どこかで見た光景だ……
同じ高さの二つの山が下向きに連なっている。朱鷺はしゃがみ込み膝に肘を乗せ、頬杖をついて逆さ連峰を
谷底に穴が見える。どうやら噴火口らしい。指を突っ込んでみようと思いたち、そっと右手の中指を立てて近づけたら、収縮運動を始めた。火口のへりには中心の穴に向かって放射状の皺が刻まれており……、
──なんと表現すべきか……?
──そうだ!
『ワケノシンノス』。
イソギンチャクの一種で、福岡県柳川市近辺で食されている
“若者の尻の穴”
と言う意味らしい。
白秋も尻の穴に舌鼓を打ったかは知らねども、
──若者の尻ならば、是非自分も
朱鷺は思わず唾を飲み込んだ。
ヨダレをすすって、いよいよ指を挿入しようかと思った瞬間、いきなり爆発的噴火を起こした。だが、「ピュウッ」と情けない湿った破裂音と共に、噴出物は気体のみで、極小規模な風圧が指を舐めたにすぎない。朱鷺はすかさずその気体を捕らえんと握り締め、掌に閉じ込めた。鼻に近づけ、掌を広げながら嗅いでみる。硫黄臭がした。
──するってえとナニかい……?
──やはり火山なのかもしれねえ!
しゃがんだままの姿勢で下から上へと視線だけ下山した。頂上──否、逆さ連峰ゆえ“麓”と言うべきか──は雪深い。突如、両端から何かが麓(頂上)を雪もろとも崩しにかかった。
──ブルドーザーか?
朱鷺の目はその光景に釘づけになった。
──ここはどこだろう?
朱鷺は考え続けた。次第に頭ははっきりとしてきた。
──そうだ、また飛ばされたのだ!
やっと酔いが覚めたように夢心地から引き戻され、状況を把握しようと眉をひそめ、眼球だけを四方八方に移動させる。
前回まで一瞬で晴れた霧も、今度は全く晴れる様子はない。まだ霧の中だ。ふと、霧の中に人影が浮かび上がった。ブルドーザーか、と思ったものは……
──どうやら人の……手、のようだ。
右手が何かを探り始めた。
朱鷺は手の動きを観察して目的を推測する。と、洗面器をつかんで手渡してやる。
「ほれ」
「ああ、ありがとさん」
「なーに、お安い御用よ」
朱鷺は礼に答えた。