◆5 完璧な工作──ウッシッシッ!

文字数 917文字

 朱鷺は交番を出て、一旦、爺さんのアパートへ向かいかけたが、考えてみると爺さんはまだ帰るはずはない。仕事中だ。仕方なく町内をぶらぶら歩き回り、昔の風景を楽しんだあと、結局、『鷹鳥中央緑地公園』、通称『みどり公園』のベンチで一休みすることにした。
 ベンチに腰を落ち着けると、大銀杏(おおいちょう)葉擦(はず)れが耳に心地いい。思い切り伸びをすると、紅葉した葉群(はむ)れの隙間を縫って、柔らかな秋の木漏れ日が暖かい。つい、まどろみを誘った。そのままベンチに倒れ込み目を(つむ)る。
 朱鷺が目を覚ますと、辺りはすっかり闇に包まれていた。公園内の街灯にも灯がともり、通路を仄暗い光が点々と照らしていた。
 浮ついた気分で公園をあとにして、真っすぐ爺さんのアパートへ向かった。
 タバコ屋の角を折れ、(すずめ)荘の前に立ち、二階の爺さんの部屋の明かりを確認する。窓際に干した洗濯物の隙間から明かりは漏れていた。
 ゆっくりと階段を上り、部屋の前に立つ。
 いきなり顔を出せば驚かせるので、爺さんへの思いやりから、そっと部屋に入ることにした。
 トントンと二度ドアを叩いた。と、ドアの向こうに爺さんの気配がした。朱鷺は素早く隣室の下駄箱の陰に身を潜める。
 ドアが開き、いっときして閉まった。
 ふと下を向くと、木切れが落ちていた。それを半分に折って、もう一度ドアの前に立ち、ドアを叩く。朱鷺は咄嗟にドアの陰になるように廊下に伏せる。爺さんからは死角になっているはずだ。
 ドアが開いた。爺さんが首を出す。
 朱鷺は息を潜め、様子をうかがった。案の定、爺さんは朱鷺の存在には全く気づかない。
 ドアが閉まりかけた。すかさず下部の蝶番の下辺りに木切れを挟み込み、ほふく前進で、また下駄箱の陰に身を隠す。
 爺さんが何度かドアを閉めようとしたが、閉まるはずはない。朱鷺の企てた工作は完璧だった。
 爺さんは表に出て、ドアを点検し始めた。ドアが大きく開いて、爺さんの姿はドアの陰に隠れた。と、朱鷺は、爺さんの隙を()いて、汚れた足袋を脱ぎ、滑るように部屋の中へ忍び込んだ。ちゃぶ台の上を整理整頓してやると、部屋の隅に正座して背を丸めた。
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