◇2 監視の目──寺西、逃げろ!
文字数 4,009文字
監視の目は厳しい。非常に厳しい。厳しいなどとそんな生易しいもんじゃない。
──監獄の囚人でさえ、もっと生ぬるいのじゃないか?
と羨望した。
──なんでこの歳で父兄同伴で出勤するんだ!
婆さんに引率され、しかも手を引かれて。
──ふざけるんじゃねえ!
と一言怒鳴ってやりたい。もちろんそんな勇気などない。無謀というものだ。
職場に着いたら着いたで
「よお、父兄参観か?」
と、皆から揶揄され通しだし。
一番気に食わねえのは寺西の目だ。嘲笑うような目つきで唇を歪め、ニヒルを気取りやがって。
──一発おみまいしてやらねば気がおさまらねえ!
──今日こそやってやる!
怒りを婆さんから寺西へと転嫁する。
婆さんはメジロ石油の敷地内をコウスケを追って、近くから、それが叶わぬ状況では遠くから、何かをモンペのポケットに忍ばせて手を突っ込んでこっちを見張り続ける。
便所にも同伴してくる始末で、同僚達は遠巻きにこっちをうかがってはヒソヒソやり出すわで、いっときたりとも気の休まる暇はない。
今日は給料日目前で、財布の中身は小銭しか持ち合わせはない。昼飯は藤野商店で菓子パンでも買って食おう、と昼休みになると藤野商店に駆け込んであんパンとメロンパンとコーヒー牛乳を買って事務所に戻った。じきに婆さんも入ってくるだろう。
折り畳み椅子に腰かけるとコーヒー牛乳を太腿の間に挟んでアンパンの袋を破った。アンパンは胃袋への直行便だ。次にメロンパンをポロポロと膝の上にクッキー生地の屑 を零しながら円盤の周囲から攻める。最後まで残った中心部を頬張って一口のコーヒー牛乳で湿り気を補給し、喉への負担を軽減させると、強引に胃袋へ引き込んだ。歯と歯の間と裏側、前歯と上唇の間の歯茎に頑固にしがみついた粘性の強い付着物を舌で掃除し終えると、コーヒー牛乳を一口含みブクブクと一旦口の中で混ぜ合わせ、喉の奥へと洗い流す。と、腰に手を当て一気に飲み干した。ものの五分足らずの昼食タイムであった。
しつこい付着物を執念深く舌で口の中から胃袋まで掃き落としながらドアの下を見た。婆さんの足が侵入してきた。足元から次第に目線を上げながら顔に照準を合わせる。婆さんはドアの横に突っ立って鬼婆の眼光でこっちを射竦 める。
「あしただ、あした! 今日は帰れ!」
「いんや、ほかの女にでも渡したらことだ!」
「そんなわけねえ! それによ、ブツはアパートに置いてきた」
両の掌を開いて携帯してないことをアピールした。
「ブツはここにある」
婆さんはトキへの誕生プレゼントをモンペのポケットから出して蓋を開け、こちらに向けた。
「てめえ、人のものだ!」
思わず立ち上がって怒鳴った。「黙って持ち出しやがって、返せ!」
「ブツはオラが預かる。なーに心配すんな、なくしゃしねえ」
婆さんはトンビのような目でこちらを威嚇する。
コウスケも負けじと鼠のような目で猛禽類を射貫く。鼠だと自覚しているのが、ちと悲しい。が、奇跡は起こり得るものだ。
──窮鼠猫を噛む、だ!
──猫とトンビ、どっちが強いのか?
頭にふと疑問が湧いた。
──いや、そんなことは最早どうでもいいこと。
──そうだ!
──柔よく剛を制す、だ!
──どんなもんだ。
──オレだって数学以外なら……
──知らないことはトンと知らないが……
──知ってることは、ちゃんと知っているんだ!
──ただ、知らないことの方が多いだけだ。
「へへへ……」
コウスケは己の知性に酔いしれた。次第に嬉しくなって顔が綻び始めた。
「へへへ……それで、完成予定はいつなんだ?」
「今宵よ……だから今は帰れ! しっしっ!」
「ま、辛抱しな。おめえが無事に帰り着くまで気が抜けねえ」
「チェッ、勝手にしろ!」
最早ヤケクソで言い放った。
「あいよ、こっちは勝手にすっから思う存分仕事に励んでくんな」
椅子に座り直すと腕と足を組んでそっぽを向いた。
──こうなってはお手上げだ。
ドアが軋んだ。田村と寺西が入ってきた。鼠の眼 は寺西を睨む。
「お前ら、断り言って入らねえか」
「あっ、すみません先輩、失礼します」
田村が頭を下げる。寺西は相変わらずふてぶてしい態度で、コウスケとは絶対に視線を合わせようとはしない。
「お邪魔しとりますよ。いつもこの阿呆が世話になって……」
婆さんが柄にもなく愛想笑いを浮かべている。コウスケは鼻先で笑った。
「ああ、先輩のご親戚ですか、こんにちは」
田村がすかさず婆さんに挨拶した。
──ほほう、やはりよくできたヤツだ!
コウスケは感心する。
「あれ、ご丁寧に……」
「とんでもないです」
婆さんと田村は見つめ合った。というより婆さんの方が田村に釘づけになっているようだった。
──色目でも使うつもりか?
とコウスケは婆さんを訝った。
「あんた、どっかで……? 見覚えあるんだが……トンと思い出せねえ……?」
婆さんは首を傾げ、田村の後ろに控える寺西にも目を向けた。「あんたもだ。あんた達名前は?」
田村は襟を正し、背筋を伸ばすと直立不動で婆さんと面と向かった。
──こんな後輩を得て幸せだ!
コウスケは誇らしい気分で田村の自己紹介を待った。
「僕、田村と申します。よろしくお願い致します」
田村は深々と頭を下げる。
──どこまでも礼儀正しいヤツだ。
──ほどほどにしとけよ、この婆さんにはもったいないぜ!
と田村を諭してやりたい欲求に駆られたが、誰に対してもその姿勢を崩すことのない態度には感じ入った。
寺西はというと、やっぱりふてぶてしい態度は崩さない。会釈すら拒絶しようとしているようだ。この際、相手が婆さんだとしても関係ない。目上に対する無礼な態度がどうしてもコウスケの神経を逆撫でした。
「寺西、挨拶ぐらいしろ!」
声を荒げて寺西を一喝した。
コウスケの耳に唸り声が聞こえてくる。どうやら声は婆さんの喉の奥から発せられているようだ。婆さんを見て目を見張った。今にも飛びかからんばかりの勢いで、婆さんが身構えていた。
咄嗟に寺西がやられると悟った。憎いヤツだが、まだ右も左も分からぬガキだ。鬼婆の怖さをまだ知らないのだ。到底敵うはずはない。鬼婆にズタズタにされかねない。それは、いくら何でもあまりにも哀れに思えた。コウスケは思わず叫んでいた。
「寺西、逃げろ! やられる!」
だが、寺西は動じる様子などまるでない。
「コノヤロー! おめえ、只じゃおかねえ!」
婆さんはじりじりと寺西との距離を詰めた。
田村は横にずって婆さんと寺西の間を少しばかり空けてやった。交互に二人の顔を見比べながらコウスケに涼しい顔を見せ、肩を竦めた。
「寺西、早く逃げろ! オレの言うこと聞け、お前のためだ!」
婆さんの顔はまるで鬼の形相だ。赤鬼そのものだ。コウスケとてこんな婆さんの姿を見るのは初めてだ。婆さんのこめかみの血管がヒクヒクと脈打つ。真っ赤な顔で今にも湯気が立ち上りそうだ。
コウスケは婆さんの後ろに回って止めようと思ったが、既に一歩遅すぎた。
婆さんは襲いかかった。婆さんは……婆さんは……
「く、苦しい!」
婆さんは両手で首を締めつけた。
「この小悪党! 金返せ! 殺してやる!」
「た、た、助け……てー……」
「観念しやがれ!」
コウスケは呆然とその光景に見入った。あろうことか、婆さんは田村の首を力いっぱい絞め続けた。婆さんの的外れの攻撃に身動きできないほどの衝撃を、コウスケは受けていた。
田村の喘ぎ声が痛々しくコウスケの耳をつんざいた。コウスケはようやく我に返って、大慌てで二人の元へ近寄った。婆さんの手をつかみ田村の首から解こうと試みたものの、婆さんの指は田村の首の肉に食い込み、ヤットコでも使わない限り到底無理のような気がした。なす術もなくあたふたするばかりのコウスケの目に、ふと寺西が映った。
寺西は婆さんの肩をポンッと軽く叩いた。自分に顔を向けた婆さんにゆっくりと首を横に振った。それを何度か繰り返すと、ようやく婆さんは力を緩め、田村を解放してやった。田村は息も絶え絶えにその場にへたり込む。
「純ちゃん、すまないねえ、我を忘れちまったよ」
「大丈夫か! 田村、おいっ!」
コウスケは田村を抱き起こしてやった。
「茂三、小賢しいヤツめ! おめえ、金盗むんじゃねえぞ。さもねえと、今度こそ殺してやる! オラの顔よっく覚えとけ、分かったか!」
田村は何度か頷くと、コウスケの腕にしがみつきながらガタガタと震え出した。
コウスケは何が何やら頭が混乱して理解不可能だ。婆さんの行動は全く予測がつかない。
「純ちゃん、あんたはホンにええ人間だな。これからもこのロクデナシのこと、ヨロシク頼んだよ。味方になってやってな」
寺西は婆さんに微笑んで頷いていた。
「どうなってんだ……?」
──コイツも分からねえヤツだ……?
寺西をまじまじと見て思った。
「このトンマ! おめえ、人を見る目を養え! この寺西君は、これからおめえのことをなにかと助けてくれるんだ、恩人なんだぞ! よーっく覚えとけ!」
矛先を変えた婆さんの怒声に、一々ビクッとして目を瞬くだけがコウスケには精一杯だった。
婆さんは、心ゆくまで罵声を浴びせかけると、矛先を戻し、田村を睨みつけた。と、田村はさっきからうつろな目つきだったが、とうとうコウスケの腕の中に沈み込んでしまった。死んだように安らかな眠りに就いた。
コウスケは途方にくれながら、もう一度婆さんと寺西を交互に見た。二人は手を取り合って以前から親しい間柄かと見紛うほど、仲睦まじく見つめ合っていた。
──監獄の囚人でさえ、もっと生ぬるいのじゃないか?
と羨望した。
──なんでこの歳で父兄同伴で出勤するんだ!
婆さんに引率され、しかも手を引かれて。
──ふざけるんじゃねえ!
と一言怒鳴ってやりたい。もちろんそんな勇気などない。無謀というものだ。
職場に着いたら着いたで
「よお、父兄参観か?」
と、皆から揶揄され通しだし。
一番気に食わねえのは寺西の目だ。嘲笑うような目つきで唇を歪め、ニヒルを気取りやがって。
──一発おみまいしてやらねば気がおさまらねえ!
──今日こそやってやる!
怒りを婆さんから寺西へと転嫁する。
婆さんはメジロ石油の敷地内をコウスケを追って、近くから、それが叶わぬ状況では遠くから、何かをモンペのポケットに忍ばせて手を突っ込んでこっちを見張り続ける。
便所にも同伴してくる始末で、同僚達は遠巻きにこっちをうかがってはヒソヒソやり出すわで、いっときたりとも気の休まる暇はない。
今日は給料日目前で、財布の中身は小銭しか持ち合わせはない。昼飯は藤野商店で菓子パンでも買って食おう、と昼休みになると藤野商店に駆け込んであんパンとメロンパンとコーヒー牛乳を買って事務所に戻った。じきに婆さんも入ってくるだろう。
折り畳み椅子に腰かけるとコーヒー牛乳を太腿の間に挟んでアンパンの袋を破った。アンパンは胃袋への直行便だ。次にメロンパンをポロポロと膝の上にクッキー生地の
しつこい付着物を執念深く舌で口の中から胃袋まで掃き落としながらドアの下を見た。婆さんの足が侵入してきた。足元から次第に目線を上げながら顔に照準を合わせる。婆さんはドアの横に突っ立って鬼婆の眼光でこっちを
「あしただ、あした! 今日は帰れ!」
「いんや、ほかの女にでも渡したらことだ!」
「そんなわけねえ! それによ、ブツはアパートに置いてきた」
両の掌を開いて携帯してないことをアピールした。
「ブツはここにある」
婆さんはトキへの誕生プレゼントをモンペのポケットから出して蓋を開け、こちらに向けた。
「てめえ、人のものだ!」
思わず立ち上がって怒鳴った。「黙って持ち出しやがって、返せ!」
「ブツはオラが預かる。なーに心配すんな、なくしゃしねえ」
婆さんはトンビのような目でこちらを威嚇する。
コウスケも負けじと鼠のような目で猛禽類を射貫く。鼠だと自覚しているのが、ちと悲しい。が、奇跡は起こり得るものだ。
──窮鼠猫を噛む、だ!
──猫とトンビ、どっちが強いのか?
頭にふと疑問が湧いた。
──いや、そんなことは最早どうでもいいこと。
──そうだ!
──柔よく剛を制す、だ!
──どんなもんだ。
──オレだって数学以外なら……
──知らないことはトンと知らないが……
──知ってることは、ちゃんと知っているんだ!
──ただ、知らないことの方が多いだけだ。
「へへへ……」
コウスケは己の知性に酔いしれた。次第に嬉しくなって顔が綻び始めた。
「へへへ……それで、完成予定はいつなんだ?」
「今宵よ……だから今は帰れ! しっしっ!」
「ま、辛抱しな。おめえが無事に帰り着くまで気が抜けねえ」
「チェッ、勝手にしろ!」
最早ヤケクソで言い放った。
「あいよ、こっちは勝手にすっから思う存分仕事に励んでくんな」
椅子に座り直すと腕と足を組んでそっぽを向いた。
──こうなってはお手上げだ。
ドアが軋んだ。田村と寺西が入ってきた。鼠の
「お前ら、断り言って入らねえか」
「あっ、すみません先輩、失礼します」
田村が頭を下げる。寺西は相変わらずふてぶてしい態度で、コウスケとは絶対に視線を合わせようとはしない。
「お邪魔しとりますよ。いつもこの阿呆が世話になって……」
婆さんが柄にもなく愛想笑いを浮かべている。コウスケは鼻先で笑った。
「ああ、先輩のご親戚ですか、こんにちは」
田村がすかさず婆さんに挨拶した。
──ほほう、やはりよくできたヤツだ!
コウスケは感心する。
「あれ、ご丁寧に……」
「とんでもないです」
婆さんと田村は見つめ合った。というより婆さんの方が田村に釘づけになっているようだった。
──色目でも使うつもりか?
とコウスケは婆さんを訝った。
「あんた、どっかで……? 見覚えあるんだが……トンと思い出せねえ……?」
婆さんは首を傾げ、田村の後ろに控える寺西にも目を向けた。「あんたもだ。あんた達名前は?」
田村は襟を正し、背筋を伸ばすと直立不動で婆さんと面と向かった。
──こんな後輩を得て幸せだ!
コウスケは誇らしい気分で田村の自己紹介を待った。
「僕、田村と申します。よろしくお願い致します」
田村は深々と頭を下げる。
──どこまでも礼儀正しいヤツだ。
──ほどほどにしとけよ、この婆さんにはもったいないぜ!
と田村を諭してやりたい欲求に駆られたが、誰に対してもその姿勢を崩すことのない態度には感じ入った。
寺西はというと、やっぱりふてぶてしい態度は崩さない。会釈すら拒絶しようとしているようだ。この際、相手が婆さんだとしても関係ない。目上に対する無礼な態度がどうしてもコウスケの神経を逆撫でした。
「寺西、挨拶ぐらいしろ!」
声を荒げて寺西を一喝した。
コウスケの耳に唸り声が聞こえてくる。どうやら声は婆さんの喉の奥から発せられているようだ。婆さんを見て目を見張った。今にも飛びかからんばかりの勢いで、婆さんが身構えていた。
咄嗟に寺西がやられると悟った。憎いヤツだが、まだ右も左も分からぬガキだ。鬼婆の怖さをまだ知らないのだ。到底敵うはずはない。鬼婆にズタズタにされかねない。それは、いくら何でもあまりにも哀れに思えた。コウスケは思わず叫んでいた。
「寺西、逃げろ! やられる!」
だが、寺西は動じる様子などまるでない。
「コノヤロー! おめえ、只じゃおかねえ!」
婆さんはじりじりと寺西との距離を詰めた。
田村は横にずって婆さんと寺西の間を少しばかり空けてやった。交互に二人の顔を見比べながらコウスケに涼しい顔を見せ、肩を竦めた。
「寺西、早く逃げろ! オレの言うこと聞け、お前のためだ!」
婆さんの顔はまるで鬼の形相だ。赤鬼そのものだ。コウスケとてこんな婆さんの姿を見るのは初めてだ。婆さんのこめかみの血管がヒクヒクと脈打つ。真っ赤な顔で今にも湯気が立ち上りそうだ。
コウスケは婆さんの後ろに回って止めようと思ったが、既に一歩遅すぎた。
婆さんは襲いかかった。婆さんは……婆さんは……
「く、苦しい!」
婆さんは両手で首を締めつけた。
「この小悪党! 金返せ! 殺してやる!」
「た、た、助け……てー……」
「観念しやがれ!」
コウスケは呆然とその光景に見入った。あろうことか、婆さんは田村の首を力いっぱい絞め続けた。婆さんの的外れの攻撃に身動きできないほどの衝撃を、コウスケは受けていた。
田村の喘ぎ声が痛々しくコウスケの耳をつんざいた。コウスケはようやく我に返って、大慌てで二人の元へ近寄った。婆さんの手をつかみ田村の首から解こうと試みたものの、婆さんの指は田村の首の肉に食い込み、ヤットコでも使わない限り到底無理のような気がした。なす術もなくあたふたするばかりのコウスケの目に、ふと寺西が映った。
寺西は婆さんの肩をポンッと軽く叩いた。自分に顔を向けた婆さんにゆっくりと首を横に振った。それを何度か繰り返すと、ようやく婆さんは力を緩め、田村を解放してやった。田村は息も絶え絶えにその場にへたり込む。
「純ちゃん、すまないねえ、我を忘れちまったよ」
「大丈夫か! 田村、おいっ!」
コウスケは田村を抱き起こしてやった。
「茂三、小賢しいヤツめ! おめえ、金盗むんじゃねえぞ。さもねえと、今度こそ殺してやる! オラの顔よっく覚えとけ、分かったか!」
田村は何度か頷くと、コウスケの腕にしがみつきながらガタガタと震え出した。
コウスケは何が何やら頭が混乱して理解不可能だ。婆さんの行動は全く予測がつかない。
「純ちゃん、あんたはホンにええ人間だな。これからもこのロクデナシのこと、ヨロシク頼んだよ。味方になってやってな」
寺西は婆さんに微笑んで頷いていた。
「どうなってんだ……?」
──コイツも分からねえヤツだ……?
寺西をまじまじと見て思った。
「このトンマ! おめえ、人を見る目を養え! この寺西君は、これからおめえのことをなにかと助けてくれるんだ、恩人なんだぞ! よーっく覚えとけ!」
矛先を変えた婆さんの怒声に、一々ビクッとして目を瞬くだけがコウスケには精一杯だった。
婆さんは、心ゆくまで罵声を浴びせかけると、矛先を戻し、田村を睨みつけた。と、田村はさっきからうつろな目つきだったが、とうとうコウスケの腕の中に沈み込んでしまった。死んだように安らかな眠りに就いた。
コウスケは途方にくれながら、もう一度婆さんと寺西を交互に見た。二人は手を取り合って以前から親しい間柄かと見紛うほど、仲睦まじく見つめ合っていた。