◇24 首巻き布団──チュ~だ!

文字数 1,193文字

「ヘーックション!」
 コウスケは目を閉じたまま布団を探った。首までかけると、横向きに丸まる。
 まだ、体がすうすうする。全身を覆ったつもりが、首にしか巻きつかなかったらしい。と、仕方なく半目を開けて首にかかった布団をグイッと引き寄せた。欠伸をしながら、寝ぼけ(まなこ)でしばらくぼんやりとする。妙に暖かい風が顔に吹きかかる。風上からゴーゴーと凄まじい風音も聞こえる。
 一旦目を閉じ、すぐさま、今度は大きく見開いて視線の先を見つめた。
 ──なんだろう?
 あまりにも近すぎて輪郭がはっきりしない。首を引いてそのものの形を確かめよとした。その時、布団が勝手に首に巻きついた。眼前に二つの穴が光った。鼻頭に何かが触れた。温かな軟らかい感触だ。目を凝らして二つの光を覗いてみる。光は規則的に明滅を繰り返す。
 ──なんかの信号だろうか?
 そのまましばらく時は流れていった。
「おはようさん。チューだ!」 
 明滅していた光は消え、目の前に真っ赤な酢ダコが口を尖らせ迫ってきた。「目覚めの一発はどうだ?」
「ウワアーッ!」
 それは執拗にコウスケの首をがんじがらめに巻きついてくる。布団だと思っていたものは婆さんの腕だった。「は、離せ!」
「恥ずかしがらねえでもええのに……夫婦でねえのオラ達……ほれ、チューだ」
 婆さんはまた酢ダコに変化(へんげ)した。
「や、やめろ……は、離せ!」
 コウスケは必死にもがいた。やっとのことで婆さんの腕を振り解いて飛び起きた。
「いや~ん……」
 婆さんは頬を両手で覆って身をよじった。赤面している。
「へ、変な声、出すな! な、なに赤くなってる、この変態ババア!」
「なーに言うのさ。この、テレ屋さん……いや~ん」
「そ、そんな、おぞましい声、やめねえか! 胸がムカつく……」
 コウスケの背筋から脳天に冷たいものが突き抜けた。一度ブルッと震えがきた。
「震えてるでねえか、おいで……」
 自在に変化(へんげ)する妖怪酢ダコが手招きする。
 コウスケはその場で足踏みを始めた。婆さんはこの際無視して先を急いだ。婆さんの枕元を横切った時、スウッと手が伸び、コウスケの足首をつかもうとした。
「ひぇーっ!」
 思わず奇声を上げながら飛び跳ねると、寸での所で妖怪酢ダコ野郎の触手をかわすことに成功した。
「どこ行くんだ?」
「便所だ!」
 コウスケは前を押さえながら、便所のドアを開けた。
「シーシーかい?」
「うるせー!」
 コウスケはまたブルッと震えた。
「早く行っといで……また漏らさねえようにな」
 妖ダコが待ち伏せする場所を確認してから、コウスケは便所に飛び込むとドアを閉め、引っかけカギを落とした。
 余計な行動が悲劇を生む。婆さんのせいだった。
「少し出たかな?」
 コウスケは首を捻りながら用を足した。終わりにもう一度ブルッと震えた。
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