◇4 最後の恋文──鬼婆へ……愛(?)をこめて!

文字数 2,347文字

 婆さんへ

 おめえと出会ってかれこれ70年か。早えもんだぜ、全く。
 あのババアが俺の前に現れなかったらおめえと結ばれるこたあ、まずなかったろう。俺とおめえの仲を取り持ってくれやがった。ま、おめえは感謝しな。
 おめえは最初、しおらしく、おしとやかだったけど、結婚した途端たくましくなりやがって、女ってこうも変わるもんなのかと驚いちまったぜ。猫かぶってやがったな、と思った時にゃ既に手遅れよ。
 猫といえば、ミーだ。ヤツは何度追い出しても戻ってきやがった。そのたんびに格闘よ。まあ、真冬はよかったぜ。毎日プロレスだから、いい暖房器具になったがよ。真夏は耐えられねえのさ。汗だくだ。あのババア、湯たんぽだとぬかしやがって、夏に湯たんぽはねえぜ、全くよ。だが、今となってはいい思い出だ。懐かしいぜ。俺があの世にいったら仲良しになれるよう祈っといてくれ。
 おめえの交渉術には舌を巻いたなあ。よくぞ俺を助けてくれた。銀行から初めて融資受けた時だった。俺が何度出向いて行っても断られたのに、おめえの口八丁手八丁にまんまと乗せられて首を縦に振りやがったあの銀行員の面、今でも忘れられねえ。狐につままれた顔って初めて見たもんな。
 お袋とだっておめえはどうしてどうして、負けちゃいなかった。あの嫁姑戦争もついに決着はつかねえままだったがよ、面白かったなあ。ワクワクしたぜ。どっちが勝っても俺は傍観者を決め込んでたがよ。お袋のヤツ、おめえとやり合うのが生きがいだったんだぜ。俺によく漏らしてたなあ。おめえのことが大好きだったもんなあ。おめえと夫婦喧嘩しようものなら悪者はいつもこの俺よ。お袋の小言、延々と聞かされたもんよ。おめえ知らなかっただろう? 
 おめえときたら男相手につかみ合いの喧嘩はするし、いつもおめえの勝ちだったな。強えもんな。
 極めつけは、人前で平気で屁をこくことだ。おめえの屁は半端じゃねえ。男顔負けよ。大砲みてえに大きな音するから皆驚いて飛び上がるんだ。ぶっ放すときは気をつけな。死人が出るかもしれねえしよ。
 だがよ、俺はちっとも後悔してねえ。おめえと一緒になってよかったと思ってる。心からそう思うぜ。
 俺はもう長くはねえ。分かるんだ。最近、心臓の方が不調だ。この歳だから仕方ねえよな。思い残すことはねえよ。ただ気がかりはおめえだ。
 いいか、よく聞け。
 首吊ろうなんて間違っても考えるんじゃねえぞ。俺のあと追ってきても、追い返してやるからな。
 おめえはもう少し長生きしやがれ。これまで苦労かけた分、死ぬまで面白く暮らせ。そしてそっちが飽きたなら、そう言え。俺が迎えにきてやる。それまでは一生、生きやがれ。分かったか。
 あまり嫁いびるなよ。ま、あの嫁だ。おめえの若え頃と似たり寄ったりだがよ。鴻之助の奴、見事に母親に瓜二つの女(めと)りやがったな。籠野家のミステリーだぜ。あいつ、おめえみてえな女は絶対に嫌だって、小せえ時分から漏らしてたのによ。分からねえもんさ。
 鴻太郎が楽しみだな。どんな女と一緒になんのか。新しい血を注入してくれるといいんだがよ。何もおめえを(ないがし)ろにしてるわけじゃねえよ。そこんとこヨロシク。
 ま、家族仲よくやりな。家族がいがみ合うことだけは阻止するんだぜ。これほどみっともねえこたねえからよ。あとはおめえに任したぜ。
 いいか、どんなことがあっても家族を守れ。あとはご自由にやんな。思う存分生きな。それだけだ。
 面白え人生だったぜ。
 ありがとよ。
 じゃあな、アバよ。

   二〇四五年 十一月 一日 籠野鴻助


 追伸

 オレの夢の話するぜ。生涯に一冊でも小説書いてみたかったのよ。だがよ、自分には文才なんてねえとすぐに悟った。だから、とうの昔に諦めた。それでも、叶えられるもんなら叶えてもらいてえ。俺が死んだら、お春さんに読んでもらいてえものがあるんだ。なーに、おめえと出会った頃の顛末を綴った他愛無い物語よ。毎日少しずつ書き溜めてたのさ。小説と言うより日記みてえな、ゲームのシナリオみてえなもんだ。よっく鴻太郎とやったなあ……RPG。また一緒にプレイしてみてえがもう無理だ。あの、孫との楽しい時間は永遠に訪れねえんだ。ま、仕方ねえや。
 書類封筒に13冊まとめて入れてある。文机の引き出しの中だ。できればお春さんにまとめてもらいてえ。俺の最後のわが儘、是非にとは言えねえ。もし、迷惑でなかったらでいいんだぜ。おめえの頭の片隅にでもちょこっとでも入れておいてくれれば有難え。仮に俺の夢が実現してゲーム化したなら鴻太郎と楽しんでくんな。

 それから、
 あの婆さん、別れ際、間違えやがった。俺に指輪渡すつもりが、入れ歯渡しやがった。
 いつかまた現れやしねえかと思って、大事に仕舞っといてやったんだが、一向に気配感じられねえのよ。
 それで、かれこれ10年が経った頃、入れ歯のこと思い出した。もうとっくに死んでると思ってよ、供養代わりに金ピカにして仏壇の引き出しに入れておいたのよ。一応、俺とおめえの仲人だしよ。
 指輪持って行かれた時、シマッタと思ったが、考えてみると、本来おさまるとこにおさまったわけだし、同じことかと思って諦めた。
 おめえは昔からそそっかしい奴だ。感謝しな。指輪も入れ歯もゲットできて、めでたくクリアしたわけだしよ。
 入れ歯入れて人前で笑うんじゃねえぞ。誰も殺したくなかったらな。鬼婆みてえだからよ。想像すると笑っちまうぜ。
 おめえは、自分を観音様と豪語してたがよ、オレに言わせりゃ鬼婆よ。百歩譲って『鬼婆観音』と名づけてやろうじゃねえか。おめえにピッタリだと思わねえか?
 ざまあみろ!
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