◆17 自分との接近遭遇で金縛り──靄がかかり、ポチャンと水音が!

文字数 1,022文字

 カレーを平らげ満腹した朱鷺はコウスケの様子を横目でうかがった。
 窓ガラスを見ながら、リーゼントを整えていたコウスケは、またテーブルに頬杖をついたままうつろな目で一点を見つめる。その左肩にそっと右手を添えてみたが、ピクリとも動かない。
 ──しばらく放っておくしかあるまい。
 そう決めて朱鷺は店内を見回しトキを捜した。トキは店内を(せわ)しなく動き回っている。朱鷺はトキの行動を観察する。
「向こうからは見えねえ……のか?」
 朱鷺は独りごちた。
「なんか言ったか?」
「なんでもねえ」
「オレ、帰るぞ」
 コウスケは突然立ち上がった。
「まだ早え!」
 朱鷺はコウスケのジーンズの腰をつかんで力いっぱい引き下ろした。
「イッテーし!」
「おめえ、まだ告白してねえ!」
「誰に?」
「決まっとる!」
 朱鷺はコウスケの頭を平手打ちした。
「イッテーし! チクショウ、暴力はやめろ、このババア!」
「なにぃっ!」
 朱鷺はコウスケの皮ジャンの襟を両手で引っつかみ締め上げる。と、コウスケは目を白黒させ咳き込んで朱鷺の手を二度ポンポンと叩いた。
「ま、まいっ……た」
 絞め技は決まった。手を離してやると、敗者は首をさすりながら、大きく口を開け舌を出す。
「ええな、決めんだぞ!」
 コウスケが足をピクッと動かした。敵前逃亡を察知した朱鷺は、すかさずテーブルを飛び越え、向かいの椅子に座り対峙する。
「へへへ……」
 敵は愛想笑い戦術で誤魔化そうとする。
「ムダだ」
 片方の口角を引きつり、威嚇の笑みを見舞う。
「な、なにが?」
 とぼけ顔で明後日の方を向いた。戦法を探っているらしい。
「逃げられっかな?」
「ど、どうしてオレが逃げる? へへへ……」
 敵の額にじんわりと汗が滲む。
「お見通しよ……」
 その時だった。朱鷺の背中が椅子の背もたれに押しつけられた。何かに引っ張られるような感覚が次第に強くなり髪の毛が逆立つ。
 コウスケの視線が自分を離れ、後方に注がれた。朱鷺はコウスケの視線の先を振り向いて見る。1メーターも満たぬ後方にトキの姿を認めた。こちらに近寄ってくる。近づくにつれ、朱鷺の体がそちらに引き寄せられる。その場を離れようとして力を振り絞っても、金縛りの如く身動きできない。
 トキが横に立った瞬間、朱鷺の目の前が真っ白になった。(かすみ)がかかっている。湿っぽい。
「ポッチャ~ン」
 水音がしたような気がした。
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