第14話 創部・活動初日

文字数 4,412文字

 ――西洋文化研究会。
 
 主な活動は海外メーカーのお菓子や紅茶の品評。味のみならずカロリー、値段などを日本の既製品と比較するだけでなく、歴史まで深く掘り下げられている。
 活動場所は中央棟一階にある部室。時折、調理実習室を使うこともあり。
 活動報告はホームページ上でも行われているが、管理はパソコン部に委任している。
(※他の部活動のホームページ作成・管理がパソコン部の活動実績となっている)
 更新頻度は週に一度。主にお菓子などの品評だが、絵画や美術品、チェスなどの遊戯など、幅広い西洋の文化に触れられている。
 
 部員は五名。部長は保育科三年の天川千代子。他、デザイン科三年が一名、食物科一年が三名。内の一人は男子である佐藤楓。
 停学処分を受けていたものの、それは一時的な感情に流された結果であり、普段の生活態度に問題はない。遅刻もなく、授業中も真面目である。
 
 そして、現状の男子の入部率はゼロ……。

 顧問は師井由紀先生。食物科一年一組の担任。今年赴任してきたばかりで、他の部活との兼任はなし。調理師免許も有しており、実習監督にも支障はなし。
 よく、覚えていたものだと師井先生は苦笑する。調理師免許の件など、全校集会で一度言っただけで、未だ学校のホームページにも記載されていない情報であった。
 他の教師たちも、完成された書類に唸っている。とても、一学生が作ったとは思えないほどの隙の無さ。感情に訴える文章は一切なく、理路整然としている。
 
 特に後半。新規部活動設立に関しては、他の学校の事例まで添えて、その効果を謳っていた。野球部ができただけで、地方新聞に載った。同好会から部に昇格した際は学校のホームページで紹介されている、と。
 試しに検索をかけてみると、全国の高等学校のホームページが打ち出される。
 それだけでなく、そういった質問なども多数。生徒や新入生からも、注目を集めている問題だと教師たちは認識した。
「それでは、採決を取りましょうか?」



 週明け、正式に西研が部に昇格した。
 部員にとっては喜ばしいはずなのだが、楓は若干ふてくされてもいた。
 ホームページ用の写真撮影は部員全員だったものの、インタビューなどは楓一人。他にも、今年度のパンフレットに載せるからと、駆り出される毎日。

「これで、一通り終わりだと思う」
 
 師井先生の言葉に、楓は一息つく。週末の放課後。長かったと、顔に不満が出ていた。

「さっきまでの愛想はどうした」
「……この一週間で使い果たしました」
「そうか。しかし、なかなかの笑顔だったぞ。愛想笑いとしては文句なしだ」
 
 楓は曖昧なお礼を述べて、部活動へ赴く。
 西研の部室には、既にみんな揃っていた。千代子は紅茶の淹れ方をレクチャーしており、教わっている塩谷は熱心にメモを取っている。
 そして、もう一組はチェスに興じていた。
 吟味しつつ、慎重に駒を動かす捺。自分の番に回ってきた三津は、口に付けていたカップをソーサーに戻す間もなく行動を終える。

「すぐにお茶の準備するんで、待っててください」
「今日は塩谷が淹れてくれるのか」
「はい。佐藤君のも淹れていいかな?」
「……あぁ、うん」
 
 チェス盤に集中しているのとは関係なく、楓は生返事。未だ、新しいメンバーに慣れていなかった。
 なので当然、定位置。楓は三津の隣に腰を据える。
 師井先生は捺の隣で二人の対決を見届ける。

「あ……、負けた」
「そう、チェックメイト」
「考えなしに動かすからだ」
 
 楓の指摘に三津は唸るも、悔しがってはいない。
 むしろ、捺のほうが歯がゆそうだ。

「ほんと、百花ちゃんって考えなしなんだよね……」
 
 捺とは正反対。どんな局面であっても、三津はものの数秒で采配を下す。

「だから、負けるとほんと悔しい」
「ほとんど、負けないじゃないですか」
「たまにでも、ムカつくの。こっちは真剣に考えて動かしてるのに、ぽんぽんぽーんってやられちゃうんだから」
「みっちゃんは天才型で、捺は秀才型だかんね」
「はいはい。どうせ私は天才じゃないですよーだ」
 
 千代子の決めつけに、捺が子供じみた答えを返す。

「千代も天才型だもんね。秀才型にとっては鬼門よね、楓君」
「え? あぁ、はい」
 
 同じ括りにされていることに、なんの疑問も挟まず楓は同意した。

「美音ちゃんはどっち?」
「――ちょっと待ってください」
 
 塩谷は、ストップウォッチと睨めっこしていた。

「秀才型か」
「あぁ、秀才型とか天才型ってそういうことか」
 
 捺の回答を聞いて、師井先生は合点がいったようだ。

「大層な言葉を使うな。ようは、感覚派か理論派だろう?」
「いやぁ、それだと理論派のほうが良さそうに聞こえるじゃないですか。感覚派って悪く言えば大雑把になるんで。やっぱ天才型のがいいです」
 
 千代子は悪びれもなく言ってのけた。

「私は天才型よりは、感覚派のほうがしっくりくるかな?」
 
 三津は首を傾げたあと、隣に目を向ける。楓は唇がつり上がったのを見咎めるも、止める間もなく放たれた。

「楓も理論派のほうがしっくりくる」
 
 自分よりも確信を得た言い草な上に、半笑い。
 加え、「あー」などと追い風も生まれる。

「確かに楓は捺と違って、秀才つーよりは頭でっかちだもんな」
「千代それ、意味変わってるから。最悪のほうに」
 
 三津一人ならまだしも、こうなってしまっては曖昧に笑うしかなくなる。楓は担任のお墨付きの笑みを張り付け、場をやり過ごそうとしていると、

「できました」
 
 塩谷がタイミングよく、割って入ってきてくれた。

「お、どれどれー」
 
 千代子はトレイの上からカップを一つ取り、味見をする。
 淡い水色は、知らなければ薄いだけと勘違いしてしまいそうな儚げなオレンジ。故に、内側にも装飾が施されているカップが映える。

「うん。カップのチョイスもいいね。楓と違ってセンスある」
 
 引き合いに出された楓は、表情を曇らせる。それに気付いたのか、塩谷は千代子の賛辞をはにかんで受けていた。

「香りも味も問題ない。あとは数こなして、色と香りを徹底的に覚えて、イレギュラーをなくせれば完璧」
 
 今の楓とまったく同じ評価だった。理論派は、誰にでも真似できる。紅茶に限っていえば、茶葉を、水を、時間をきっちり計測すればいい。
 ただ、何事にも例外がある。
 この方法でやっても、毎回同じ味になるとは限らない。ほんの僅かな誤差。それは気温だったり、湿度だったり、保存状態などなど……計測しきれないものが多い。

「これ以上は口じゃ説明しにくいから。なんとなくとしか、うちには言いようがないし」
「具体的に、なにかないんですか?」

 感覚で覚えるしかないというのは楓もわかっているものの、やはり納得しかねる。性分なのか、どうしても説明を求めてしまう。

「ないなぁ。腑に落ちないっていうか、なんか違うって、漠然と思うだけだし」
 
 主観を除いても、不親切過ぎる説明。楓が残念そうに噤むと、
「さて、全員揃ったし始めようか」
 本格的な活動へと移る。
 千代子は立ち上がり、今日のお菓子の用意。楓も手伝いに動く。お皿に乗せられたケーキが一人一人に配られる。

「ザッハトルテだ」
 
 漆黒に覆われた円形。鮮やかな艶はチョコレート本来の力ではなく、百度を超える高温にまで煮詰められたシロップの恩恵によるもの。
 コーティングされた表面に刃を入れると、中心に潤いを持ったチョコレートケーキがでてくる。

「これはウィーン菓子の代表ともいえるから、結構有名。誕生には二通りの説があるけど、どちらにせよお偉いさんに命じられて作った特別なケーキだね」
 
 さりとて、一九世紀初頭の作品。アプリコットジャムを挟んだチョコレートケーキを糖衣で覆っただけと、構造としてはシンプルそのもの。

「表面のチョコレートは、はっきり言って死ぬほど甘い。中のケーキも甘い上に重い。それでも美味しいって感じるのは、アプリコットジャムのおかげだろうね。これも単体なら酸味が強くて日本人の口には合わないんだけど、見事に調和している」
 
 全員が一口ほおばると同時に、顔をしかめる。誇張抜きに、甘くて重くて酸っぱい。だけど、噛みしめていくほどに口の中で纏まってくる。

「さて、次は歴史についてだけど、このザッハトルトは人の名前が由来している。フランツ・ザッハ。当時、僅か一六歳の少年だったが……」
 
 このケーキで財を成し、後に息子がホテル・ザッハを開業。しかしその後、時代は世界恐慌を迎える。
 この時、資金援助と引き換えに門外不出であったレシピが、王室御用達のケーキ店デメルに流れた。
 勿論、両者同意の元の業務提携だったのだが……

「当時の代表が死んだあとに、ホテル・ザッハがデメルを訴えたんだ。いわゆる、商標権差し止めみたいなもん」
 
 その争いは七年にも及び――現代では『甘い七年戦争』と呼ばれ、語り継がれていた。
 気になる結果だが……共に、販売を続けている――デメルは『デメルのザッハトルテ』で、ホテル・ザッハは『オリジナルザッハトルテ』と名乗って。

「両者の違いはアプリコットジャムの挟む位置と、デコレーションぐらいかな」
 
 デメルは表面に塗るだけ。そして、三角形のチョコが飾られている。対してオリジナルは表面+生地の間にも挟まれており、チョコはメダル型。

「……とまぁ、相変わらず楓が長々と詳しく調べてくれた上に、このザッハトルテも作ってくれたわけだが」
 
 三人の驚き――塩谷と師井先生は称賛をもって楓を。
 当の楓は、千代子に裏切られたような眼差しを向けた。

「恥ずかしくて喋れない、と」
 
 視線に囲まれるも、楓はなにも話さない。口下手、人見知り。口に出されずとも、三津と捺の言葉が身に沁みてくる。

「すごい! これ、佐藤君が作ったの?」
 
 興奮した声に気圧され、楓は肯定の一言すら吐き出せないで頷く。
 ――男の癖に。
 今まで嘲笑と共にそう揶揄されてきたので、楓は身内以外の前で、お菓子の話をするのに躊躇いを覚えていた。
 だからこそ、千代子に代弁を頼んだのに……最後になって手の平を返された。
 楓は反射的にぐっと身構えるも、予想していた口撃はやってこなかった。

「へー~、すごいな佐藤。これは普通に店に出せるぞ」
「ほんと、同い年とは思えないよ!」
 
 裏の感じられない賛辞。拍子抜けしたみたいに、楓は呆ける。真偽を疑うのも失礼なくらいに、二人は残りのケーキを幸せそうに口へと含んでいた。
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