第29話 敗戦処理

文字数 2,330文字

 期末試験が終わると、夏休みまで秒読み。
 生徒たちの浮かれ具合は日ごとに増していっているのか、空席が目立つようになってきた。
 ほぼ女子高とはいえ、やはり何人かは恋人の存在がいる様子。他校の生徒や大学生、社会人など、語るほうは誇らしげに、聞くほうは羨ましげに楓の目には映る。

 実際、それが上辺か本心かは定かではない。中学までの体験で楓が学んだのは、女子の本音と建前は見分けがつかないことだ。同じクラス内で苛めが行われていても、男子のほとんどは気付かないであろう巧妙さ。その手前となると、尚更わかるはずがない。

 早くも、他所のクラスでは退学した生徒がいるらしい。原因は苛め――常に一人で耳を澄ませている楓は、何気に事情通となっていた。
 だから、自分たちの噂が付き合っていると落ち着いたことも知っている。
 その所為で、塩谷が嘘吐き呼ばわりされたことも。瀬川にも飛び火して、この教室内も険呑な空気に包まれたことも。
 
 それでも、現場を見咎める機会はなかった。
 三津も我関せずどころか、楓にも関わるなと釘を刺してきた。
 
 そして、それがどう転がったのか――現在、何名かが生徒指導室に呼び出されていた。
 
 実習が終わり、楓たちの班は持ちこさなかったのだが、塩谷の班は違った。
 昼休みの途中で瀬川が教室から消え、少し置いて山内も出ていって……午後の授業が始まっても戻ってこなかった。 
 そこには先生も入っていたので、今は自習となっている。
 
 しかし、騒がしい。声を発していないのは、楓と三津くらいしかいなかった。ひそひそと責める響き。楓は目だけで制す。他人の噂話に、無為に耳を傾けているだけではない。
 隣は気にした様子もなく、実習ノートをまとめている。
 教室内の誰かさんの判定では、楓と三津にも原因があるらしい。その根拠は風が吹けばなんとやら……馬鹿らしいと、楓は露骨に舌打ちする。

「大丈夫?」
 
 要領の得ない三津の心配に、「なにが?」と楓は不機嫌に返すも、

「試験が終わってから、ずっと苛立っているみたいだけど?」
 
 あっさりと軌道修正され、的を射られる。

「別に。誰かさんの所為で結果が芳しくなかっただけ」
 
 三津は眉間に皺を寄せた。全面的な公表は行われていないが、先生によっては高得点者の名前を晒している。あまりに稚拙な嘘。ただ、楓は絶対に認めない態度でいた。
 しかも、その手段が平然を装うのではなく、注意したら噛みつくと威嚇している。
 楓の前科を知っている三津に、追及などできる訳がなかった。

 五時限目が終わり、最後の授業が始まる前になって席が埋まった。どう見ても、山内以外の表情は暗い。納得がいっていないかのように、ふてくされている。
 
 声をかける間もなくチャイムが鳴り、先生が姿を見せる。雰囲気は重たいまま、授業は公衆衛生学で内容は母子保健。先生は気を遣ったのか、それとも単に品がないだけなのか下ネタを混ぜる。オギノ式による避妊方法。どちらにしろ、最低というのが楓の見解である。

 授業が終わると掃除時間。実習と同じメンバーなので、
「なにがあったんだ?」
 掃除の片手間に楓は投げかけた。

「敗戦処理なんてするもんじゃないな」
「敗戦いうな!」
 
 心底疲れた山内の発言に瀬川がきつく飛ばすも、
「負けてないしっ!」
 楓にすら、強がりにしか聞こえない。

「いや、思いっきり負けてたし。ってかおまえ、感情的に突っ込んでかき回して、ややこしくしただけだから」
 山内は淡々と告げる。
 反論の姿勢をみせる瀬川を目だけで制し、
「おまえ、しばらく喋んな。泣かれたら面倒だし」
 居丈高な命令。さすがに酷いと楓は間に入ろうとするも、必要はなかった。

「それに悔しいだろ? ホームルームで泣いていたと思われたら」
 
 黙って堪えてろ、と告げる山内の眼差しは優しかった。伝わったのか、瀬川は口を引き結んで、山内を視界から排除する位置に逃げていった。

「二度と、女子の喧嘩には関わりたくないって思ったよ」
 
 三津が瀬川の元にいき、女子の目がなくなると山内はぼやきだした。

「会話にならん。理詰めで論破すると泣くし、それだけで俺が悪者みたいに責められるし、先生も開口一番で俺を責めたんだぞ?」
 
 想像に難くない成り行きに、楓は気休めすらかけられなかった。

「しかも、絶対これで終わらないし。来週から夏休みだからいいけど」
「けど、よく割って入ったな」
 
 一度だけ、女子の喧嘩に立ち会った経験のある楓は尊敬する。

「場所が実習室だぜ? 包丁あるじゃん、あそこ」
 
 さすがにそれはないだろうと思うも、楓の笑みは引きつっていた。

「あとはまぁ、おまえらの所為だぞ?」
 
 被害者相手に逃げる真似は心苦しくて、楓は素直にお詫びする。

「おまえらと同じ中学の奴がさ、中二の頃から付き合っているって証言したらしい」
「なんだよ……それ」
「詳しくは知らんが、直接本人から聞いたって奴が何人かいてな。あとはわかるだろ?」
 
 どっちを信じるか……答えは聞くまでもない。互いに、親しいほうの言葉を信じた。

「他にも、副次的な理由があったんだろうがな。互いに言いやがらないんだよ」
 
 ほとんどだんまりで時間くって、結局は先生が付き合いきれずに開放されただけだと、山内は事の顛末を明かした。

「なんの解決もしてないから。また、あるかもな」
 
 次はきっと、止められない。ここが女子高ではないと思い知った彼女たちは、もう二度と、男子の目が届く場所では行動しないから――
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