第40話 3人寄ればかしましい
文字数 1,889文字
捺を黙らせた頃には、夜になっていた。
彼女は喋り続けて疲れたのか、一人だけテーブルに突っ伏している。
作業している目の前でだらけられるのは癪だが、面倒を押しつけた手前、千代子は我慢していた。
今晩だけ、三津には遠慮して貰った。
「百花ちゃんに嫌われたら、恨むから」
「元からだろ? 楓に気がある以上、避けられないって」
「気があるって……とっくの昔にやってられなくなってるっての。あの二人を見てたらさ、ほんとお互いのことしか見てないし」
「ほんと、互いに自惚れてんだよな。相手のことは自分が一番わかってるって決めつけて。そのくせ、好かれるよりも嫌われたくないって思ってる」
近くで見てきた二人には、不毛にしか感じられないやり取りばかり。
「まぁ、誰かさんの教育の賜物でもあるんだろうが」
「それ私、関係ない!」
紅葉は訴える。
二人で買い物に行かせたり、一緒に登校するよう仕向けたりと気を遣ってきたと。
「そのお節介が悪い」
「他人に指摘されると、嫌になる人もいるし」
二対一の構図の前では紅葉の責任逃れは許されなかったが、
「それなら千代だって同罪じゃん。昔からお似合いだとか、公認カップルだとか、いい加減付き合えばとか……」
過去のリークにより、捺が立ち位置を変え始める。
「そこまで言っといて、幼馴染で付き合うとかつまんないかって、自己完結させるんだから!」
「千代、それはさすがに酷いんじゃない?」
「いや、でも、つまんないだろ?」
「そう? むしろ、自慢できる類じゃない?」
他人事な二人は紅葉に采配を託すも、
「ノーコメント」
断られる。
窘めるというよりも、不機嫌に話を打ち切られた。
無言で配膳され、二人は責任を押し付け合うように視線を交わし……こほんっ、と捺がわざとらしく咳払い。
「あの二人のことは置いとくとして……」
あからさまな切り替えだが、誰も異論は挟まなかった。
「紅葉はこれからどうするの?」
「千代に任せる」
「だったら文句言うなよ?」
「それは、やだ」
「てめっ……!」
必然的に捺が仕切る――元の形が整ってしまった。
「とりあえず、紅葉から楓君に会うつもりはないんだっけ?」
会わせる顔がないと、紅葉は自分の都合で頷く。
「それに対して、千代はどう思う?」
「会わせてやりたい。だって楓の奴、珍しく頑張ってるんだ」
「よしっ。それじゃ、紅葉は楓君へのご褒美ってことで――」
二人の意見は平行線。
だが、捺は早くも落とし所を見つけたのか、明るく手を叩いた。
「紅葉、文化祭に来てよ」
捺の提示する妥協点を渋るかのように、紅葉は目を伏せる。
「紅葉、約束くらいは守りなさいよ」
――文化祭に参加する。お客という立場になるが、未だ果たせる内容ではあった。
「楓は、律儀にそれを守ろうとしてるんだからな」
紅葉の知らないところで、約束はまだ残っていた。反故にはなっていなかった。楓がさせなかった。そこまで聞かされても、紅葉は明言しなかった。
「ってか、あんたが来てくれないと失敗に終わるんじゃない?」
いつまでも応じない紅葉に苛立ってか、千代子はが吉な予言をする。
「楓ってさ、お菓子を作ってるところを人に見せたがらないじゃん」
要領の悪い姿を晒すのが嫌なのか、楓は誰にも手伝わせはしない。
「んで、あいつって初めてやることは大抵上手くいかないっしょ?」
集団調理が三年生から行われるのは難しいからである。単純に分量や作業量が倍になるだけでなく、失敗のリスクも増す。特に、様々な材料を混ぜ合わせていく製菓は危険性が大きい。室温だけでなく、材料同士の温度にまで気を使わなくてはならなくなる。
「そんでもって、一人で抱え込むだろうから……」
「あぁっ! 行けばいいんでしょっ! 行けば!」
聞けば聞くほど楓の成功する姿が想像できなくなったのか、紅葉は前言を撤回した。
「え? なに? 紅葉、お客じゃなくて、普通に参加するの?」
捺は軽く引いているのだが、
「だって! そうじゃないと楓が!」
弟の失敗がリアルに浮かんだのか、紅葉はその気満々であった。
「文化祭当日なら、忍び込んでも平気だろ。制服も実習服もあるんだし」
さも正論のように千代子は口にするも、それはただの楽観視でしかなかった。
けど、誰も野暮なことは気にも留めず。
遊びの予定を立てるかのように、少女たちは盛り上がっていた。
彼女は喋り続けて疲れたのか、一人だけテーブルに突っ伏している。
作業している目の前でだらけられるのは癪だが、面倒を押しつけた手前、千代子は我慢していた。
今晩だけ、三津には遠慮して貰った。
「百花ちゃんに嫌われたら、恨むから」
「元からだろ? 楓に気がある以上、避けられないって」
「気があるって……とっくの昔にやってられなくなってるっての。あの二人を見てたらさ、ほんとお互いのことしか見てないし」
「ほんと、互いに自惚れてんだよな。相手のことは自分が一番わかってるって決めつけて。そのくせ、好かれるよりも嫌われたくないって思ってる」
近くで見てきた二人には、不毛にしか感じられないやり取りばかり。
「まぁ、誰かさんの教育の賜物でもあるんだろうが」
「それ私、関係ない!」
紅葉は訴える。
二人で買い物に行かせたり、一緒に登校するよう仕向けたりと気を遣ってきたと。
「そのお節介が悪い」
「他人に指摘されると、嫌になる人もいるし」
二対一の構図の前では紅葉の責任逃れは許されなかったが、
「それなら千代だって同罪じゃん。昔からお似合いだとか、公認カップルだとか、いい加減付き合えばとか……」
過去のリークにより、捺が立ち位置を変え始める。
「そこまで言っといて、幼馴染で付き合うとかつまんないかって、自己完結させるんだから!」
「千代、それはさすがに酷いんじゃない?」
「いや、でも、つまんないだろ?」
「そう? むしろ、自慢できる類じゃない?」
他人事な二人は紅葉に采配を託すも、
「ノーコメント」
断られる。
窘めるというよりも、不機嫌に話を打ち切られた。
無言で配膳され、二人は責任を押し付け合うように視線を交わし……こほんっ、と捺がわざとらしく咳払い。
「あの二人のことは置いとくとして……」
あからさまな切り替えだが、誰も異論は挟まなかった。
「紅葉はこれからどうするの?」
「千代に任せる」
「だったら文句言うなよ?」
「それは、やだ」
「てめっ……!」
必然的に捺が仕切る――元の形が整ってしまった。
「とりあえず、紅葉から楓君に会うつもりはないんだっけ?」
会わせる顔がないと、紅葉は自分の都合で頷く。
「それに対して、千代はどう思う?」
「会わせてやりたい。だって楓の奴、珍しく頑張ってるんだ」
「よしっ。それじゃ、紅葉は楓君へのご褒美ってことで――」
二人の意見は平行線。
だが、捺は早くも落とし所を見つけたのか、明るく手を叩いた。
「紅葉、文化祭に来てよ」
捺の提示する妥協点を渋るかのように、紅葉は目を伏せる。
「紅葉、約束くらいは守りなさいよ」
――文化祭に参加する。お客という立場になるが、未だ果たせる内容ではあった。
「楓は、律儀にそれを守ろうとしてるんだからな」
紅葉の知らないところで、約束はまだ残っていた。反故にはなっていなかった。楓がさせなかった。そこまで聞かされても、紅葉は明言しなかった。
「ってか、あんたが来てくれないと失敗に終わるんじゃない?」
いつまでも応じない紅葉に苛立ってか、千代子はが吉な予言をする。
「楓ってさ、お菓子を作ってるところを人に見せたがらないじゃん」
要領の悪い姿を晒すのが嫌なのか、楓は誰にも手伝わせはしない。
「んで、あいつって初めてやることは大抵上手くいかないっしょ?」
集団調理が三年生から行われるのは難しいからである。単純に分量や作業量が倍になるだけでなく、失敗のリスクも増す。特に、様々な材料を混ぜ合わせていく製菓は危険性が大きい。室温だけでなく、材料同士の温度にまで気を使わなくてはならなくなる。
「そんでもって、一人で抱え込むだろうから……」
「あぁっ! 行けばいいんでしょっ! 行けば!」
聞けば聞くほど楓の成功する姿が想像できなくなったのか、紅葉は前言を撤回した。
「え? なに? 紅葉、お客じゃなくて、普通に参加するの?」
捺は軽く引いているのだが、
「だって! そうじゃないと楓が!」
弟の失敗がリアルに浮かんだのか、紅葉はその気満々であった。
「文化祭当日なら、忍び込んでも平気だろ。制服も実習服もあるんだし」
さも正論のように千代子は口にするも、それはただの楽観視でしかなかった。
けど、誰も野暮なことは気にも留めず。
遊びの予定を立てるかのように、少女たちは盛り上がっていた。