第35話 ジェントルマンとレディ

文字数 1,597文字

 全校集会とホームルームが終わると解散――楓たちは部室に顔を出していた。
 今日は文化祭の話し合い。

「三年は忙しいかんね。今の内に色々と決めとかないと」
 
 神川高校は体育祭がないので、夏休みが終わるとすぐに文化祭の準備に入る。特に三年は内容が決まっており、作業に追われる日々が待ち構えていた。
 食物科は食堂運営、デザイン科はファッションショー、保育科は人形劇と託児所。普通科は一般的な受験生なので自由参加。

「うちと捺はフルでは入れないから。最悪、あんたら三人で回せる内容にしたほうがいいかも」
「千代、最悪を考慮するとそれ以上。クラスで何かする場合は、三人も抜ける場面があるかもしれないんだから」
 
 初参加の三人に、捺は注意事項を伝える。

「保健所のお達しで、仕込みは当日しか許されないから。基本的に泊りもなし。早くても、朝の五時からの準備になると思う」
「場所ってどうなるんですか? カフェとかそういうのって、競争率高そうなイメージがあるんですけど?」
 
 中学の体験談なのか、塩谷が心配する。

「普通の高校はそうなんでしょうけど、ウチは食物科があるから」
 
 食物科の二年生がカフェを開くのは恒例である。
 クレープなどの屋台系はともかく、本格的な喫茶となるとレベルの差は歴然。週一で調理実習を行い、調理室の利用も約束されているような相手に挑むクラスはまずいなかった。

「クラス単位で本当に自由にやれるのって、普通科と保育科の一~二年に食物科とデザイン科の一年だけだかんね」
 
 デザイン科の二年は、学校全体のコーディネートに駆り出されていた。

「だから、自分たちがやりやすいように決めればいい」
 
 千代子の言い分に従い、一年生三人がそれぞれに意見を出し合う。
 その間、捺たちは姿を消し、衣装を抱えて戻ってきた。

「あらかた完成したから、試着してくれない?」
 
 楓だけ追い出される。廊下で着替えろと言われたが、空き教室を勝手に拝借する。
 着る前からわかっていたが、執事服。それでもシャツの襟にはカラーステイ、袖にはカフス。その上に、ウエストコートとジャケットという、クラシックなスタイルで馬鹿にできない。
 部室の前で待たされている間、楓は落ち着きがなかった。不安に駆られ、扉に耳を当てると、三津の文句と捺の説得。

「メイド服って馬鹿じゃないんですか?」
「仮にも課題なんだから、百花ちゃんがイメージしているようなやつじゃないってば。きちんと時代背景まで調べて、当時を再現した上で、今風のアレンジを加えているから」
「でも……」
「それにヴィクトリアンスタイルだから、ロングスカート。あと、メイドじゃなくて、ハウスキーパーだから。バトラーに並ぶ使用人の最高位、女主人の代行者」

 結局、入室許可が下りるまで三〇分近くかかった。何故か捺と千代子まで着替えており、楓は圧倒される。千代子は楓と同じようなパンツスタイル。
 そして、塩谷が見慣れたエプロンドレスで、捺と三津の二人はロングスカートだった。

「テーマはジェントルマンとレディ。十九世紀のイギリス――ヴィクトリア朝の服装の再構築」
 
 全体的にシックな色彩。過度な装飾はないが、透かし細工など細かく作りこまれていた。

「ふっ、私の目に狂いはなかった。作り直しが決定した時はどうなるかと思ったけど、やっぱり楓君はクラシックなほうが似合う!」
「楓はハマり過ぎだな。よくそんな肩っ苦しい服装を着こなせるもんだ」
「当日はネクタイに懐中時計、チーフに白手袋も付けちゃおっかな」
 
 調子に乗っている捺に賛同するかのよう、他の三人も頷いている。

「ただこれ、凄く暑いんですけど?」
「そこはがんば!」
 
 着心地までは考慮していなかったのか、捺は無責任な精神論を押し付けてきた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み