第42話 変わる関係

文字数 2,745文字

 いつからか、自然と緩むようになっていた。
 胸はきつく締めつけられたようなのに、頬は簡単に綻んでしまう。
 でも、意識していると思われたくなくて、頑なに拒む。
 直視すると抑えきれなくなるから、いつも逸らしてぶっきらぼうな態度。
 
 格好悪いことこの上ない。
 逃げて、戻ってきた時とまったく同じ。
 
 遠目で見つけて、鼓動が弾んだ。
 避けていた意味なんて、まるでない。中学の時は半年も置いていたのに、揺るがなかったんだ。

 ――やっぱ好きだ。
 
 新学期。半月ぶりの再会は、今までと違っていなければならない。有言実行。楓は緩む勢いのまま、吐き出すように笑みを零した。

「おはよう」
 
 声に照れ臭さが混じってしまったが、及第点。先手を取れたのは、初めてかもしれない。

「……おはよう。髪、切ったんだ」
「あぁ、さっぱりした。そういう、三津は伸ばしてるのか?」
 
 続ける言葉を継ぎ足して、終わらせない。他愛ないお喋りに興じてみる。

「甘楽先輩が、文化祭終わるまでは切るなって言うから」
 
 楓は想像してみて、
「昔は長かったよな」
 ふと思い出した。

 学校から帰ると、三津はよく髪を結んでいたと。

「覚えてたんだ」

 言葉こそ馬鹿にしているようだが、嬉しそうな表情が垣間見えた。
 おそらく、今まで見逃してきた顔。自分の体裁を整えるのに必死になって、軽口に逃げて、俯いて、横目で盗み見するだけで見落としていた。
 きっと、他にも沢山ある。気付かなかった大事なもの。自分が取り零してきたものに、これからは目を向けていかなけらばならないと、楓は改めて決意する。

「そういえば、なんで切ったんだ?」
 
 小さく、
「似合ってたのに……」
 と付け加える。

 聞こえたかどうかは判断つかないが三津は、
「え……?」
 楓と同じくらいの声量で漏らして、
「別に!」
 声を尖らせた。
 
 靴音を激しく鳴らして、三津は半歩先を行く。
 後ろ姿からはさすがに掴めない。態度の急変が腑に落ちず、楓は歩幅を広げる。

「なに怒ってんだよ?」

 並行すると、三津は驚いたように見上げた視線を下に落とした。

「……なんでもないっ!」

 三津は説明を拒んだ。
 ただ口調は弱く、歩く速度も平常に戻ったので、追及はしなかった。





 自分の気持ちに正直になって、好きだと認められるようになったとはいえ、楓の性格上、さぁ、告白しよう! とはいかなかった。
 きっとそれが、紅葉に対する一番の償いにはなるとわかっていてもだ。
 タイミングが掴めない。いつ、どこで、どのように……そんなこんなで、二学期が始まって二週間が過ぎていた。  
 登下校は毎日一緒にしている。以前よりも軽口は減った――会話も。更には、不自然な言動が増え、一人で悶々とする場面が何度もあった。羞恥心に苛まれ、居た堪れない時も少なくはない。
 それでも、居心地は悪くなかった。
 いつも平然としていると思っていた三津からも、動揺が見受けられるようになったからだ。

「何か意見はないか?」

 文化祭の話し合い。委員長の山内が求めるも、誰も返事をしない。困ったような目配せが送られ、三津は慌てた様子でそっぽを向く。

「とりあえず、なんでもいいから意見を出してくれ」
 
 山内は再度、お願いする。
 厄介なことに、一学期の件を引きずっている――気配はなかった。
 純粋に全員のやる気がない。その上、中途半端な男女差の所為か、クラスの統一性は皆無に等しく、鶴の一声となる人物がいないのも痛かった。

 山内は渋々、名指しで意見をさらっていく。
 指名された生徒は本当に嫌そうな声を上げるも、それ以上に山内の顔が嫌そうだったからか、ぽつぽつと周囲の顔色を窺いながら意見を述べだした。
 順々に当てられ、出てきた意見はしょうもない。楽なのがいいとか、拘束が少なければなんでもいいと消極的……。

「次、佐藤」

 西研を第一に考えている楓にとって、クラスの出し物なんて邪魔でしかなかった。
 かといって、そんなの言える訳ないと適当に答えを濁すつもりだったのだが、今までの意見を省みてみると、別に構わないのではないかと思えてくる。

「あのさ、何もやらないってのはあり?」

 相手が山内だったことも幸いして、楓は提案してみた。

「おれなんか部活のほうが忙しくて、あんま手伝えないと思う」

 楓に乗っかるように、私も! 私も! と今までの静けさが嘘のようにかしましくなる。

「えーと、どうなんですかね?」

 山内が師井先生に答えを求めると、
「私も今年が初めてだからな……」
 確認してみると教室を出ていった。

「一応、部活動のほうが忙しいって奴は手挙げて」

 空白の時間を無駄にしないように山内が意見を集め出すと、半数以上があがった。
 学科によっては二年から強制参加があるために、部活動主体の出し物は一年に負担がかかっているようだ。
 師井先生は職員室ではなく、隣の教室に行っていたのか、すぐに戻ってきた。

「別に構わないそうだ」

 なんでもクラス単位の出し物は、部活動の参加率が低い普通科のためにあるらしい。逆に専門科の生徒たちは自主的に臨む傾向が強いので、無理にクラスでやらせる必要もないとのこと。

「それじゃ、ウチのクラスはなにもしないってことで」
 
 ほとんど満場一致だが、些か情けない結果である。
 どこかしら、山内と瀬川の表情は残念そうだった。
 それに気づいてしまったからこそ、楓は訊いてみた。

「あのさ、文化祭の予定ないなら……ウチ手伝わない?」

 放課後。
 帰る準備をしていた山内と瀬川に声をかけた。

「ウチって……? なにやんだ?」
「英国喫茶」
 
 執事服、メイド服着用は敢えて秘匿した。

「でも、衣装とかあるの? 部員の人の手作りなんでしょ?」
 
 楓の企みは虚しく、瀬川には塩谷から既に伝わっていたようだ。

「男女ともに、二着余ってるらしい」
 
 楓と三津の作り直し分。平均的な体型の山内と瀬川なら、特に問題はないはず。

「二人が手伝ってくれるなら、色々と助かるからさ」
 
 接客(それも男)が増えれば、表に出なくて済むだろうと楓は考えていた。

「俺は別に構わないぜ。なんもしないってのは許されそうにないしな」
「私もいいよ。元々、遊びには行くつもりだったし」

 衣装を知っている瀬川は、はにかむように山内を見た。

「なんだよ?」
「べっつに~」

 瀬川の反応からして、山内には当日まで内緒にしとくべきだと、楓は判断した。
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