第23話 男女3人part3

文字数 4,714文字

「……えと」
 口ごもる楓と違って、

「おじゃまします」
 それぞれが丁寧に告げる。

「千代子先輩は予定があるみたいだったから」
 
 三津は簡単に説明すると女性陣を連れて、洗面所へと姿を消した。

「瀬川と塩谷が遊んでるとこに、三津さんから電話があったらしい。で、何故か俺まで呼ばれた次第だ」
 
 残っていた山内が、苦笑いを浮かべながら言い添えてくれた。

「そうか……。まぁ、上がってくれ」
 
 山内はジーンズに襟付きのシャツと、落ち着いた服装をしていた。
 楓は戸惑いながらもリビングへと案内して、
「カウンターキッチンか、いいな~」
 山内が食いついた。

「でも、コンロは電気か。俺はやっぱガス火が好きだな」
「お菓子を作る時は、電気のが助かるけどな。放射熱が少ないし」
「あ、なるほど。そういう考えもあるのか」
 
 二人して男子高校生らしくない会話をしていると、かしましさがやってきた。

「こんにちわ、佐藤君」
 
 塩谷と瀬川が律儀に揃って会釈をする。
 共に、涼しげなブラウスにスカート。塩谷はフリルなど、上下ともに装飾が多く柔らかい印象。瀬川はシンプルなデザインで大人っぽい。 
 三津は見慣れたパンツスタイル。七分丈のデニムに黒のキャミソール、カーディガンを羽織っていた。

「座っといて。紅茶の用意するから」
 
 楓は鍋でお湯を沸かす。この人数分を一度に用意できるポットは家にはないので、煮出し式で淹れる。
 キッチンに立つ楓を尻目に、四人は談笑していた。
 瀬川と山内、三津と塩谷が並んでいる。元々四人家族なので椅子はこれだけなのだが、ご丁寧に三津がカウンターキッチン用の椅子を移動してくれていた。
 テーブルにケーキと紅茶が置かれて、
「バースデーケーキ?」
 三人の声がはもる。

「佐藤君、誕生日なの?」
「月末がな」
「ケーキが送られてくるって、佐藤の親はなにやってんだ?」
「一応、天文学者?」
「なんでそこで疑問形なんだよ」
「いや、詳しくは知らないから。去年までは科学館の館長をやってたんだけど、今はオーストラリアにいるから」
 
 籍だけは今も科学館に残っていたような……と、楓はうろ覚えの情報を漁るも、

「……って、オーストラリア!?」
 
 三人は聞いちゃいなかった。

「へー、でもすごいね。こうやってケーキを送ってくれるなんて」
「単にあざといだけだよ」
 
 塩谷の感想を切り捨てるよう、楓はぼやく。

「昔から、『物』だけは用意してくるから」
 
 誕生日、クリスマス、卒業。節目ごとのイベントに、両親はほとんど顔を出してこなかった。
 それどころか、楓が中学に入ると家にすらほとんど帰って来なくなる始末。
 そして、高校生になった今では日本にすらいないときた。

「その分、自由にやれるからいいけど」
 
 ――お互いに。
 冗談じゃすまなくなるので、最後の一言はケーキと一緒に飲み込んだ。
 冷凍されていなかった時点で、楓もわかっている。これがネット操作だけで頼まれたものではないと。
 おそらく、この近辺のケーキ屋にわざわざ電話で頼んでくれたのだろう。(本当、むかつく……)味も気にいったから尚更だ。
 どこか懐かしい味に頬が緩む。美味しそうに食べる楓に釣られるように、みんなも口に運んでいく。

「そういえば、佐藤君ってこういう普通のケーキは作らないよね?」
 
 塩谷の質問は楓に向けられたものなのに、
「あぁ、楓は基本的に不器用でセンスないから」
 三津が答える。

「形が決まってるものか、焼きっぱなしのタイプのケーキしか作れないの」
 
 単純な器用さを求められる作業が楓は苦手だった。生クリームを塗ったり、複雑な絞りといったデコレーション。特に、好きなように仕上げてと投げ出されたら手が付けられなくなる。

「その分、知識とかは半端ないけど」
 
 だからこそ、楓は理論などを覚えるようになった。
 技術ではどうしても劣ってしまう分を補うため、勉強に励んだ。

「あとはただのフランスかぶれ?」
「本場をリスペクトするのは当然だ」
 
 聞き捨てならない一言だったのか、楓は噛みつく。

「寿司を学びたければ日本を知るのが当たり前のように、製菓を学ぶのならフランスを知らないと駄目なんだよ」
 
 慣れている三津は適当な相槌を打つも、塩谷と瀬川は急な口上に驚いているようだ。

「やっぱ佐藤は、卒業後は専門?」 
 
 女子たちを尻目に、感心していた山内が訊ねる。

「いや、まだ決めてない。おまえは?」
「俺は専門。関西か関東の調理学校志望」
 
 調理師免許を取得できるとはいえ、所詮は高等学校。また、短大にて栄養士を目指すことを旨としているので、習う知識や技術は浅く広く、資格のみに特化した授業内容というのが実情であった。

「ジャンルは?」
「洋食かな。フレンチかイタリアンで迷ってる」
「なら、二年からの選択調理も洋食か?」
「それもまだ、決めかねてる。どうせ専門でやるつもりだから、他のにしてみようかなって」
 
 一年の実習内容は日本と西洋。二年は中華と選択――和、洋、中、製菓・製パンから選べるようになっており、三年は選択調理と集団調理となっていた。

「そういう考え方もあるのか」
「だって、ウチにいる先生ってたいして凄そうじゃないだろ? 本格的にやるにはちょっとな」
「確かに、製菓の先生の肩書はパッとしないな」
 
 辛辣な批評をする二人に、女性陣は呆れと尊敬が入り混じった視線を送っていた。

「山内は知っていたけど、佐藤君も辛口」
「楓はお菓子のことになると細かいから」
「二人とも、色々と考えてるんだね……」
 
 三人は共に短大――多くの生徒が辿る手堅い道を選んでいた。
 けど、山内には不満のようだ。

「短大だと栄養士までしか取れないからな」
 
 卒業と同時に管理栄養士の受験資格が与えられる学校は、例外なく四年制である。

「でも、栄養士としての実務経験が三年あれば、試験受けられるじゃん」
 
 瀬川は簡単に言ってのけるも、それは浅はかだと山内が現実を提示する。

「国試なめんなよ。合格率、五割切ってんだぞ? しかも、受験者の半分くらいは管理栄養士の養成学校を卒業した人間だってのに」
「それ、ほんと?」
「ちなみに、学校出ていない受験者の合格率は二割切ってる」
 
 追い打ちをかけるかのように、三津が厳しさを付け足した。

「嘘? そんなに難しいんだ」
 
 卒業後の調理師免許取得率は八割を超えている。更に言えば、取りこぼした二割は授業態度に問題有りとされるタイプ。
 すなわち、真面目にやっていれば落とすことがない。
 現に、先週行われた食物検定四級の試験はほぼ全員が合格している。きゅうりの輪切りと調味料の計量。ほんの少しの練習で、なんとかなる内容ではあったが。

「少なくとも、真面目にやってるだけでなんとかなるレベルじゃないんだろうな。知識も医学的なものが混じってくるし」
 
 他人事である山内の表情は緩んでいた。正論を謳っているものの、からかい半分。
 しかし、瀬川は反応することなく、

「なら、三年働いて寿退社狙いしかないか」
「おまえ、女子大だぞ?」
 
 高校と一緒に共学となっているものの、現状のような比率が目に浮かぶ。

「別に、学校外でも出会いはあるじゃん」
「でも、短大は忙しくてバイトもする暇もないらしいぞ」
 
 専門学校志望の割に、山内の知識は明るかった。

「山内君はなんでそんなに詳しいの?」
 楓も疑問に思っていたが、質問したのは三津。

「あぁ、山内の姉がその短大に通ってるから」
 そして、答えたのは瀬川。

「今二年生で……彼氏はいるんだっけ?」
「さぁ? そういう雰囲気はないけど、正確にはわからん。大学を行き来する以外ほとんど外出してないから、いないんだろうな」
 
 偶然は期待できない。友人が仲介に入るか、紹介を頼むか、ナンパか。どちらにしろ、行動を起こさないと恋人は望めない環境らしい。

「あとは先生とくっつくのも、稀だけどあるらしいぜ」
 
 音も立てずに空気が変わった。横目で三津と塩谷が楓を探る。

「ふーん」
 無表情で放たれた相槌は冷めていた。

「でも、今年は僅かだけど男子がいるからな。何人が短大まで行くかは知らねぇけど」
「あいつらとは、そういう話しないのか?」
 
 楓にとって、山内以外の男子はその他にしか過ぎない。入学当初は違ったのだが、満足な会話をするまでもなく合わない――典型的な男子だったので、気にも留めなくなった。

「あー、あいつらはそこまで考えてないみたいだ。入学理由も勉強したくないとか、女子が多いとか、男子の先輩がいないからだとか……下らない」
 
 入学理由に関しては、楓も人のことを言えないので耳が痛い。
 ――追いかけた。
 ただ、それだけなのだから。

「下らないって……。そんな態度だからハブられるのよ。みんな、そこまで先なんて考えていないんだから」
 
 瀬川の小言にも、山内は動じない。自分のスタンスを崩すつもりはないようだ。

「別に結構。つまらない色恋話に付き合わされるよりは、よっぽどマシだ」
 
 同意を求めるような視線に、楓も乗っかる。

「確かに。恋愛とか……そういったことで自慢するような奴は嫌いだな」
 
 思春期の男子としては、共に枯れた発言。幻想どころか、理想すら抱いていない。

「佐藤君も恋愛否定派なの?」
「別に否定するつもりはないけど……」
 
 信じられなかった。簡単に人を好きになったり嫌いになったり……付き合ったり、別れたりする神経が楓には理解できなかった。

「『も』ってことは、山内君がそうなの?」
 
 楓が詰まっていると、三津が矛先を変えてくれた。

「俺だけじゃなくて、瀬川もそうじゃない?」
 
 全員に注目されていた山内は、隣を矢面に持ち出そうとするも、
「私はそんなんじゃ……」
 瀬川は否定の態度を取り始める。

「けど、そんな男子の話とかしないじゃん。塩谷と比べてだけど」
 
 最低、と言わんばかりに塩谷は目を細める。

「睨むなよ。別に、俺だってそこまで否定する気はない。ただ、俺の場合は地元を離れるつもりだからさ。それなのに恋愛するのは、相手にとって失礼だろ? 卒業後にはバイバイってなるんだし」

「遠距離とか、一緒に進学したりは?」
 
 塩谷の上げる選択肢に、山内は否定するよう首を振る。

「遠距離は無理だろ、普通。それに、そんな理由で進学を選ぶような相手を俺は好きにならん」
「難しく考えすぎじゃない?」
「簡単に恋愛できるようだったら、ハブられませんよっと」
 
 山内はおどけて、はぐらかした。自嘲がリアル過ぎてか、追及は続かなかった。

「みんなが夢中になっているものを、否定している自覚はあるからな。その辺は諦めてるよ」
 
 重くなった空気を払拭しようとしてか、山内は笑っていた。その表情は、単なる強がりには見えなかった。受け入れているかのように清々しい。
 そういった彼に、楓と三津は感心の瞳を向けているも、中学からの友人二人は複雑であった。
 共に悲しみを宿しているも、瀬川はその中に痛みを、塩谷は怒りを潜めている。
 とはいえ、楓も三津も無粋な好奇心は持ち合わせていないので、この話はお終いだった。
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