第19話 臭すぎる紅茶とケーキ

文字数 2,737文字

 肌を晒すのに抵抗を覚えている楓は、移行期間ぎりぎりまで衣替えを行わなかった。
 中間テストが終了して、六月。
 やっと半袖になった楓は、危惧していた事態に襲われる。

「相変わらず細いな」
「ほんと、色も白いし」
 
 部室に顔を出した途端に、千代子と捺が噛みついてきた。毎年のことだが、反応に困る。

「やっぱ遺伝って凄いな」
「紅葉もいくら食べても太らなかったし」
 
 チクチクと楓は刺されていた。三津も塩谷も同意見なのか、

「ほんと。甘いものばっか食べてるくせして」
「ですよね。佐藤君って誰よりもお菓子食べてる気がします」
 
 反面、肉など油物は好きではないのだが、口にした所で藪蛇。
 ――さっすが、草食系代表。
 おそらく悪意はないのだろうが、言われるのが目に見えている。女性陣が懲りずに文句を連ねていると扉が叩かれ、

「なんだ佐藤、苛められてるのか?」
 
 師井先生が顔を出した。

「さて、先生も来たところで始めようか」
 
 悪ふざけはお終いと、千代子は目配せする。
 楓は要請を受け、手伝いに立ち上がる。

「そういえば、試験はどうだった?」
 
 残った三人に師井先生は投げかける。部員の試験結果が良ければ、文化祭に置いても色々と優遇される傾向があるらしい。

「あれ? なんだろ、この匂い……?」
 
 三津と捺は正体に気付き、塩谷と師井先生は純粋な疑問から、眉根を寄せ始める。
 漂ってくる香りは強烈だった。例えるなら、線香や正露丸。誇張抜きにして、そういった類の香気が運ばれてきたトレイ――目の前に置かれたカップから放たれている。

「捺とみっちゃんは、もうわかっているみたいだね~。嬉しいよ、二人も匂いだけで茶葉を特定できるようになって」
 
 千代子はわざとらしい賛辞を述べ、
「これはラプサン・スーチョンっていう、中国の紅茶でね。松の葉を燻して着香させた伝統あるフレーバーティー」
 非難の目を向ける二人など意に介さず、揚々と語った。

「まずは、ストレートでそのまま飲んでみようか」
 
 決まりごとのはずなのに、全員が抵抗を示す。はっきりいって、日本人には受け入れがたい香り。
それぞれが覚悟して一口つけると、重なり合う呻き声。

「どう? スモーキーっしょ?」
「スモーキー過ぎます……」
「これはまた……個性的だな」
 
 初体験の二人は正直な感想を述べた。

「少しだけ補足すると、日本と海外じゃ水の種類が違うかんね。硬水で淹れると、味も香りも軽くなって飲みやすくなるらしい」
 
 楓すら、無糖のストレートで味わうのは難しい。言いえて妙だが、煙の味。嗅覚が完全に味覚を引っ張っている。

「向こうでも、好き嫌いは完全に分かれるだろうけど。まぁ、牛乳と砂糖を入れてごらん」
 
 各々が好みの甘さを添加して、再度口に含むと劇的に変わった。

「あ、美味しいかも……」
「これなら……いけるな」
 
 このオリエンタルな味わいが、西洋人には親しまれていた。

「ってか、そこ二人はもうほとんど牛乳じゃん」
 
 歩み寄った塩谷と師井先生とは大違い。経験者の二人は、完全に拒絶していた。

「何度飲んでもこれだけは無理」
「私もこれはちょっと……」
 
 きっぱりと断言する捺に続いて、三津も申し訳なさそうだが否定した。

「好みはそれぞれだから仕方ないけど」
 
 人によっては癖になる。現に、楓はミルクティーならば気に入っていた。

「それじゃぁ、お菓子のお披露目もしようか」
 
 紅茶の品評が終わり、楓の番。
 ザッハトルテ以来、自分の言葉で語るようになっていた。

「えーと、今日のテーマは日本人には合わないであろう海外の味……なんで」
 
 明かされたテーマに視線が突き刺さるも、楓は気づかぬふりをして進める。

「タルト・フロマージュ。本来ならクリームチーズを使うんですけど、今回はシェーブル――山羊のチーズを使用しています」
 
 供されたのは見慣れた形。色合いも普通のチーズタルト。

「とりあえず、食べてみてください」
 
 楓は既に確信している。絶対に、捺と三津の二人は受け入れないと。
 
 そして案の定、
「ぼ、牧場の味がする……」
「うぅ、楓これ……」
 恨めしげに涙目で訴えられるのは良心が痛むので、楓は逸らす。

「甘いような塩辛いような……」
 
 塩谷も駄目だったらしく、紅茶を流し込んでいる。

「私はいけるな」
 
 唯一、師井先生の口には合ったようだ。

「山羊のチーズは初めて食べたが、ブルーチーズと比べたら馴染みやすい味だな」
「そうですね。ブルーチーズは足の裏の匂いって、捺さんは酷評していましたから」
 
 牧場とどっちがマシなのかは聞くまでもないだろう。

「たまにはこういうのもやっておかんと、ただお菓子を食べてるだけになっちゃうから」
 
 千代子の言い分は正しいので、不満は鳴らなかった。まずいと訴えた三人も歩みよろうとしてか、二口目を運ぶ。

「タルト生地と一緒に食べればなんとかいけるけど……」
「濃厚なんだけど、この匂いというかクセというか……」
「野性的な風味ですよね……」
 
 不満を吐き出しながらも楽しそうな三人の感想を書きとめようと、楓は席を立ち、隅に置いてあるパソコンへと打ち込んでいく。
 レポートの大半は自宅で終えていた。あとは口に合わない人の意見を加筆して、完成。部長のチェックを受け、パソコン部へとメールで送る。

「やっぱり、余ったなケーキ」
 
 いつもなら二個以上食べる面々も、今回に限っては一つで充分だったようだ。

「折角だし、お裾分けするか。パソ部と生徒会に」
「それって、下手したら嫌がらせになりません?」
「だから、だよ。今のところ、美味しいもの食べてるだけって思われてるかんね」
 
 確信犯だった。千代子は紅茶まで淹れ始める。このために用意したのか、それとも以前の残りなのか、水筒と紙コップまで棚から取り出して準備万端。

「うちはパソ部行くから、楓は生徒会よろしく」
「え? 一人で……ですか?」
「パッと行って、パッと帰ってくるだけだろ?」
「えーと、はい……そうですね」
「それに、あんたは一人のが受けいいから」
「たぶん、会長さん一人しかいないと思う」

 捺の進言を受け、用意するのは一人分。紅茶も紙コップに入れ、悩んでいると千代子が砂糖と牛乳を添加してくれた。
 トレイにタルト、コップを乗せて楓は渋々と生徒会室へと向かう。同じ棟の二階。扉の前で深呼吸、ノックをしてから踏み入れる。

「……失礼、します」
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