第27話 ふたりの馴れ初め

文字数 1,684文字

 食事を終えると、予定通りプラネタリウムへ。
 車を走らせること三十分、平日の午後で団体客もいない所為か科学館は空いていた。
 母は職員と挨拶をしていると思いきや、無茶を頼んでいた。聞き届けられたのか、案内される。

 ――誰もいない空間、スケジュールにない投影が始まる。

 映し出されるのは南半球の星空。
 母は本物を観ているはずなのに、熱心に見上げている。眼差しが遠いのは、思い出に馳せているからだろう。

 ――これを観て、父は育った。

 天文学の道を選び、プロの天文学者になろうとしていた。
 しかし皮肉にも、そこに至るまでの近道を捨てさせたのもこの空だった。
 国内に、プラネタリウムを投影できる施設は三百を超える。
 その年間運営費は、平均して一千万円以上――座席数五十人未満の所は平均を下回り、三百人以上の所は七千万円にも達していた。
 
 ただ、主な利用客は児童を含む学生だったので、経営状況は悪くなる一方だった。
 
 事実、少子化の波には抗うこともできず、二〇〇〇年以降プラネタリウムの閉鎖は相次いだ。
この施設も、閉鎖が囁かれていた時期がある。
 だが、そういった情勢とは裏腹に、利用客を次々と増やしていく施設も存在した。
 
 そこには、例外なく天文の専門家がいた。
 
 そもそも、プラネタリムに専門の資格は存在しない。働いている人の多くは教員、学芸員、公務員、嘱託、ボランティアで天文学を学んだ経験がない人間が大半である。
 そういった従来通りの施設と比べると、天文学を専攻していた従業員がいる所は十倍以上の利用が見受けられていた。その傾向は国内だけでなく。海外でも見られるほどだった。
 つまり、現実的に救える可能性があったのだ。
 夢と思い出を秤にかけ――模造の星空を守るために、父はかえってきた。

 ――母を連れて。

 最初は、母のほうが積極的にアプローチをかけていたらしい。別段、父がタイプとか気にいったとかではなく、単に気に食わなくて。
 当時の母は自惚れではなく、男性に好かれていた。容姿だけでなく、知識や探究心も高く、才色兼備という言葉がお似合いだったとか。
 けど、父だけは興味を持ってくれなかった。
 それがきっかけで、決め手は天体観測。
 星を観る、父の目に惹かれた。

 ――同じ瞳で、見て欲しいと思ってしまった。

 純粋な『好き』という感情。『知りたい』という気持ちが溢れた、真っ直ぐな眼差し。その頃はまだ、星にだけ向けられていた。
 母は初めて、誰かを見返したいとか認めて貰いたいといった動機ではなく、近づきたいと勉強に打ち込んだ。
 皮肉にも、それは今まで馬鹿にしていた感情。好きな人と同じ学校へ、同じサークルへ、同じバイトへ――二十歳を超えて出会ってしまった。
 そして、それは現在も続いている。



 楓の試験勉強は中々、はかどらなかった。
 プラネタリウムを観たあと、結局買い物にも付き合う羽目になり、家に着いたのは夕方。
 ここまでは許容範囲だったが、そこから三津の母親も交えての夕食は完全に予想外であった。
 元々、二人は仲が良い。
 それが久しぶりに顔を合わせたものだから、会話に花が咲き乱れた。共に恥ずかしげもなく、子供の目の前で若かりし頃の色恋話を披露する。
 
 昔から、そうだ。

 だからだろうか、恋愛に消極的になってしまったのは。親があまりに綺麗な恋を聞かせるものだから、軽く扱えない。重く、真剣に考えてしまう。
 三津なんかは特にそうだろう。亡くなっても、想い続けている。
 三津の母に言い寄る男性は多かった。三津自身、そう言った大人に声をかけられたりもしてきた。幼い頃から、そんな世界を見せつけられていた。
 自分は知っている。ずっと近くにいたんだから、彼女のことはよくわかっている。

 それなのに、どうして間違えてしまったのだろうか?

 自分だけは違うと自信があったのに――
 だから、一緒にいられるんだと思っていたのに……。
 教科書の内容は全然頭に入ってこない。
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