第11話 交渉in生徒会
文字数 2,016文字
「失礼します」
澄んだ音で扉が鳴る。迷いのないノックに、
「どうぞ」
丁寧な返し。
もう一度、挨拶をして踏み込む捺。続く形で、千代子と楓も入る。
教室の半分くらいの広さ。中心には長机がロの字に置かれ、パイプ椅子が囲っている。壁際には多くの棚が置かれており、本や書類、ファイルなどがひしめいていた。
「えーと、西研の……甘楽さんと天川さんと佐藤君?」
うろ覚えなのだろうが、会長は訪問者の顔と名前を言い当てた。
かくいう楓は、まったく覚えていない。
直接の面識こそないものの、入学式で壇上の彼女を見ていたはず。遠目から、真面目そうだと思ったのは心に残っている。
しかし、間近で見る彼女の姿は模範的ではなかった。
ブラウスの第一ボタンは外され、ブレザーも袖を通しただけ。髪は肩より下を流れているのに、髪止めの類は一切使われていない。校則を厳守している生徒はそう多くはないが、仮にも生徒会長。先入観が働き、目についてしまう。
「……昇格? 廃部申請かと思った」
楓が扉口で眺めている間に、捺は会長の傍へと赴き、話を進めていた。
「……うん、規約上の問題はない……ね」
言いつつも、含みが感じられる。
会長は捺、千代子、楓と見やり、
「ただあんたたち、校則違反し過ぎじゃない?」
自分のことを棚に上げて、注意してきた。
「それに、佐藤君は停学処分も受けてる。顧問の師井先生は、赴任したばかりで発言力もないだろうし……」
「それは置いといて、会長はご存知ですか?」
苦言を漏らす会長に、捺は余裕の態度で切り出した。会長はなにが? と目を向ける。
「今のところ、男子の入部率がゼロだということです」
全員が初耳だと意識を傾ける。
「せっかく共学となったというのに、これはいかがなものでしょうか?」
「う~ん、生徒会的にはどうでもいいけど、学校的にはよくないかも……」
本当に興味がないのだろう。会長に重く受け止めた様子は見当たらない。
「でも、そもそもウチって男子が好みそうな部活自体ないし」
神川高校は学科の特色上か、文化部のほうが賑わっていた。野球やサッカーはおろか、テニスやバスケといった定番の運動部すらない。反面、剣、弓、柔、空手、薙刀などの武道に力を入れているものの、
「それ以前に、今は入ったところでお互いにやり辛くなるのが目に見えている」
それが現状だった。圧倒的な男女差。運動部における肉体的な問題は、それが顕著に表れるというだけで根本ではない。
何処にいても、男子の存在は浮いてしまう。
「だから、男子の入部率がゼロなのは仕方ないんじゃない?」
その切り口では甘い、と会長は微笑する。
「それに佐藤君が所属したくらいじゃ、なんの影響もないと思う。他の男子どころか、来年の新入生にすらね。これが運動部だったら、一緒に頑張ろうって思ってくれる人が出てくるかもしれないけど、西研は文化部だし」
論破されたように思えたが、捺は涼しい顔をしていた。
「別に、文化部とか運動部は関係ないんですよ」
それどころか、予想通りと言わんばかりに瞳は余裕に満ちている。
「重要なのは、同好会が部へと昇格するという一点のみです」
その発言に、
「あー、そうか」
やや不機嫌そうだった会長も納得の意を匂わせた。
「入りたい部活がなければ、創ればいい。西研が部に昇格すれば、それが十二分に可能だと教えてあげることができます」
幸い、運動場や体育館にスペースは余っている。バスケ、サッカー、ソフトなど体育の授業で行われる範囲での器材なら、購入する必要もなく活動が始められる。
「同好会から部への昇格事例は、ここ八年間ありませんでした。新規部活動――同好会の設立すらも、私たちが四年ぶりです」
選択肢を並べられた状況では、どうしてもその中から選んでしまう。教師たちも、わざわざ入りたい部活がなければ創りなさいと言ってはくれないし、生徒手帳の隅々まで目を通す生徒などほとんどいない。
だから、多くの生徒は諦め、妥協する。
自ら選択肢を生み出せる人間はそうはいない。更に行動へと移し、掴むとなると皆無に近いのは、過去を省みれば明らかであった。
「部員の多くに問題あれ、男子のいる同好会が部へと昇格。これを持ち出して、男子生徒に新規部活動を立ち上げさせるのを煽る。最悪、来年の新入生に対する誘い文句にもなる……か」
早くも、会長は読み取っていた。楓と千代子は会長の言葉を聞いて、感心したように顔を見合わせる。
「なんか、大層なことになってない?」
「そう、ですね。それよりも、おれって必要なかったんじゃ……?」
仮にも部長と発起人。
正しく西研の中枢とも呼べる二人は、完璧に蚊帳の外にいた。
澄んだ音で扉が鳴る。迷いのないノックに、
「どうぞ」
丁寧な返し。
もう一度、挨拶をして踏み込む捺。続く形で、千代子と楓も入る。
教室の半分くらいの広さ。中心には長机がロの字に置かれ、パイプ椅子が囲っている。壁際には多くの棚が置かれており、本や書類、ファイルなどがひしめいていた。
「えーと、西研の……甘楽さんと天川さんと佐藤君?」
うろ覚えなのだろうが、会長は訪問者の顔と名前を言い当てた。
かくいう楓は、まったく覚えていない。
直接の面識こそないものの、入学式で壇上の彼女を見ていたはず。遠目から、真面目そうだと思ったのは心に残っている。
しかし、間近で見る彼女の姿は模範的ではなかった。
ブラウスの第一ボタンは外され、ブレザーも袖を通しただけ。髪は肩より下を流れているのに、髪止めの類は一切使われていない。校則を厳守している生徒はそう多くはないが、仮にも生徒会長。先入観が働き、目についてしまう。
「……昇格? 廃部申請かと思った」
楓が扉口で眺めている間に、捺は会長の傍へと赴き、話を進めていた。
「……うん、規約上の問題はない……ね」
言いつつも、含みが感じられる。
会長は捺、千代子、楓と見やり、
「ただあんたたち、校則違反し過ぎじゃない?」
自分のことを棚に上げて、注意してきた。
「それに、佐藤君は停学処分も受けてる。顧問の師井先生は、赴任したばかりで発言力もないだろうし……」
「それは置いといて、会長はご存知ですか?」
苦言を漏らす会長に、捺は余裕の態度で切り出した。会長はなにが? と目を向ける。
「今のところ、男子の入部率がゼロだということです」
全員が初耳だと意識を傾ける。
「せっかく共学となったというのに、これはいかがなものでしょうか?」
「う~ん、生徒会的にはどうでもいいけど、学校的にはよくないかも……」
本当に興味がないのだろう。会長に重く受け止めた様子は見当たらない。
「でも、そもそもウチって男子が好みそうな部活自体ないし」
神川高校は学科の特色上か、文化部のほうが賑わっていた。野球やサッカーはおろか、テニスやバスケといった定番の運動部すらない。反面、剣、弓、柔、空手、薙刀などの武道に力を入れているものの、
「それ以前に、今は入ったところでお互いにやり辛くなるのが目に見えている」
それが現状だった。圧倒的な男女差。運動部における肉体的な問題は、それが顕著に表れるというだけで根本ではない。
何処にいても、男子の存在は浮いてしまう。
「だから、男子の入部率がゼロなのは仕方ないんじゃない?」
その切り口では甘い、と会長は微笑する。
「それに佐藤君が所属したくらいじゃ、なんの影響もないと思う。他の男子どころか、来年の新入生にすらね。これが運動部だったら、一緒に頑張ろうって思ってくれる人が出てくるかもしれないけど、西研は文化部だし」
論破されたように思えたが、捺は涼しい顔をしていた。
「別に、文化部とか運動部は関係ないんですよ」
それどころか、予想通りと言わんばかりに瞳は余裕に満ちている。
「重要なのは、同好会が部へと昇格するという一点のみです」
その発言に、
「あー、そうか」
やや不機嫌そうだった会長も納得の意を匂わせた。
「入りたい部活がなければ、創ればいい。西研が部に昇格すれば、それが十二分に可能だと教えてあげることができます」
幸い、運動場や体育館にスペースは余っている。バスケ、サッカー、ソフトなど体育の授業で行われる範囲での器材なら、購入する必要もなく活動が始められる。
「同好会から部への昇格事例は、ここ八年間ありませんでした。新規部活動――同好会の設立すらも、私たちが四年ぶりです」
選択肢を並べられた状況では、どうしてもその中から選んでしまう。教師たちも、わざわざ入りたい部活がなければ創りなさいと言ってはくれないし、生徒手帳の隅々まで目を通す生徒などほとんどいない。
だから、多くの生徒は諦め、妥協する。
自ら選択肢を生み出せる人間はそうはいない。更に行動へと移し、掴むとなると皆無に近いのは、過去を省みれば明らかであった。
「部員の多くに問題あれ、男子のいる同好会が部へと昇格。これを持ち出して、男子生徒に新規部活動を立ち上げさせるのを煽る。最悪、来年の新入生に対する誘い文句にもなる……か」
早くも、会長は読み取っていた。楓と千代子は会長の言葉を聞いて、感心したように顔を見合わせる。
「なんか、大層なことになってない?」
「そう、ですね。それよりも、おれって必要なかったんじゃ……?」
仮にも部長と発起人。
正しく西研の中枢とも呼べる二人は、完璧に蚊帳の外にいた。