第24話 流されるまま

文字数 1,892文字

「ご馳走さん。美味しかったよ」。
「いや、急に呼んで悪かったな。来週からテスト週間に入るの」
「こういう用件だったら大歓迎だって。そうだ、佐藤は携帯持ってる?」
「いや、ない。あれって保護者の許可がいるだろ?」
 
 事情を察し、山内はすぐに引いた。

「それじゃ、またな」
 一足早く、山内は玄関を出る。

「なんかごめんね。山内ばっか喋ってて、うざかったでしょ?」
 すると、保護者のように瀬川がお詫びをしてきた。

「別に。ただ、あんなに喋るのは意外だった」
「あぁ、よく言われる。口が悪いのを本人も自覚しているから、普段は抑えているんだって」
 
 困ったように瀬川は笑うと、塩谷を小突いた。

「えっと、それじゃまた明日」
 
 当たり障りのない挨拶を残して、塩谷と瀬川も帰っていった。
 楓はそれを、三津と一緒に見送った。

「おまえは帰らないのか?」
「今日、ママ夜勤だから……」
 
 紅葉がいれば、続きを言う必要はなかった。
 ――なら、家でご飯食べなよ。
 楓は喉元まで持ち上げるも、勘違いで恥をかくのが怖くて、吐き出せずにした。
 
 なにを思って三津が沈黙に徹しているのか見当もつかず、横目で探る。
 心待ちにしているのは、懐かしんでいるから? 
 徐々に沈み、辛そうなのはあの時を思い出しているから? 憶測を重ねるも、真実は見えてこない。
 それでも、痛みに耐えているような三津の姿が居た堪れなくて溜息一つ、

「……ご飯、食べてくか?」
 楓は誘い文句を口にした。

「……いいの?」
「断る理由はないしな」
 
 そもそも、十年近く続けていた習慣である。週に二~三回。三津と楓は一緒に食事をしていた。
 初めは、楓の両親と紅葉も含めて五人。父親が抜けて四人、母親が抜けて三人。
 そして、今では二人。他人同士が隣り合わせでいる。

「楓はさ、将来のこと考えてる?」
 
 食事を終え、箸を置いた三津は独り言のように、前を向いたまま訊いてきた。

「考えてる訳ないだろ。そんな先のことなんて」
 
 二人の会話は唐突に始まり、終わる。三津は黙って立ち上がり、洗いものを始めた。
 楓はなにも言わず、三津の背中を見つめる。濡れるのを避けてか、カーディガンは椅子の上。覗かれる腕は、自分なんかよりも細くて白い。流水に混じる食器の音がやけに響く。 
 黙っているだけならまだしも、黙って見ているのには抵抗を覚え、楓も立ち上がる。

「紅茶、飲んでくか?」
「アールグレイがいい」
 
 注文通り、楓は淹れる。柑橘系の落ち着いた香り。ベルガモットの芳香が鼻をつく。
 先に作業を終えていた三津は座っていた。カーディアンは膝の上で、肩を晒した状態。楓が並んだところで、羽織りはしなかった。

「おまえは短大で決定なのか?」
「うん。早く働きたいから」
 
 三津が母親を楽にさせたいと思っているのは、楓も知っている。気持ちだけを焦らせて、中卒で働こうと考えていた過去も覚えている。
 それが私立の高校を受け、短大を目指すようになったのは些か子供っぽい理由――母親と同じ職場で働きたかった。
 けど、家から通える距離に看護学校がなかったから管理栄養士。それも四年生だとお金がかかるので、栄養士を経てそこから独学で勉強して取ろうとしている。
 
 三津は母親のことが好きだった。

 だから、迷惑も心配もかけないようにしている。無視や悪口なら耐えるが、私物に手を出されたりしたら、容赦なく報復する。それも個人的にではなくて、先生など大人を巻き込んで徹底的に相手を叩きつぶす。
 
 その結果が孤立というのが、楓は納得がいかなかった。
 
 しかし、三津は納得している。自覚があるのだ。みんなが望んでいることを否定している。それは恋愛だけでなく、オシャレなどの遊びや趣味。
 三津はそんなのよりも、家事や勉強を優先させる。きっと、友達よりも……。
 その危うさに気付ていたからこそ、紅葉は放っておけなかったのだろう。
 二人には、どことなく被るところがあった。美人で大人っぽくて、よく年上の男性から告白されていた。
 そうやって、性を意識する前から突きつけられたから、男性に苦手意識を覚えていたり、恋愛に消極的だったり……。
 
 そのことを、知っていたからこそ楓は謝った。

 何度も何度も頭を下げた。それで三津が傷ついたような顔をした理由は、今でもわからない。どうして怒って、声を荒げたのか……今更である。
 楓は過去を振り払い、いつもの沈黙に身を委ねるしかなかった。
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