第28話 暴露
文字数 1,815文字
五日間にも及んだ期末試験も無事に終了した。
生徒たちは浮かれているのか、教室内では遊びの誘いが飛び交っている。
まだ午前中、時間は沢山ある。
けど、楓には関係ない。
忙しなく教室をあとにする。向かうのは中央棟。今朝、母は顔を出すと言っていた。具体的に呼び出しを受けたのではなく、自主的に。
なんでも、停学の際に連絡が取れなかったお詫びとのこと。
応接室の扉をノックすると、師井先生が扉を開けて迎えてくれた。
「佐藤か。おまえまで来る必要はなかったんだが……」
「丁度いいじゃない。楓、こっちに座りなさい」
この場を仕切っている母は、フォーマルな出で立ちをしていた。師井先生は少しばかり困惑していたが、楓を引き入れ扉を閉める。
「外で話すよりは、こちらのがいいでしょ? 変に誤解される可能性もありますし」
「お気づかい感謝いたします」
楓には話が見えなかった。何故、師井先生が頭を下げるのか。
とりあえず、母の隣に座る。
「この子は知らないのよね?」
「はい。そもそもこの学校で知っている人はいないと思います」
「隠しているの?」
「大っぴらにする必要はないと判断した次第です」
「そうね。偶然とはいえ、勘ぐる人はいるでしょうし」
ますます、見通しがつかなくなる。母は年齢に関係なく、相手の役職に敬意を示す性分のはず。それにしては、態度がおかしい。少なくとも、保護者の顔をしていなかった。
「時間がないから単刀直入にいくけど」
母はそう前置きをして、
「師井先生は宮田先生――紅葉の旦那さんの妹さんなの」
爆弾発言をした。
「小さい頃に両親が離婚しているから、戸籍上は違うわ。ただ、血縁上は間違いなく兄妹。今でも、連絡は取り合っているそうよ」
楓の理解を待たずに、次々と提示される。
「色々と面倒だから、このことは内緒ね。って言っても、楓には話す相手がいないか」
母はデリケートな問題をオチとして扱った。
「で、ここからが本題。私はまた、日本を発つから」
楓が聞いているのを確認してから、母は続ける。
「なにかあったら、先生を頼りなさい。そうすれば、宮田先生を通じて紅葉に連絡がいくから」
「立場上、私が直接関与するのは問題があるからな」
楓は、二人の言葉を消化しきれずにいた。更新される情報に、処理が追いつかない。
「悪いけど、あんたは安心して放任できない。連絡は寄越さない、家のこともできてない……」
それなのに駄目出しをされたものだから、つい反抗的に気持ちになってしまうも、
「――紅葉は、きちんとしていたけど?」
一言で窘められる。
「週に一度、メールか電話をくれた。学校からの保護者への連絡とか、逐一報告していた」
楓は知らなかった。紅葉がそんなことをしていたなんて……知らなかった。
「お金に関してもそう。楓は使わな過ぎ。きちんと食事してる? 変な気を遣わなくていいから、全部外食だって構わないわよ。こっちの都合を押しつけているんだし」
反論は出てこない。
「それと、もし無理なら無理と言って。戻ってくるから」
弱音を受け入れる姿勢まで見せられ、楓はなに一つ言い返せなかった。
黙って頷き、従うしかない。
「よろしい。夏休みに入るからって、堕落しちゃ駄目よ?」
そう言い残して、母は去っていった。
「試験が終わるまで、待っていてくれたのはわかるよな?」
「えぇ……。それ、くらいは」
楓はゆっくりと見据える。
「悪いけど、私も詳しくは知らないから。直接、連絡を取りたがらない理由とかな」
縋る瞳から察したのか、師井先生は軽く両手を上げる。
「この件に関しては、私も兄と揉めたままなんだ。はっきり言って、学校を辞めてからは会ってもいない」
「連絡は……取れるんですよね?」
「たぶん、な。ここ最近はしていないが、あの人は逃げるような性格じゃないから」
「どんな、人なんですか?」
師井先生が思案したのは一瞬、
「真面目で融通の利かない堅物」
苦笑いを添えて答えた。
「……そう、ですか」
その解答は、現実と照らし合わせてみると、不正解としか思えなかった。
――だったら、手ぇだすなよ!
楓は呻くように低く、自分にしか聞こえないように絞り出した。
生徒たちは浮かれているのか、教室内では遊びの誘いが飛び交っている。
まだ午前中、時間は沢山ある。
けど、楓には関係ない。
忙しなく教室をあとにする。向かうのは中央棟。今朝、母は顔を出すと言っていた。具体的に呼び出しを受けたのではなく、自主的に。
なんでも、停学の際に連絡が取れなかったお詫びとのこと。
応接室の扉をノックすると、師井先生が扉を開けて迎えてくれた。
「佐藤か。おまえまで来る必要はなかったんだが……」
「丁度いいじゃない。楓、こっちに座りなさい」
この場を仕切っている母は、フォーマルな出で立ちをしていた。師井先生は少しばかり困惑していたが、楓を引き入れ扉を閉める。
「外で話すよりは、こちらのがいいでしょ? 変に誤解される可能性もありますし」
「お気づかい感謝いたします」
楓には話が見えなかった。何故、師井先生が頭を下げるのか。
とりあえず、母の隣に座る。
「この子は知らないのよね?」
「はい。そもそもこの学校で知っている人はいないと思います」
「隠しているの?」
「大っぴらにする必要はないと判断した次第です」
「そうね。偶然とはいえ、勘ぐる人はいるでしょうし」
ますます、見通しがつかなくなる。母は年齢に関係なく、相手の役職に敬意を示す性分のはず。それにしては、態度がおかしい。少なくとも、保護者の顔をしていなかった。
「時間がないから単刀直入にいくけど」
母はそう前置きをして、
「師井先生は宮田先生――紅葉の旦那さんの妹さんなの」
爆弾発言をした。
「小さい頃に両親が離婚しているから、戸籍上は違うわ。ただ、血縁上は間違いなく兄妹。今でも、連絡は取り合っているそうよ」
楓の理解を待たずに、次々と提示される。
「色々と面倒だから、このことは内緒ね。って言っても、楓には話す相手がいないか」
母はデリケートな問題をオチとして扱った。
「で、ここからが本題。私はまた、日本を発つから」
楓が聞いているのを確認してから、母は続ける。
「なにかあったら、先生を頼りなさい。そうすれば、宮田先生を通じて紅葉に連絡がいくから」
「立場上、私が直接関与するのは問題があるからな」
楓は、二人の言葉を消化しきれずにいた。更新される情報に、処理が追いつかない。
「悪いけど、あんたは安心して放任できない。連絡は寄越さない、家のこともできてない……」
それなのに駄目出しをされたものだから、つい反抗的に気持ちになってしまうも、
「――紅葉は、きちんとしていたけど?」
一言で窘められる。
「週に一度、メールか電話をくれた。学校からの保護者への連絡とか、逐一報告していた」
楓は知らなかった。紅葉がそんなことをしていたなんて……知らなかった。
「お金に関してもそう。楓は使わな過ぎ。きちんと食事してる? 変な気を遣わなくていいから、全部外食だって構わないわよ。こっちの都合を押しつけているんだし」
反論は出てこない。
「それと、もし無理なら無理と言って。戻ってくるから」
弱音を受け入れる姿勢まで見せられ、楓はなに一つ言い返せなかった。
黙って頷き、従うしかない。
「よろしい。夏休みに入るからって、堕落しちゃ駄目よ?」
そう言い残して、母は去っていった。
「試験が終わるまで、待っていてくれたのはわかるよな?」
「えぇ……。それ、くらいは」
楓はゆっくりと見据える。
「悪いけど、私も詳しくは知らないから。直接、連絡を取りたがらない理由とかな」
縋る瞳から察したのか、師井先生は軽く両手を上げる。
「この件に関しては、私も兄と揉めたままなんだ。はっきり言って、学校を辞めてからは会ってもいない」
「連絡は……取れるんですよね?」
「たぶん、な。ここ最近はしていないが、あの人は逃げるような性格じゃないから」
「どんな、人なんですか?」
師井先生が思案したのは一瞬、
「真面目で融通の利かない堅物」
苦笑いを添えて答えた。
「……そう、ですか」
その解答は、現実と照らし合わせてみると、不正解としか思えなかった。
――だったら、手ぇだすなよ!
楓は呻くように低く、自分にしか聞こえないように絞り出した。