第38話 奇襲

文字数 1,106文字

 インターホンに呼ばれ、三津は久しぶりに紅葉の声を聞いた。
 突然の来訪。携帯にはなんの履歴も残っていない。反射的に楓の名前を選択しかけて、思い出す。家どころか、日本にすらいないのだと。

「やっぱり、怒ってる?」

 哀しげな響きに胸が痛む。
 まったくの見当違いだが、本来ならそう思うべきではないかと自己嫌悪――いなくなって良かったと思ったのは、一度ではない。
 
 あんなにもお世話になっておいて、懐いて、甘えて、確かに好きだったのに……勝手だ。
 
 楓が、紅葉を異性として好きだとほざいたのは中一の時――嫉妬した――楓を好きになったあとは、紅葉に対して。
 そのくせ、紅葉がいなくなった時は泣いていたんだ。寂しくて、哀しくて……少なくとも、一度も怒ってなどいない。
 紅葉が真っ先にあげた心当たりに、三津は一切覚えがなかった。

「怒ってないです。ちょっと驚いただけで……すぐ行きます」

 紅葉は変わっていなかった。時間的には当然なのだが、やってのけた行動から、勝手なイメージが沸いていたらしい。背は低く可愛らしい服装なのだが、顔は大人びている。後ろ姿からも綺麗とわかる、幼さを拭った女性の佇まい。

「せっかくの夏休みなのに、ごめんね」
 
 久しぶり、と照れ臭そうに告げ、紅葉は訪問の理由を告げた。

「そんなことないです。それに、私が持ってるほうが不自然だし……」
 
 気にしていないと三津は付いていき、預かっていた鍵でドアを開ける。

「やっぱこうなるかぁ……」
 
 紅葉は入るなり、小言を漏らした。靴を脱ぎ、視線をあちこち飛ばしながら自分の部屋へと進んでいく。三津はその後ろに続いていた。

「よっ、久しぶり」
 
 だから、紅葉は逃げられなかった。自分の部屋の扉を開け、広がる懐かしい風景――千代子が、我が物顔で居座っていた。

「絶対に取りに戻ると思ってたよ」
 
 千代子はしたり顔で、手には実習ノートを握っている。

「食物科の宝だもんな」
 
 紅葉は責めるように振り返る。三津は申し訳なさそうに、瞳を伏せていた。

「みっちゃんを責めるなよ。楓の味方をしただけなんだから」
「……なんの用?」
 
 ふてくされたように、紅葉は素っ気なかった。

「つれないね~、久しぶりに会ったってのに」
 
 反面、千代子の口調は余裕に満ちていた。

「みっちゃん、悪いけど席外してくれる? この馬鹿、みっちゃんがいると見栄張って本音で喋りやがらないから」
 
 ただ、選択される言葉はいつもと比べて鋭かった。

「あとで、捺と一緒に呼ぶから」
 
 三津は頷きだけで返して、扉を閉めた。
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