第46話 つまんない恋

文字数 1,076文字

 拍子抜けと言わざる負えない。
 楓は顔色が元に戻るまで時間を置いて、いざ部室に足を踏み入れてみると、

「寝てるし……」
 三津は机に顔を投げ出していた。
 腕で顔を覆いもせずに無防備。
「はぁ……ってか」
 新鮮だった。
 思い返してみても、三津の寝顔に出会った記憶はない。

「……泣いてたのか?」
 
 瞑った瞳から、微かに涙が溢れていた。
 頬にも痕が残っており、楓はそっと指で拭う。

「全然、起きないし」
 
 笑ってしまう。
 この時間がずっと続いてもいいなんて思って。
 冷やかすように、かしましさ一杯の風が流れ込んできた。
 
 ――三津もあんな風に笑えばいいのに。

 自分を棚に上げてでも、楓は思わずにはいられなかった。寝顔だけで、こんなにも愛おしく感じるのだからと期待してしまう。
 もっと早く、素直になっていれば良かった。
 そうすれば紅葉も一緒にいて、三津は笑っていたかもしれない。

「いや、違うか……」

 無意味な仮定だと楓は独り言ちる。
 そもそも、前提があり得なかった。
 何事もなく、自分が素直になれるはずがない。
 
 ここまで来るのに乗り越えて来た出来事を思い返し、楓は苦笑する。
 
 ほとんど、誰かに助けて貰っていた。
 自分一人では、到底超えられなかった。
 慎重に触れていたつもりなのだが、

「……楓?」
 三津は目を覚ました。

「もう少し、寝てても良かったのに」
 
 髪をすくのを止めないでいると、三津は堪えるように唇を噛みだした。未だ顔は机に乗っけたまま。目尻に涙が残っているからか、子供っぽくて愛らしい。

「下校時間まではまだあるしさ……いや、むしろ寝ててくれたほうがいいかも」
「……なんで?」
「だってさ、いつもおまえのほうが起きるの早いじゃん」
 
 小さい頃の思い出に加え、楓は過去二回の経験を持ち出す。

「こういう時ぐらいでしか、おまえの寝顔なんて見れないからさ」
「……バカ」
 
 三津はそう切り捨てたくせして、楓の言葉に従った。
 まだ、寝ぼけているのかもしれない。
 もしくは、恥ずかしくて、寝たふりをしているだけなのかもしれない。

「あぁ……知ってる」

 どっちでもいいと、楓は笑う。 
 どちらにせよ、起きたら告白する。
 好きだって、伝える。
 
 待つ時間は苦ではない。
 最大でも一時間ちょっと。
 好きな人の寝顔を眺めていれば、あっという間だろう。
 
 楓はテーブルに肩肘をつき、穏やかな表情で三津が起きるのを――下校のチャイムを待ち続けていた。
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