第18話 男女3人part2
文字数 3,558文字
テスト週間に入りはしたものの、食物科の空気は締まっていなかった。
楓と三津が教室に入ると、変わらぬ視線が向けられる。誰一人として、教科書に集中している者はいない。
二人して席に着くと、ノートを取り出す。
三津がページを開き、渡す。受け取った楓は黙々と書き写していく。傍から見ても無駄がなさ過すぎて、一切の色は感じられない。
それが、真偽を不確かにさせていた。二人は本当に付き合っているのか、と。共に同じクラスで目につくはずなのに、この噂は長引いていた。
そして不条理にも、迷惑を被っているのは当事者の二人ではなくて塩谷であった。
同じ部活――あの二人に一番近いと認識されているために、顔も知らない同級生までもが訪ねてくる。
――本当に付き合っていないんですか? と。
あたかも、自分には報告する義務があるみたいに、周囲には遠慮の欠片も見受けられない。佐藤君は普段どんな話をするだとか、好きなタイプは? 携帯の番号は? ……自分が知りたいことまでも捲し立ててくる。
それに対し、正直に白状しても何故か不満で返されたり、本当に知らないのかと疑われたり、抜け駆けする気なのかと責められたり、果ては三津の悪口を垂れ流して同意を求めてくるのだから、やってられなくなる。
そういう時は愛想笑いで乗り切るのだが、周囲の評判は良くなかった。
――イイ子ぶっちゃって。
これ見よがしに吐き捨てられることもあり、塩谷は参っていた。
「もうっ! 私はマネージャーじゃないんだよ!」
そういった彼女の愚痴を受け止めるのは、瀬川しかいなかった。昼休み、二人は教室ではなくて、武道場前の広場で弁当を広げていた。
「案の定というか……」
木々の梢が斜陽を遮るベンチ。過ごしやすい気温になっており、二人の他にも沢山の生徒がいた。ほとんどの生徒がもう夏服――女子は七分丈のブラウスへと衣替えを終えている。
「私のとこにも来るぐらいだから、そりゃ美音のとこは行列ができるか」
同じ班。楓が交流を持っていないので、その程度の関係性でも質問責めに陥っていた。
「そんなに知りたいなら、西研に入るなりして直接聞けばいいのに!」
「正論だけど、それは厳しいでしょ。今更感がありありだし。それこそ、抜け駆けとか責められるのが目にみえてる」
「いや、まぁ……そうだよねぇ……」
言ってみたものの、それができないからの現状なのだと、塩谷は思い出す。
「でも、実際佐藤君ってそんなに怖くないし、話しやすいと思うんだけどな~」
「三津さんは?」
隠した本音をすくいあげられ、塩谷は眉間に皺を寄せる。
「ちょっと……苦手」
「ふーん、私は平気だけど」
「なんか、嫌われてるみたいな感じ……ってあぁ! 駄目だ。周りに引っ張られている……」
「よく耐えました」
瀬川は塩谷の頭を優しく撫でる。こういった陰口などが、三人は嫌いだった。
だから、集団を避ける。もう一人に関しても既に孤立――抜け出していた。
「怖くはないにしても、話辛いのは間違いないって。反応薄いし、あからさまに迷惑そうな顔するから」
教室内での話なのか、塩谷にはピンとこない。
「無視はしないから、周りが言うほど性格は悪くないんだろうけど。というよりも、真面目すぎるくらいだよ二人とも」
授業中はおろか、休み時間でさえお喋りに興じている気配がない。
「でも、いい加減どうにかしてほしいよね。テスト週間だってのに、この調子じゃぁ夏休みまで引っ張り兼ねない」
瀬川は面倒臭そうに零し、考え込む。
「でも、どうしようもないよ。中学の時だって……そうだったじゃん」
どんなに否定しても、信じてもらえない。好機の目は、面白くもない事実に流されないどころか、勝手に捏造までする。
それを恐れているからこそ、三人ではなく二人でいるのだ。
「あー、そうだ。傍から見て、二人だからこうなるんだ」
掘り返したのは同じ過去なのに、瀬川はしたり顔で笑いだした。
「却下だ、ボケ」
瀬川の妙案を、山内は一蹴した。
部活動も委員会活動も休止されている放課後。勉強が名目に充てられているために、生徒たちは一斉に門へと向かい、ラッシュ状態。
それぞれがそれぞれのお喋りに夢中なのか、異質な男子であっても目立ってはいなかった。
「えー、いいと思うんだけどな」
納得がいかないのか、瀬川はぶーたれる。
その両隣――塩谷は苦笑いを浮かべ、山内は渋い顔をしていた。
「塩谷には同情するけど、巻き込まれるのは勘弁だ。勝手に聞こえてくる声だけでも苛立つってのに、直接向けられたらかなわん」
本心なのか、頬は頑なに綻びを避けたまま山内は続ける。
「アレは酷い。佐藤はともかくとして、三津さんに対してはただの悪口だろ?」
気まずそうに、二人は曖昧な相槌を打つ。
肯定の反応に山内は更に苛立ちが増し、
「男子としか仲良くしようとしないとか、態度が違うとか――そうさせてんのは、おまえらだっつーの」
ここぞとばかりに吐きだした。
「そんなとこに俺たちが入ったって意味ないって。飛び火するだけ」
「だけど分散するじゃん。美音の為を思って、ね?」
「無理。友達とは思っているが、そこまでは頑張れない」
「うわぁ、酷い。男のくせに」
「関係ないだろ。そもそも、俺たちがどうこうするより、当事者の二人にどうにかして貰えよ」
「それこそ無理。あんたさ、あの二人にバカップルみたいに振舞えって言える?」
「誰もそんなことは言っていない」
しかし、それがある意味一番の解決方法ではあった。周囲が求めているのは、目に見える関係性――二人が、恋人であるのなら問題ない。
気に食わないのは、恋人でもないのにあの距離感。それが矛先を向けられる要因であった。
「じゃぁ、どう言えっていうの?」
「知るか。ってか、前言撤回するようで悪いけど、あの二人が悪い訳じゃないんだからさ」
それも正論。感情的にならず、理性的に考えれば誰だって辿りつける。
「あんたは男だからいいけど。私らがそれやると色々と面倒なの」
山内の所にも、盲目な相談者はやって来ていたのだが――あっそ。で? 知るかボケ――それを一切の容赦なく切り捨てるものだから、今では誰も寄ってこなくなっていた。
「わからんでもない。ぶっちゃけると、男子相手にも同じように返したらハブられたからな」
「えっ!? それが理由なの?」
塩谷が真っ先に声を上げ、真偽の確認をしだす。
「元々、あんま合わなかったってのもある」
こともなげに山内は説明する。
「やれ、誰が可愛いだなんだとか……な。具体的に言うと、三津さんのこと聞いてきたり、瀬川を紹介しろとか? あー、あとロリコンもいるみたいで塩谷も……って!」
見え見えの悪意ある失言は、言い終わる前に小突かれて止められた。
「小さいのは背だけだし!」
塩谷の訴えに、山内は毒のない返事。共に、いつもの流れに準じる。
「仕方ないさ。中学の時なんて、男子が何十人もいたのに仲良くできたのは、ほんの数人だったんだ」
確率的にはおかしくないと山内は肩をすくめる。――気に病むな。言外のメッセージはきちんと伝わったのか、塩谷は口を噤み、瀬川は話題を変えた。
「なら、明日から一緒にお昼食べる?」
「遠慮しとく。言ったろ? 直接向けられたらかなわないって……」
気持ちは有難いけど……そんな前口が聞こえてくるような間を開けて、
「男女混合グループってのは、カップルよりも他人の反感を買うらしいぜ?」
山内は自嘲気味に片頬を歪ませた。
結局は、男女が仲良くやっているのが気に食わないだけなのだと。
「共学っていっても、ほぼ女子高だ。叩かれるとしたら、中学の比じゃないだろうし」
念を押すように山内は声音を落とす。それは優しさという警告でもあり、弱さ故の防衛でもあった。
中学時代、二股とか心ない言葉を浴びせられ、傷ついたのは忘れていない。
「悪いけど、そういうのはもうご免なんだ」
よく知っている二人はなにも言えず、山内の背中を見送った。彼が合わせてくれない限り、三人は成り立たない。
元々、山内は一人でも平気な性格である。
中学時代は、単に我を張った結果に過ぎない。急に距離を置いて、第三者から別れたとか思われたくない。色恋沙汰のない関係だと見せつけるためだけに三人に拘った。
だから、最初から一人を選んだ高校では――
楓と三津が教室に入ると、変わらぬ視線が向けられる。誰一人として、教科書に集中している者はいない。
二人して席に着くと、ノートを取り出す。
三津がページを開き、渡す。受け取った楓は黙々と書き写していく。傍から見ても無駄がなさ過すぎて、一切の色は感じられない。
それが、真偽を不確かにさせていた。二人は本当に付き合っているのか、と。共に同じクラスで目につくはずなのに、この噂は長引いていた。
そして不条理にも、迷惑を被っているのは当事者の二人ではなくて塩谷であった。
同じ部活――あの二人に一番近いと認識されているために、顔も知らない同級生までもが訪ねてくる。
――本当に付き合っていないんですか? と。
あたかも、自分には報告する義務があるみたいに、周囲には遠慮の欠片も見受けられない。佐藤君は普段どんな話をするだとか、好きなタイプは? 携帯の番号は? ……自分が知りたいことまでも捲し立ててくる。
それに対し、正直に白状しても何故か不満で返されたり、本当に知らないのかと疑われたり、抜け駆けする気なのかと責められたり、果ては三津の悪口を垂れ流して同意を求めてくるのだから、やってられなくなる。
そういう時は愛想笑いで乗り切るのだが、周囲の評判は良くなかった。
――イイ子ぶっちゃって。
これ見よがしに吐き捨てられることもあり、塩谷は参っていた。
「もうっ! 私はマネージャーじゃないんだよ!」
そういった彼女の愚痴を受け止めるのは、瀬川しかいなかった。昼休み、二人は教室ではなくて、武道場前の広場で弁当を広げていた。
「案の定というか……」
木々の梢が斜陽を遮るベンチ。過ごしやすい気温になっており、二人の他にも沢山の生徒がいた。ほとんどの生徒がもう夏服――女子は七分丈のブラウスへと衣替えを終えている。
「私のとこにも来るぐらいだから、そりゃ美音のとこは行列ができるか」
同じ班。楓が交流を持っていないので、その程度の関係性でも質問責めに陥っていた。
「そんなに知りたいなら、西研に入るなりして直接聞けばいいのに!」
「正論だけど、それは厳しいでしょ。今更感がありありだし。それこそ、抜け駆けとか責められるのが目にみえてる」
「いや、まぁ……そうだよねぇ……」
言ってみたものの、それができないからの現状なのだと、塩谷は思い出す。
「でも、実際佐藤君ってそんなに怖くないし、話しやすいと思うんだけどな~」
「三津さんは?」
隠した本音をすくいあげられ、塩谷は眉間に皺を寄せる。
「ちょっと……苦手」
「ふーん、私は平気だけど」
「なんか、嫌われてるみたいな感じ……ってあぁ! 駄目だ。周りに引っ張られている……」
「よく耐えました」
瀬川は塩谷の頭を優しく撫でる。こういった陰口などが、三人は嫌いだった。
だから、集団を避ける。もう一人に関しても既に孤立――抜け出していた。
「怖くはないにしても、話辛いのは間違いないって。反応薄いし、あからさまに迷惑そうな顔するから」
教室内での話なのか、塩谷にはピンとこない。
「無視はしないから、周りが言うほど性格は悪くないんだろうけど。というよりも、真面目すぎるくらいだよ二人とも」
授業中はおろか、休み時間でさえお喋りに興じている気配がない。
「でも、いい加減どうにかしてほしいよね。テスト週間だってのに、この調子じゃぁ夏休みまで引っ張り兼ねない」
瀬川は面倒臭そうに零し、考え込む。
「でも、どうしようもないよ。中学の時だって……そうだったじゃん」
どんなに否定しても、信じてもらえない。好機の目は、面白くもない事実に流されないどころか、勝手に捏造までする。
それを恐れているからこそ、三人ではなく二人でいるのだ。
「あー、そうだ。傍から見て、二人だからこうなるんだ」
掘り返したのは同じ過去なのに、瀬川はしたり顔で笑いだした。
「却下だ、ボケ」
瀬川の妙案を、山内は一蹴した。
部活動も委員会活動も休止されている放課後。勉強が名目に充てられているために、生徒たちは一斉に門へと向かい、ラッシュ状態。
それぞれがそれぞれのお喋りに夢中なのか、異質な男子であっても目立ってはいなかった。
「えー、いいと思うんだけどな」
納得がいかないのか、瀬川はぶーたれる。
その両隣――塩谷は苦笑いを浮かべ、山内は渋い顔をしていた。
「塩谷には同情するけど、巻き込まれるのは勘弁だ。勝手に聞こえてくる声だけでも苛立つってのに、直接向けられたらかなわん」
本心なのか、頬は頑なに綻びを避けたまま山内は続ける。
「アレは酷い。佐藤はともかくとして、三津さんに対してはただの悪口だろ?」
気まずそうに、二人は曖昧な相槌を打つ。
肯定の反応に山内は更に苛立ちが増し、
「男子としか仲良くしようとしないとか、態度が違うとか――そうさせてんのは、おまえらだっつーの」
ここぞとばかりに吐きだした。
「そんなとこに俺たちが入ったって意味ないって。飛び火するだけ」
「だけど分散するじゃん。美音の為を思って、ね?」
「無理。友達とは思っているが、そこまでは頑張れない」
「うわぁ、酷い。男のくせに」
「関係ないだろ。そもそも、俺たちがどうこうするより、当事者の二人にどうにかして貰えよ」
「それこそ無理。あんたさ、あの二人にバカップルみたいに振舞えって言える?」
「誰もそんなことは言っていない」
しかし、それがある意味一番の解決方法ではあった。周囲が求めているのは、目に見える関係性――二人が、恋人であるのなら問題ない。
気に食わないのは、恋人でもないのにあの距離感。それが矛先を向けられる要因であった。
「じゃぁ、どう言えっていうの?」
「知るか。ってか、前言撤回するようで悪いけど、あの二人が悪い訳じゃないんだからさ」
それも正論。感情的にならず、理性的に考えれば誰だって辿りつける。
「あんたは男だからいいけど。私らがそれやると色々と面倒なの」
山内の所にも、盲目な相談者はやって来ていたのだが――あっそ。で? 知るかボケ――それを一切の容赦なく切り捨てるものだから、今では誰も寄ってこなくなっていた。
「わからんでもない。ぶっちゃけると、男子相手にも同じように返したらハブられたからな」
「えっ!? それが理由なの?」
塩谷が真っ先に声を上げ、真偽の確認をしだす。
「元々、あんま合わなかったってのもある」
こともなげに山内は説明する。
「やれ、誰が可愛いだなんだとか……な。具体的に言うと、三津さんのこと聞いてきたり、瀬川を紹介しろとか? あー、あとロリコンもいるみたいで塩谷も……って!」
見え見えの悪意ある失言は、言い終わる前に小突かれて止められた。
「小さいのは背だけだし!」
塩谷の訴えに、山内は毒のない返事。共に、いつもの流れに準じる。
「仕方ないさ。中学の時なんて、男子が何十人もいたのに仲良くできたのは、ほんの数人だったんだ」
確率的にはおかしくないと山内は肩をすくめる。――気に病むな。言外のメッセージはきちんと伝わったのか、塩谷は口を噤み、瀬川は話題を変えた。
「なら、明日から一緒にお昼食べる?」
「遠慮しとく。言ったろ? 直接向けられたらかなわないって……」
気持ちは有難いけど……そんな前口が聞こえてくるような間を開けて、
「男女混合グループってのは、カップルよりも他人の反感を買うらしいぜ?」
山内は自嘲気味に片頬を歪ませた。
結局は、男女が仲良くやっているのが気に食わないだけなのだと。
「共学っていっても、ほぼ女子高だ。叩かれるとしたら、中学の比じゃないだろうし」
念を押すように山内は声音を落とす。それは優しさという警告でもあり、弱さ故の防衛でもあった。
中学時代、二股とか心ない言葉を浴びせられ、傷ついたのは忘れていない。
「悪いけど、そういうのはもうご免なんだ」
よく知っている二人はなにも言えず、山内の背中を見送った。彼が合わせてくれない限り、三人は成り立たない。
元々、山内は一人でも平気な性格である。
中学時代は、単に我を張った結果に過ぎない。急に距離を置いて、第三者から別れたとか思われたくない。色恋沙汰のない関係だと見せつけるためだけに三人に拘った。
だから、最初から一人を選んだ高校では――