第15話 少年は変わらない
文字数 2,143文字
「だから言ったろ、気にすることないって」
帰り道。
駅で捺と塩谷とは別れ、昔馴染みの三人。千代子の言葉に、楓はなにも返せなかった。
「もう高校生なんだから、はやし立てる奴なんかいないっての」
そうは言われても、根づいたトラウマは簡単にはなくならない。楓は同意を示しながらも、内心では受け入れていなかった。
「それにスイーツ男子? そういう流行もあるから、むしろ好感かもよ?」
楓としては、そういう枠に入れられるのも嫌だった。なんだか馬鹿にされているように聞こえる。現にこれだからB型はとか、さすが草食系代表と笑われた時は泣きそうになった。
「でも、楓は少しくらい自重しないとスイーツオタクになるかも」
横合いから、辛辣な意見。
言った本人は泰然とした表情で、千代子は含み笑いを隠し切れていない。
「……やかましい」
だから、いつものように漏らすしかなかった。楓は自覚しているのかどうか知らないが、それは拗ねた子供にしか見えない。響きも顔も、昔のまんま。
「ほんと、あんたは変わらないね~」
千代子が笑う。困ったように、何処か嬉しそうに楓の頭に手を伸ばす。
「背はこんなに高くなったってのに」
「すいません、まだまだ伸びそうです」
「まじか? あんた百八十超えんじゃない?」
「かもしれないです。捺さんには、服のサイズが変わるから縮めって怒られましたけど」
「縮めって、既に作り直し決定じゃん。捺の奴、忙しくなんだろうな~」
友達の多忙に、手を叩いて喜ぶ千代子。
「みっちゃんは? なんか言われた?」
「ふくらむな、くびれるなって押さえつけられました」
「それって嫉妬も入ってるな。あいつスタイルは平凡だから」
何気に失礼以前に、男の前でそういう話は止めて欲しいと楓は思う。そういう話を聞かされると、否応なしにも目がいってしまう。
制服越しからでも目立つ、くっきりとした起伏。具体的に大きいとか細いとかは判断つかないものの、楓は熱くなる。血が上った。なんとなく気恥ずかしくて、手で口元を覆う。
けど、二人は特に気にしていなかった。大声で、無表情ではいづらい話題を挙げ続けている。
もう少し周囲を気にして欲しいと、楓は切に願った。
「んじゃね、また来週」
先に、千代子との別れがくる。そこから、一分も満たないで一人と思いきや、
「どうせ、失敗作があるでしょ?」
それ以上は責めもせずに、三津は黙ってついてきた。
以前と同じ。
三津は入るなり洗面所へと向かってから、リビングに姿を現した。
ソファにブレザーと鞄を投げ出し、カウンターキッチン用の椅子に腰かける。台に両肘を付きながら、足をぶらぶらさせている。
「なるほど、チョコレートフォンダンが失敗したんだ」
三津は一目で発見した。糖衣は漆黒ではなくて曇っている。テンパリング〈温度調整〉に失敗して、コーティングの途中で固まりだしたので表面もがたがた。
「さすがに、この甘さを一人で食べるのは無謀だったんじゃない?」
「……おれ、甘党だし」
「生クリームが無糖だけど?」
「それは元々だ。オリジナルのザッハトルテも、添えられている生クリームには砂糖が入っていないんだよ」
二人で一つのお皿を使っている為に近い。それなのに、吐くのは互いに悪態。変わらないやり取り。これが良いのか悪いのか、楓は計りかねていた。
結局のところ、楓は三津の真意が掴めないのだ。
紅葉がいなくなったのに、どうして未だ自分の傍にいるのか。
心配なのか、腐れ縁なのか、それとも――それは脳裏に過った時点で即抹殺する。あり得ない。それだけは、絶対にないと楓は振り払う。
「楓、ご飯ちゃんと食べてる?」
「……いきなりなんだよ。食べてるって。ちゃんと毎日、弁当持ってきてるだろ?」
「あー、そうだったね」
楓は少しだけ嘘を吐いた。
――楓ってザッハトルテ作れる?
千代子にそう訊ねられた時、楓はつい見切り発車をしてしまった。作ったことはなかったのに、できると言ってしまった。
どうにか嘘にはならなかったものの、今週は毎日ザッハトルテを作っては失敗して、夕食にしていた。
「そういうおまえは、ちゃんと食べてるのか?」
追及されては堪らないと、楓は反撃する。三津は母子家庭だ。母親は看護師で夜勤の時に限り、三津はここで食事したり泊まったりもしていた。
「きちんと作ってる。なんのために食物科に入ったと思ってんの」
「そりゃ、偉いな」
軽口ではなく、素直な尊敬。自分とは違った立派な理由に、打ちひしがれたのを楓は忘れていない。
「別にそんなことない。そんなの建前だし……半分くらいは、楓と同じ理由だと思う」
不器用な響きから、本音だと楓は判断した。決して、自分を気遣った言葉ではないと。
それでも、羨ましく思う。
僅かでも、先を見ている三津が。自分だけが変わっていない錯覚を覚えてしまい、手を伸ばしたくなる。
けどそれが待って欲しいのか、引っ張り上げて貰いたいのか、引きずりおろしたいのか……楓にはわからないでいた。
帰り道。
駅で捺と塩谷とは別れ、昔馴染みの三人。千代子の言葉に、楓はなにも返せなかった。
「もう高校生なんだから、はやし立てる奴なんかいないっての」
そうは言われても、根づいたトラウマは簡単にはなくならない。楓は同意を示しながらも、内心では受け入れていなかった。
「それにスイーツ男子? そういう流行もあるから、むしろ好感かもよ?」
楓としては、そういう枠に入れられるのも嫌だった。なんだか馬鹿にされているように聞こえる。現にこれだからB型はとか、さすが草食系代表と笑われた時は泣きそうになった。
「でも、楓は少しくらい自重しないとスイーツオタクになるかも」
横合いから、辛辣な意見。
言った本人は泰然とした表情で、千代子は含み笑いを隠し切れていない。
「……やかましい」
だから、いつものように漏らすしかなかった。楓は自覚しているのかどうか知らないが、それは拗ねた子供にしか見えない。響きも顔も、昔のまんま。
「ほんと、あんたは変わらないね~」
千代子が笑う。困ったように、何処か嬉しそうに楓の頭に手を伸ばす。
「背はこんなに高くなったってのに」
「すいません、まだまだ伸びそうです」
「まじか? あんた百八十超えんじゃない?」
「かもしれないです。捺さんには、服のサイズが変わるから縮めって怒られましたけど」
「縮めって、既に作り直し決定じゃん。捺の奴、忙しくなんだろうな~」
友達の多忙に、手を叩いて喜ぶ千代子。
「みっちゃんは? なんか言われた?」
「ふくらむな、くびれるなって押さえつけられました」
「それって嫉妬も入ってるな。あいつスタイルは平凡だから」
何気に失礼以前に、男の前でそういう話は止めて欲しいと楓は思う。そういう話を聞かされると、否応なしにも目がいってしまう。
制服越しからでも目立つ、くっきりとした起伏。具体的に大きいとか細いとかは判断つかないものの、楓は熱くなる。血が上った。なんとなく気恥ずかしくて、手で口元を覆う。
けど、二人は特に気にしていなかった。大声で、無表情ではいづらい話題を挙げ続けている。
もう少し周囲を気にして欲しいと、楓は切に願った。
「んじゃね、また来週」
先に、千代子との別れがくる。そこから、一分も満たないで一人と思いきや、
「どうせ、失敗作があるでしょ?」
それ以上は責めもせずに、三津は黙ってついてきた。
以前と同じ。
三津は入るなり洗面所へと向かってから、リビングに姿を現した。
ソファにブレザーと鞄を投げ出し、カウンターキッチン用の椅子に腰かける。台に両肘を付きながら、足をぶらぶらさせている。
「なるほど、チョコレートフォンダンが失敗したんだ」
三津は一目で発見した。糖衣は漆黒ではなくて曇っている。テンパリング〈温度調整〉に失敗して、コーティングの途中で固まりだしたので表面もがたがた。
「さすがに、この甘さを一人で食べるのは無謀だったんじゃない?」
「……おれ、甘党だし」
「生クリームが無糖だけど?」
「それは元々だ。オリジナルのザッハトルテも、添えられている生クリームには砂糖が入っていないんだよ」
二人で一つのお皿を使っている為に近い。それなのに、吐くのは互いに悪態。変わらないやり取り。これが良いのか悪いのか、楓は計りかねていた。
結局のところ、楓は三津の真意が掴めないのだ。
紅葉がいなくなったのに、どうして未だ自分の傍にいるのか。
心配なのか、腐れ縁なのか、それとも――それは脳裏に過った時点で即抹殺する。あり得ない。それだけは、絶対にないと楓は振り払う。
「楓、ご飯ちゃんと食べてる?」
「……いきなりなんだよ。食べてるって。ちゃんと毎日、弁当持ってきてるだろ?」
「あー、そうだったね」
楓は少しだけ嘘を吐いた。
――楓ってザッハトルテ作れる?
千代子にそう訊ねられた時、楓はつい見切り発車をしてしまった。作ったことはなかったのに、できると言ってしまった。
どうにか嘘にはならなかったものの、今週は毎日ザッハトルテを作っては失敗して、夕食にしていた。
「そういうおまえは、ちゃんと食べてるのか?」
追及されては堪らないと、楓は反撃する。三津は母子家庭だ。母親は看護師で夜勤の時に限り、三津はここで食事したり泊まったりもしていた。
「きちんと作ってる。なんのために食物科に入ったと思ってんの」
「そりゃ、偉いな」
軽口ではなく、素直な尊敬。自分とは違った立派な理由に、打ちひしがれたのを楓は忘れていない。
「別にそんなことない。そんなの建前だし……半分くらいは、楓と同じ理由だと思う」
不器用な響きから、本音だと楓は判断した。決して、自分を気遣った言葉ではないと。
それでも、羨ましく思う。
僅かでも、先を見ている三津が。自分だけが変わっていない錯覚を覚えてしまい、手を伸ばしたくなる。
けどそれが待って欲しいのか、引っ張り上げて貰いたいのか、引きずりおろしたいのか……楓にはわからないでいた。