第13話 悲しい事実

文字数 3,220文字

 ホームルームが終わると、
「はぁ……」
 楓は吐き出す。
 盛大な音を漏らしていたのだが、放課後の浮かれ様の前ではかき消え、お隣にしか聞き咎められなかった。

「幸せ逃げるよ?」
 
 顔的にも性格的にも似合わない三津に言われ考えるも……
「はぁ」
 また、零した。

「行こうか?」
「あぁ……。ってか、塩谷も……」
「正気?」
 
 階段ではなく、隣の教室に向かおうとした楓に冷めた声。ブラザーの裾も掴まれ、進めない。

「どういう意味だよ?」
「あぁ、正気だったんだ」
 
 三津は馬鹿にしているような目をしているのに、寂しげに鳴らせるものだから、楓の怒りに歯止めがかかる。

「呼びに行くって、私が? 楓が? それとも、二人で?」
 
 まだわからないのかと、三津は嘆息する。
 わざとらしく、見せつけるよう吐き出して、
「そんなことしたらあのコ……目、付けられるよ?」
 悲しい現実を突き付けた。

「必要以上には、話しかけないほうがいいと思う」
 
 中学の時、クラス委員という役職上の付き合いだけだったにもかかわらず、楓と話していた女子生徒は苛められた。
 曰く、調子に乗っているんじゃないという訳のわからない名目で。
 
 つまり、楓には導火線が判断つかなかった。自分の行動のなにが琴線に触れるのかを、未だもって把握しきれていない。
 
 わかっているのは、距離を取っていれば問題ないということ。
 よって、三津の言い分を受け入れるしかなかった。軽視した結果、傷つくのは自分ではないのだから勝手な無茶はできない。
 二人は会話なく、横断する。次々と生徒たちを追い越して、背中に感じる視線を気にも留めずに急ぐ。
 部室では、早くもお茶会が始まっていた。

「あんた、砂糖入れすぎ。それ、蜂蜜も入ってんだよ」
「だって、生姜がきついんだもん」
「誰の希望だ?」
 
 千代子と捺は軽口を叩きあいながら、くつろいでいた。

「ジンジャーミルクティーでよければ、すぐに用意できるけど?」
「あれ? 新人さんは一緒じゃないんだ」
 
 千代子の申し出には揃って頷くも、捺に対しては違っていた。楓は曖昧に笑い、三津は黙って身構える。

「久しぶり、百花ちゃん」
「お久しぶりです、甘楽先輩」
 
 捺の視線が三津を捉えると、相変わらずなやり取り。お互いに、嫌な呼称で呼び合う。
 二人は、決して仲が悪い訳ではない。
 ただ、捺が年下の女の子はちゃん付けで呼ぶという拘りを持っていて、三津が自分の名前を嫌いなだけである。

「もう、捺先輩でいいのに」
「甘楽先輩が、百花ちゃんって呼ばなければ」
「えー、可愛いのに。ね、楓君」
「その可愛いが似合わないんですよ」
 
 この件に関しては、楓も即答していた。三津の性格、容姿からして『ももか』という響きは可愛すぎる。

「でも、紅葉が呼ぶのは許してたじゃん」
「あれは……昔からですから」
「いい加減どっちかが折れればいいのに。不毛過ぎる」
 
 千代子が紅茶を置いてくれる。一つ、二つ、三つ。

「あぁ、もう来るよ。連絡あった」
 
 楓の目線に気付いてか、千代子は説明した。

「一応部長だから。顧問も含め、連絡網はしっかりおさえてる」
 
 楓はカップに口をつける。湯気からして覚悟していたが高熱。どうやら、鍋で煮だして淹れたタイプのようだ。
 一口で蜂蜜の甘さが喉に絡みつき、生姜の香りが鼻腔をつく。クセのある、舌を鍛えていないと受け入れがたい複雑な味わい。

「これって、捺さんの嫌いなタイプじゃないですか?」
「いや、ジンジャーティーがダイエットにいいって聞いてさ」
「蜂蜜と砂糖をそんなに入れたら、元も子もないと思うが」
 
 すかさず、千代子が否定する。

「地道にランニングでもすれば?」
 
 楓は、二人の会話が腑に落ちないでいた。ダイエットが必要なほど、捺は太っているようには見えない。

「なんで、そんなに痩せたがるんですか?」
 
 なんの悪気も嫌味もなく、楓は口にした。が、その一言で女性陣の目つきが細まる。
 失言を理解していない楓には、予想外の展開。咄嗟に弁明を連ねるも、口先だけなので余計に悪化していく。
 三津と捺は恨みがましく、千代子は自業自得だと意地悪な笑みを浮かべていた。
 そこへ来客のノック。
 千代子が「どうぞー」と軽快に飛ばすと、

「失礼します」

 丁寧な物言いと共に、塩谷が姿を現した。場の不穏さを感じ取ってか、扉の前で立ち竦む。
 すると、何故か捺が立ち上がり、近寄っていった。

「えっと……?」

 初見の先輩に正面から見据えられ、塩谷は目に見えて困っているものの、捺は気にも留めていない様子。
 後輩の気持ちなど露知らず、脈絡もなく身体に触れる。

「動かないで!」
 
 身をよじろうとした塩谷に叱責。それを機に、捺は手を滑らせていく。両肩から手首まで、脇から腰、胴回り、胸囲と一通りボディタッチをしてから――

「いい……! もう、楓君! 最高の子を連れてきたじゃない!」
 
 捺は声を高らかに叫びだした。誰一人として意図が掴めず、首を傾げる。
 千代子に至っては、頭を指さしてまわし、開いていた。

「これならほとんど手直しなしでいける……ねぇ、あなた。スリーサイズは?」
「え? え? え?」
「なによ、女の子同士なんだから別にいいじゃない」
 
 塩谷は視線を動かす。捺は振り返り、
「いいじゃん。楓君なら」 
 あっさりと言ってのけた。

「それに楓君は、数字なんかじゃイメージできっこないって」
 
 事実だったので楓は頷く。
 が、そういう問題じゃないと三津に怒られる。

「とりあえず二人とも座りなって。紅茶も冷めちゃうし」
 
 部長らしく、千代子が場を収めた。といっても、暴走していたのは捺だけだが。楓と三津は動かないどころか、立ち上がってもいなかった。

「で、捺はなにがしたかったわけ?」
 
 全員が着席して、千代子が改めて切り出す。一年生三人が横並びに座り、対面に先輩。早くも、塩谷は捺に脅えていた。

「ちょっと、千代。少なくとも、あんただけは察してくれてると思っていたのに……」
 
 捺は不満を訴えるも、千代子に心当たりはないようだ。

「服のサイズをみてたの。背丈が紅葉と似通っていたからさ」
「あー、文化祭の衣装か。あんた、もう作ってたの?」
「あのね、千代。一着作るのにどれだけ時間かかると思ってるの? そんなのは、二年の頃から始めてますから」
「衣装って、甘楽先輩が作るんですか?」
 
 霞む会話に三津が入り込む。

「そう、デザイン科の課題でもあるんだけどね。三年は自由制作だから」
「変なのは止めてくださいよ?」
「フリフリのう~んと、可愛いのにしてあげようか? 百花ちゃん」
 
 不毛な火種を感じ取ってか、千代子がすぐさま介入する。

「これで誤解は解けたってことで」
 
 目配せに気付き、塩谷が頭を下げる。

「えっと、食物科一年の塩谷美音です。よろしくお願いします、甘楽先輩」
「捺先輩でいいよ、美音ちゃん」
「自己紹介も終わったし、そろそろ活動内容とか決める?」
 
 今更な議題だが、部に昇格すれば去年までのお菓子を食べつつ駄弁るというスタンスではいられない。

「そもそも、昇格の件はどうなったんですか?」
 
 三津の質問に、捺が説明を始める。

「――とまぁ、そんな感じ。同好会から部に昇格って、結構なことなんだ。ネットで検索しても、そこそこ出てくるし」
 
 捺は講釈をたれるも、言葉遣いは柔らかく噛み砕かれていた。

「あとは、職員会議の結果次第だけど。規則的には問題ないから、ほぼ確定かな」
 
 軽い響き。心配はいらないと捺は上機嫌に鳴らした。
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