第2話 美しすぎる幼馴染
文字数 2,127文字
十日ぶりの教室。
同級生が一斉に振り返るも、見知った顔は一人だけ。視線がぶつかる。相手は色素の薄い毛先を指に巻きつけながら、にやにやと。
「その目やめろ、三津」
三津百花 。
楓とは小学校からの顔見知りで幼馴染だが、決して仲良しと呼べる関係ではなかった。
むしろ、楓にとっては鬼門の相手。
三津は美人である。無愛想ながら、端正な顔立ち。
背も高くて、同年代に比べると大人っぽい。冷たく感じる瞳すらも、彼女のスタイルには似合っていて魅力的に映る。
おかげさまで、楓は何度もとばっちりを受けてきた。
「なら、約束のモノ。早くちょうだいよ」
席に着いた楓に、甘えるような声振り。そのくせ体は定位置で、少しも近づこうとしない。
三津は紙袋に照準を絞り、手を伸ばしてくる。
楓は渋々、受け渡す。
頬は頑なに綻びを拒み、目すら合わせずに。
受け取るなり三津はいそいそと紙袋に手を突っ込んで、
「……割れてるじゃん」
取り出したマカロンの惨状に、
「珍しい」
からかうよう零した。
「ちょっと、事故ってさ」
言い訳がましく、楓は吐き捨てる。
三津は聞いているのかいないのか、容器からピンク色のマカロンを一つ、掴みとった。
「まぁ、味に違いはないか」
「そんなことはない! 食感がだいぶ変わる。マカロンってのはさくっ、ふわっが魅力なんだ。滑らかな表面を噛み砕く歯ごたえが……」
楓は力説するも、三津の口はもぐもぐと規則正しく動いている。
一口、二口、三口とかぶりつき、喉を鳴らした。
「美味しいじゃん」
満面の笑み。
ストレートな言葉に楓は照れ臭くなり、
「……まだまだだよ」
抑揚なく返す。
「そんなことないでしょ?」
けど、三津には謙遜だと気づかれていた。
「自分で満足がいかない出来だったら、楓は人に食べさせないじゃん」
「別にそんなんじゃ……」
「はいはい」
あしらう言い草に楓はむっとするも、続かなかった。
三津は美味しそうに、自分の作ったマカロンを食べている。幸せそうな表情。安上がりだなと眺めている内に、苛立ちは姿を消していた。
「ごちそうさま」
三津は親指を舐め、唇をぬぐう。
そういった仕草は嫌でも意識させられるので、楓は視線を外す。
「残りは千代子先輩の?」
「あぁ、放課後に渡す」
「放課後って……大丈夫なの? もう、春だよ?」
「保冷剤、沢山入れてるから大丈夫」
「そんな手間かけるくらいなら、いま渡しにいけばいいのに」
それっきり、三津は話しかけてこなかった。用件が済んだらおしまい。雑談に花を咲かせる仲じゃない。
時計を見上げると、始業のベルが近づいていた。
それに伴い、教室内が賑やかになってくる。徐々に席が埋まっていき、全員が楓たちを気にかける。視線の色は、好奇のない混ざった恐怖と非難。少し腑に落ちない部分もあるが、それが現状なのかと楓は受け入れる。
二人とも、こういった状況には慣れていた。
中学の頃と同じ。遠目から眺められ、話のネタにされる。勝手に色々と決めつけられては、妬まれる。
楓は男子が少なくて助かったと思ったが、隣はどうなのだろうかと疑問が浮かぶ。自分がいなかった間、質問責めにされていたのではないのかと。
そういった心配が過ぎるも、お節介を焼くつもりはなかった。
三津は強い。自分なんかの手助けがいる奴ではないと楓は思考を打ち切り、揃ったクラスメイトを観察する。
自分がいない間に、相関図は出来上がっているようだった。
今のところ近づきやすい――孤立している人間はいない。別に一人じゃないといけない訳でもないが、できれば少ないほうがいい。
ぼんやり一人一人を眺めていると、担任が入ってきた。
「席について――」
若い割に、師井先生は生徒になめられてはいなかった。乱暴ではないが、少しばかり突き放した言葉遣い。
ホームルームも淡々と進み、その空気を保って最初の授業が始まる。
停学期間、楓はプリントと向き合うだけだったが、問題なくついていけた。それ以前に、中学からの貯金があれば、別段苦労しないレベル。
楓たちがいるのは食物調理科。調理師免許の取得を目的とし、基本的にはエスカレーター式で短大――栄養士を目指すようになっている。
高校でも栄養学、公衆衛生学、調理理論といった専門科目を学ぶ反面、四年制大学への進学を前提としていないため、一般科目の難易度はだいぶ低かった。
それでも、全員が余裕とはいかない。
こういった専門科に進学する生徒は、誰しも好きとかいう微笑ましい理由だけではないからだ。普通科に入るだけの学がないから、そんなに勉強をしたくないから、資格が取れるから……そういった考えを持っている生徒は、しばしば見受けられる。
その証拠に、何人かは堂々と寝ている。
普通科目だけでなく、専門科目に移っても。
逆に楓は、ついていくのに精一杯。初めて学ぶ科目に関しては、プリントや教科書だけでは理解不充分であった。
同級生が一斉に振り返るも、見知った顔は一人だけ。視線がぶつかる。相手は色素の薄い毛先を指に巻きつけながら、にやにやと。
「その目やめろ、三津」
三津
楓とは小学校からの顔見知りで幼馴染だが、決して仲良しと呼べる関係ではなかった。
むしろ、楓にとっては鬼門の相手。
三津は美人である。無愛想ながら、端正な顔立ち。
背も高くて、同年代に比べると大人っぽい。冷たく感じる瞳すらも、彼女のスタイルには似合っていて魅力的に映る。
おかげさまで、楓は何度もとばっちりを受けてきた。
「なら、約束のモノ。早くちょうだいよ」
席に着いた楓に、甘えるような声振り。そのくせ体は定位置で、少しも近づこうとしない。
三津は紙袋に照準を絞り、手を伸ばしてくる。
楓は渋々、受け渡す。
頬は頑なに綻びを拒み、目すら合わせずに。
受け取るなり三津はいそいそと紙袋に手を突っ込んで、
「……割れてるじゃん」
取り出したマカロンの惨状に、
「珍しい」
からかうよう零した。
「ちょっと、事故ってさ」
言い訳がましく、楓は吐き捨てる。
三津は聞いているのかいないのか、容器からピンク色のマカロンを一つ、掴みとった。
「まぁ、味に違いはないか」
「そんなことはない! 食感がだいぶ変わる。マカロンってのはさくっ、ふわっが魅力なんだ。滑らかな表面を噛み砕く歯ごたえが……」
楓は力説するも、三津の口はもぐもぐと規則正しく動いている。
一口、二口、三口とかぶりつき、喉を鳴らした。
「美味しいじゃん」
満面の笑み。
ストレートな言葉に楓は照れ臭くなり、
「……まだまだだよ」
抑揚なく返す。
「そんなことないでしょ?」
けど、三津には謙遜だと気づかれていた。
「自分で満足がいかない出来だったら、楓は人に食べさせないじゃん」
「別にそんなんじゃ……」
「はいはい」
あしらう言い草に楓はむっとするも、続かなかった。
三津は美味しそうに、自分の作ったマカロンを食べている。幸せそうな表情。安上がりだなと眺めている内に、苛立ちは姿を消していた。
「ごちそうさま」
三津は親指を舐め、唇をぬぐう。
そういった仕草は嫌でも意識させられるので、楓は視線を外す。
「残りは千代子先輩の?」
「あぁ、放課後に渡す」
「放課後って……大丈夫なの? もう、春だよ?」
「保冷剤、沢山入れてるから大丈夫」
「そんな手間かけるくらいなら、いま渡しにいけばいいのに」
それっきり、三津は話しかけてこなかった。用件が済んだらおしまい。雑談に花を咲かせる仲じゃない。
時計を見上げると、始業のベルが近づいていた。
それに伴い、教室内が賑やかになってくる。徐々に席が埋まっていき、全員が楓たちを気にかける。視線の色は、好奇のない混ざった恐怖と非難。少し腑に落ちない部分もあるが、それが現状なのかと楓は受け入れる。
二人とも、こういった状況には慣れていた。
中学の頃と同じ。遠目から眺められ、話のネタにされる。勝手に色々と決めつけられては、妬まれる。
楓は男子が少なくて助かったと思ったが、隣はどうなのだろうかと疑問が浮かぶ。自分がいなかった間、質問責めにされていたのではないのかと。
そういった心配が過ぎるも、お節介を焼くつもりはなかった。
三津は強い。自分なんかの手助けがいる奴ではないと楓は思考を打ち切り、揃ったクラスメイトを観察する。
自分がいない間に、相関図は出来上がっているようだった。
今のところ近づきやすい――孤立している人間はいない。別に一人じゃないといけない訳でもないが、できれば少ないほうがいい。
ぼんやり一人一人を眺めていると、担任が入ってきた。
「席について――」
若い割に、師井先生は生徒になめられてはいなかった。乱暴ではないが、少しばかり突き放した言葉遣い。
ホームルームも淡々と進み、その空気を保って最初の授業が始まる。
停学期間、楓はプリントと向き合うだけだったが、問題なくついていけた。それ以前に、中学からの貯金があれば、別段苦労しないレベル。
楓たちがいるのは食物調理科。調理師免許の取得を目的とし、基本的にはエスカレーター式で短大――栄養士を目指すようになっている。
高校でも栄養学、公衆衛生学、調理理論といった専門科目を学ぶ反面、四年制大学への進学を前提としていないため、一般科目の難易度はだいぶ低かった。
それでも、全員が余裕とはいかない。
こういった専門科に進学する生徒は、誰しも好きとかいう微笑ましい理由だけではないからだ。普通科に入るだけの学がないから、そんなに勉強をしたくないから、資格が取れるから……そういった考えを持っている生徒は、しばしば見受けられる。
その証拠に、何人かは堂々と寝ている。
普通科目だけでなく、専門科目に移っても。
逆に楓は、ついていくのに精一杯。初めて学ぶ科目に関しては、プリントや教科書だけでは理解不充分であった。