第16話 かつての事件

文字数 3,469文字

 西研の活動は順調だった。
 ただ功を焦ってか、品評されるお菓子は手作りかつ、見栄えのする物が多かった。
 女性の帽子に見立てたシャルロット、公現節に食べられるガレット・デ・ロワ、フランス版ショートケーキとも言われるフレジエ。
 また、紅茶のティラミス(千代子が珈琲が全く駄目なため)やフィナンシェなど、誰もが名前だけは知っているであろうお菓子たち。
 実際、千代子が頼んでいるのは週に一度だけなのだが、楓は予習だけでなく復習も重ねるものだから、毎日のように励んでいた。
 当然、そういった舞台裏は隠したまま――


 テスト週間直前。明日から試験が終わるまでの約二週間、部活動は禁止となる。
 それなのに、部室にいたのは先輩だけ。隅に置いてあるパソコンの前にもいない。
 いつもなら自分よりも早くいるはずなのにと、
「二人は?」
 塩谷は訊ねる。

「楓は風邪。学校も休んでる」
「えっと、三津さんは?」
「休むって連絡あった」
「どうせ、楓君の看病でしょう」
 
 二人の答えに塩谷は少しだけ間を開けて、
「……二人って、ほんとに付き合っていないんですか?」
 不安を口にした。
 
 女子らしい質問。
 千代子は塩谷を椅子に座らせる。捺に相手をするよう頼み、紅茶の準備に取り掛かる。

「いいっていいって。今日は千代に任せなさい」
 
 手伝いを申し出ようとした塩谷を留めて、捺は向き合う。

「あの二人のこと、気になるんでしょ?」
「実際どうなのかなって……。クラスのコたちにも、毎日のように訊かれるし」
 
 うんざりとした様子で、塩谷は事情を告げた。

「あの二人、ムスっとしてるから。とばっちりって訳だ」
「はい。誰も直接は訊けないみたいです」
 
 そこには、彼女自身も含まれているようであった。

「迷惑を被っている以上、知る権利はあるよね」
 
 乗り気じゃない塩谷に悪魔の囁き。捺がいつもの調子で、正統性を掲げる。

「うちは知らんからな」
 
 聞こえていたのか、千代子は無関係を訴えだした。

「じゃぁ、確認作業だけお願い。二人のためにも、さ」
 
 千代子は溜息一つで首肯した。

「千代はあの二人とは幼馴染だから、小さい頃から知ってるの。私は中三からだから、二人が中一の時から」
「あれ? なら、逆じゃないですか?」
 
 塩谷は二人を交互に見る。その関係性なら、千代子がさん付けで、捺が先輩と呼ばれるのではないかと。

「私が、先輩って呼ばれるのが嫌だったから。千代なんかは、小学生の頃から呼ばせてたらしいけど」
「別に、そういう訳じゃないんだけど」
 
 千代ねーちゃんと呼ぶのが恥ずかしくなった楓が、勝手に呼び始めた――と、千代子は楓が聞いたら悶絶しそうな過去を、あっさりと暴露した。

「最初はさん付けだったんだけど、当時の楓には似合わなくてな」
 
 今でも変わっていないのは本人の性格の問題であって、強制ではないと千代子は弁明する。

「あいつ友達いなかったから。どのタイミングで呼び方を変えればいいか、わかんないんだよ」
 
 命令しない限り、ずっと先輩って呼び続けるんんだろうなぁ、と千代子は笑う。
 とても笑える内容ではないと思うも、塩谷は合わせるように頬を歪ませた。

「中学生の楓君は、女の子みたいで可愛いかったんだよ。百花ちゃんは、今とあんま変わんないけど」
 
 捺が話を戻す。同意を求めるよう、千代子に目配せする。

「確かに、楓は女みたいだったな。みっちゃんは髪とかスタイル以外、変化ないけど」
「そうそう、百花ちゃんって髪が長かったんだー」
 
 捺は含み笑いを浮かべ、塩谷に問いかける。

「どうして、切ったと思う?」
「えっと……失恋?」
 
 それらしい答えを返すも、不正解。後ろでは、千代子が呆れたような顔をしていた。

「捺。そういう決めつけはよくないぞ」
「えー、だってそうとしか考えられないじゃん」
「アホ。普通に受験とかあんだろ?」
「で、答えはなんなんですか?」
 
 場の空気にあてられてか、塩谷は身を乗り出していた。
 捺は勿体ぶるように間を挟んでから、「楓君に言われたから」
「髪が長いと大変って話をしてたら、『なら、切れば?』って楓君が言っちゃってさ。それで次に会った時には、もうバッサリいってたの」
 思い返しているのか、千代子も遠い目をしている。

「好きでもない男の子に言われて、普通切る? しかも、あれ以来伸ばしてないしさ。最初は、楓君に対する当てつけかと思ったんだけど」
「当てつけって?」
「あー、美音ちゃんは知らないか。あの二人って、昔は険悪だったんだよ。今みたいな軽口じゃなくて、本気でヤバかったんだから」
「え! そうなんですか?」
 
 千代子はちょっと待ってと片手を広げる。丁度蒸らし終わったのか、紅茶を茶漉しにかけていた。
「小さい頃、しょっちゅう喧嘩してたのは間違いない」
 カップを配り、千代子も席につく。

「っても、理由は紅葉の取り合いっていう微笑ましいもの。しかも、楓の全敗」
「紅葉って……佐藤君のお姉さんですよね?」
「そっ。美音ちゃんと同じくらい小さいんだけど、凄く美人……だったんだ」
 
 美音ちゃんは美人じゃなくて可愛い系だもんね、と哀愁を漂わせながらも捺は口添えた。

「みっちゃんは母子家庭で、楓んとこは親が不定期で帰ってこなかったからさ。紅葉がよく面倒をみてたんだ」
 
 塩谷の沈んだ面持ちに気付いたのか、千代子は補足する。

「離婚じゃなくて、死別だから。それにみっちゃんが物心つく前だったらしいから、本人は気にしていないよ。楓のとこも、仲が悪いとかじゃないし」
 
 そうだとしても、両親が健在の塩谷にとっては耳の痛い話だった。

「話しが飛んじゃったね」
 
 気づいてか、捺が仕切り直しをする。

「二人が今みたいになったのって、中学の三年くらいだっけ?」
「……そうだけど。紅葉がいなくなってから、また、なんか変わった感じがする」
 
 千代子の違和感は捺には掴めないのか、そう? と軽い口調で、

「楓君が暴れて、落ち着いてからはずっとあんな感じじゃない?」
「それって……本当だったんですか?」
 
 塩谷も噂は耳にしていたが、信じられないでいた。

「噂って、どうなってんの?」
「えっと、佐藤君が十人くらい病院送りにしたって……」
 
 二人が吹き出す。塩谷はやっぱりデマだったと胸を撫で下ろすも、束の間。

「病院に送られたのって、結局は楓だけだったよな?」
「うん、他は保健室。人数は十人以上だったけど」
「えぇっ!?」
 
 真相は真相で衝撃を伴った。

「中学生の喧嘩ってさ、野次馬とか来るじゃん? はやし立てたり、止めたりさ」
「そういえば……そうですね」
「そん時も、例に漏れずだったらしいんだけど。楓は喧嘩してたんじゃなくて、暴れてた訳だから」
「だれかれ構わず、ぶん殴っちゃったんだよね」
「近くにいる奴をがむしゃらに殴るもんだから騒ぎになっただけで、大怪我したのは殴った本人だけだ」
 
 あとで調べた結果、右手にひびが入っていたと千代子は説明する。

「それで当然、保護者が呼び出される訳なんだけど、運悪く二人ともいなくてさ。代わりに紅葉の携帯に連絡いって、冷やかし半分でうちらも中学まで迎えにいったんだよな~」
「それで、どうなったんですか? 結構、問題ですよね……?」
「結局、一番痛い目にあったのが楓だったからな。殴られた奴らは特になにも言えず。学校まで文句に来た保護者もいたけど……謝るのが泣いてる楓と、ちんまい高校生の紅葉だったから。色々と深読みしちゃったり、良心が痛んだりしたんだろうな。矛先は全て先生に向かってたよ」
「楓君って、授業態度とかは真面目な優等生だったからお咎めなかったんだよね」
「っても、その所為で推薦はさすがに無理だったらしいけど」
「そうそう。推薦狙えたはずの百花ちゃんも一般で受けたんだよね~」
 
 捺の言葉は意味深――あからさまな含みを持たせていた。

「それでも……付き合ってはいないんですよね?」
「二人とも草食系だから。ただし肉食系でも倒せないタイプの」
「カバとか?」
「千代、それは可愛くない」
「でも、カバのしっぽとかは可愛くないですか?」
 
 塩谷はフォローになっていないような、微妙な感想を漏らした。
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