第30話 虐め

文字数 1,109文字

 放課後の部活動に、塩谷の姿はなかった。
「蚊がいるから気を付けてな」
 千代子の喚起に、楓は生返事。
 彼女の首筋辺りには刺されたのか、何カ所か痕が生々しく残っていた。

「千代のふてぶてしさが凄いのか、楓君の純真さが凄いのか……」
 千代子には呆れた視線、楓には微笑みを向ける捺。

「しかし、苛めな~」
 塩谷の欠席理由を簡単に説明すると、千代子は捺を見た。
「どう思う?」

「夏休み入るし、気にすることないんじゃない?」
「どうだろうな。紅葉なんかはずっと根に持ってたぞ?」

「紅葉さん?」
 楓よりも先に、三津が首を傾げた。

「そっ、二人は知ってるよね?」
 小学校の高学年に上がるまでは、紅葉のほうが千代子よりも背が高かった。
「あいつ一気に成長して、途中から全然伸びなかった口だから」

「へー、そうだったんだ。ずっと小さいのかと思ってた」
「で、捺はわからないだろうが、美人はハブられるって二人はよ~く知ってるよな?」
 
 失礼な、と反論が響くも誰も気に留めない。

「紅葉も、小学校の頃は当たりがきつかったんだよ。中学に入ると、背が低いおかげか可愛がられるキャラになったけどね。紅葉は、その扱いが気に食わなかった。中学で初めて会った奴はいいけど、小学校からの奴は手の平を返した訳だからな。男子とか先生に色目使ってとか、綺麗だからって調子に乗るなって言ってたのが、可愛い~って寄ってくるのを嫌悪してたよ」
 
 知らなかったが、想像に難くない。
 オトコオンナ、オカマと呼ばれていたのが、急に格好いいとかイケメンなどと持てはやされた楓には、痛いほど伝わってくる。

「それって、苛められてたほうだからじゃない? 苛めるほうは、いちいち覚えてないと思う」
「一理あるな。それにあの子はプライド高かったし」
「なら、大丈夫ですかね?」
「さぁな。けど、楓は絶対に介入するな」
「女子の喧嘩に男子が介入したら、場は収まるだろうけど……」
 
 場外に持ち越すだけだ、と二人して苦笑する。

「ただのお節介や優しさじゃないっていうんなら、止めはしないけどな」
 
 千代子の言い回しは一番効果があった。

「わかりやすくいうと、楓君に味方されたほうが敵になるから」
 
 そう言われたら、どうしようもなかった。それ以上に、誰一人として驚かなかったことに楓は打ちのめされる。まるで、当然の成り行きみたいに会話は転がっていた。

 自分以外は、こうなることがわかっていたかのように思えてきて……モヤモヤする。
 楓にはわからない。どうしてこうなったのか。
 誰も説明してくれないから、わからないままでいた。
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