第43話 少年の心
文字数 1,779文字
楓は西研メンバーにヘルプの報告をすると、文化祭への参加用紙を書き上げた。
二学期になってからは、紅茶を飲むくらいしか活動はしていない。捺に至っては早くも忙しいのか、一切顔を出していなかった。
「デザイン科は半端ないからな」
三年になった段階でモデルの選抜。それに選ばれなかったとしても、裏方の仕事は多く、暇にはならない。
本番では衣装チェンジ、化粧、ヘアセットだけでなく、ステージ上のスポットライトまで、生徒主体で行われる。
「当日は保育科も毎年大変らしいけど」
託児所の人気は文化祭一と言われるほど。
その上、絶対に現れる迷子の預かりなど、見通しの利かない忙しさが待ち構えている。
「だから、当日のフリーが四人ってのは助かったな」
勿論、塩谷のクラスはきちんと決まっていた。
「それじゃ、あとはよろしく」
部長として用紙に記入を終えると、千代子も出ていった。
結果、三津と二人きり。文化祭が終わるまで続くと思うと、楓は考えてしまう。
黙って見つめていると、
「なに?」
警戒された。
「いや、別に……」
ふと目が合った瞬間。今までなら逸らすのを楓が我慢すると、三津が視線を外す。
授業中、何気なしに楓が目を向けると、顔を背ける。そのタイミングは抜群。ずっと見ていたかのように――お互いに意識しているのは疑いようもなかった。
「……生徒会室に行って来る」
それでも、核心には迫らない。
居心地が悪くないからこそ、踏み切れない。
今の空気を大切にしている。
お互いに、壊さないように気を遣っている。
進むことを、変わることを恐れるあまりに身動きが取れなくなってしまった。
部室から出る前に振り返ると、三津は顔を背けていた。
楓は扉を閉めると、久しぶりの溜息を吐く。
やはり簡単には変われない。足を引きずりながら無気力に生徒会室へと向かうと、列ができていた。最後尾は男子。気付いたのか、振り返ってきた。
目が合い、相手に気付く。ここで逃げるのはおかしいと、生徒会長の弟で普通科の委員長に軽く挨拶して、後ろに並ぶ。
「良かった、辞めてなかったんだ」
いきなりの発言に、楓は首を傾げる。
「あぁ、こっちの二人は辞めたから」
読み取ったのか、訊ねるまでもなく言葉が足された。
「元々浮いてた上に停学くらったから、居づらくなったんだろ」
楓にとっては、それが日常だったので問題なかった。それに三津がいてくれたのも大きい。
「そういえば、なんで庇ってくれたんだ?」
話題がなく、今更な質問をしてしまった。
会長は納得の意を匂わせていたが、楓には見当もついていない。
「庇ったって……別に普通のことをしただけだ」
「他の奴らは、必要最低限のことしか言ってなかった」
楓のことを悪くないと明言したのはだ一人けだった。
指摘すると、
「そうだね……」
答えてくれるのか、瞳に神妙な光が宿った。
「怒っていいんだって、教えてくれたから……かな?」
楓の疑問は予測済みだったのか、矢継ぎ早に放たれる。
「いや、ああいう時ってさ。嫌でも黙っているのが、空気を読むことだと思ってたんだ。喜んだり楽しむのが普通で、自分が少数派でおかしいんだからって……」
別にそういうのが嫌いな訳じゃないんだけど――最後のほうは小さかったけど聞こえた。
「誰かと共有するのは、苦手なんだ。身近な人物を挙げられるのも。おれ、姉妹が多いから友達が家に来ると、どうしてもそういう話題になって嫌になったんだ」
口数が多いのは、否定されないという安心感があるからだろうか。
「でもおれは、佐藤みたいに怒れなかった……だからだよ」
楓は反応に困った。
あの行為は、決して褒められるものではないのに……まるで感謝するような響きだったから。
「そうか……」
少しだけ、救われた。
それは、自分では絶対に認められなかった部分。殺すべき自分だと思っていたのに、許されてしまった。
「それじゃ、また」
順番が回ってきた。名残惜しいも、かける言葉を楓は知らない。
「あぁ……また」
楓は軽く手を上げ、一人。誰かと話すのも悪くないなと、久しぶりに思った。
二学期になってからは、紅茶を飲むくらいしか活動はしていない。捺に至っては早くも忙しいのか、一切顔を出していなかった。
「デザイン科は半端ないからな」
三年になった段階でモデルの選抜。それに選ばれなかったとしても、裏方の仕事は多く、暇にはならない。
本番では衣装チェンジ、化粧、ヘアセットだけでなく、ステージ上のスポットライトまで、生徒主体で行われる。
「当日は保育科も毎年大変らしいけど」
託児所の人気は文化祭一と言われるほど。
その上、絶対に現れる迷子の預かりなど、見通しの利かない忙しさが待ち構えている。
「だから、当日のフリーが四人ってのは助かったな」
勿論、塩谷のクラスはきちんと決まっていた。
「それじゃ、あとはよろしく」
部長として用紙に記入を終えると、千代子も出ていった。
結果、三津と二人きり。文化祭が終わるまで続くと思うと、楓は考えてしまう。
黙って見つめていると、
「なに?」
警戒された。
「いや、別に……」
ふと目が合った瞬間。今までなら逸らすのを楓が我慢すると、三津が視線を外す。
授業中、何気なしに楓が目を向けると、顔を背ける。そのタイミングは抜群。ずっと見ていたかのように――お互いに意識しているのは疑いようもなかった。
「……生徒会室に行って来る」
それでも、核心には迫らない。
居心地が悪くないからこそ、踏み切れない。
今の空気を大切にしている。
お互いに、壊さないように気を遣っている。
進むことを、変わることを恐れるあまりに身動きが取れなくなってしまった。
部室から出る前に振り返ると、三津は顔を背けていた。
楓は扉を閉めると、久しぶりの溜息を吐く。
やはり簡単には変われない。足を引きずりながら無気力に生徒会室へと向かうと、列ができていた。最後尾は男子。気付いたのか、振り返ってきた。
目が合い、相手に気付く。ここで逃げるのはおかしいと、生徒会長の弟で普通科の委員長に軽く挨拶して、後ろに並ぶ。
「良かった、辞めてなかったんだ」
いきなりの発言に、楓は首を傾げる。
「あぁ、こっちの二人は辞めたから」
読み取ったのか、訊ねるまでもなく言葉が足された。
「元々浮いてた上に停学くらったから、居づらくなったんだろ」
楓にとっては、それが日常だったので問題なかった。それに三津がいてくれたのも大きい。
「そういえば、なんで庇ってくれたんだ?」
話題がなく、今更な質問をしてしまった。
会長は納得の意を匂わせていたが、楓には見当もついていない。
「庇ったって……別に普通のことをしただけだ」
「他の奴らは、必要最低限のことしか言ってなかった」
楓のことを悪くないと明言したのはだ一人けだった。
指摘すると、
「そうだね……」
答えてくれるのか、瞳に神妙な光が宿った。
「怒っていいんだって、教えてくれたから……かな?」
楓の疑問は予測済みだったのか、矢継ぎ早に放たれる。
「いや、ああいう時ってさ。嫌でも黙っているのが、空気を読むことだと思ってたんだ。喜んだり楽しむのが普通で、自分が少数派でおかしいんだからって……」
別にそういうのが嫌いな訳じゃないんだけど――最後のほうは小さかったけど聞こえた。
「誰かと共有するのは、苦手なんだ。身近な人物を挙げられるのも。おれ、姉妹が多いから友達が家に来ると、どうしてもそういう話題になって嫌になったんだ」
口数が多いのは、否定されないという安心感があるからだろうか。
「でもおれは、佐藤みたいに怒れなかった……だからだよ」
楓は反応に困った。
あの行為は、決して褒められるものではないのに……まるで感謝するような響きだったから。
「そうか……」
少しだけ、救われた。
それは、自分では絶対に認められなかった部分。殺すべき自分だと思っていたのに、許されてしまった。
「それじゃ、また」
順番が回ってきた。名残惜しいも、かける言葉を楓は知らない。
「あぁ……また」
楓は軽く手を上げ、一人。誰かと話すのも悪くないなと、久しぶりに思った。