白い森 ~寂しい天の川~・ⅩⅣ
文字数 1,913文字
四つのカップに紅茶が行き渡り、長は訥々と話し始めた。
「むかしむかし、望まれて生まれて来た兄妹がおりました。兄は期待通り沢山のモノを持って来て、皆を大喜びさせました。妹は何一つ持って来なくて、周囲をガッカリさせました」
三人の弟子はカップを両手で抱えて、黙って長を見ている。
弟子になって長らく共にいたけれど、こんな静かで深い水の底にいるみたいな声は初めて聞く。
「その頃この土地は、人間の王が他所から来た侵入者に弑(しい)され、混沌としていました。人間界が荒れると人外界も荒れる。蒼の里も今とは比べ物にならないくらい殺伐として、大勢命を落としました。そういう歴史は知っていますね」
三人は頷(うなず)いた。親世代に聞いているし、カワセミはその時代に親族の殆どを失った。
「そんな折、何も出来ない妹は、一人の人間の少年と出逢いました。手足を鎖で繋がれているのに、誇りを失わない、瞳に炎を宿した少年でした。
何も出来ない妹でしたが、気付く力はありました。この少年こそが、混沌とした時代に夜明けを連れて来るのだと。何も出来ない自分は、彼を助ける事によって何かを出来るようになるのではないかと」
三人とも黙って聞いている。
カワセミのカップが傾いて、紅茶が糸のように垂れているのに誰も気付かない。
「そうして妹は、天の川の綺麗な夜に、生まれ育った里を後にしました。兄は………………」
長く間が開いた。弟子達は長の方を見られなかった。
「名前を与え、黙って彼女を見送りました。彼女の事にまったく興味を持たず、見捨てて放って置いた兄に、引き留める言葉など、言える訳が、なかった……」
焚き火がパチパチとはぜて崩れた。ノスリが無言で屈んで、転んだ薪を組み直す。
「貴方達には言う機会がありませんでした……というのは言い訳で、正直、言えなかったんです。あまりに不甲斐のない話で」
「いえ、今が話す丁度良い機会だったのだと思います」
ツバクロがぬるくなった紅茶カップを両手で抱えながら言った。
不甲斐のない話などではない。見事な先見の明だった。妹君が添った少年は、瞬く間に草原の人間世界を平定し、混沌に歯止めをかけたのだ。
「何も出来ない妹と仰ったけれど、凄いヒトに見えたです。馬も凄かったし」
ノスリが三人を代表するように聞いた。
「ああ、何十年か振りに会って私も驚きました。何があの子をあそこまで鍛えたのか。ただ、本人は知りません」
「えぇ、それ、ホントだったんですか・・」
「自分と比べる物がない環境で育ちましたからね。貴方達も変にちょっかい出さない方がいいですよ。加減を知りませんから」
「はい……」
思ったより一筋縄に行かない存在に育ってしまったのかもしれない。
ツバクロは、長が、自分達に蒼の長を継がせると宣言した日を思い出した。
反対する面々を前に長は、『血統外の者でも蒼の長を勤められるという前例を、作って置かねばなりません。子々孫々の為に』と述べた。
あの時は、自分が苦労をしたから子孫に同じ苦労をさせたくないのだろう、位に思っていた。
――違う。この先、長の能力を持つ者が安定して生まれて来る保証なんて、何処にもないんだ。現に強い術者は、昔に比べて減っている。
このヒトは正真正銘の蒼の長だ。ちゃんと物事の流れを、先の先の遥か遠くまで見渡せている。
そして、前長の急逝で散ってしまったパズルの欠片(かけら)を、見事に拾い集めて収めようとしている。
(今の時代に生まれてこのヒトの弟子になれて、何て運が良かったのだろう……)
木々がざわめき、女性の馬が二人を乗せて戻って来た。
子供は真新しい正装をまとっている。
「皇子サマみたいじゃん」
「あんま見ないで……」
女性は長と二言三言交わし、皆に深々と頭を下げて、飛び立って行った。
本当に、自分の立場をピシリと守っている。確かに気軽に会える感じではない。
「城と、逆方向へ行かれましたね」
「一足先に大陸に出向き、下準備をしておくのですよ。王があちらですぐ動けるようにね」
「へ……え」
「ツバクロ、この子を送りついでに、ちょっと隠密のコツを教えて貰って来たらどうです」
「いやいやいや、いいです!」
「『蒼の狼』の後は俺が継ぐの!」
子供が息巻いて、皆穏やかな笑顔になった。
この子供は確かに何かを壊した。
若者達の卵の殻と、大人の心の壁。
三人の青年は思う。
この子供と一緒に未来を築いて行こう。
自分達が心置きない存在になれば、長も家庭を持ち、あの女性も自分を責める事をしなくなるのではないか。
寂しい天の川も、明るい月と共にあれば、その寂しさは霞んで行くのではないかと……
~白い森 寂しい天の川・了~
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