金銀砂子・ⅩⅣ
文字数 2,327文字
「さてと、教える事はさっきので終いだ。じゃあな」
狼は踵を返した。
「え、待って! もっと教えて、お願い」
「俺様は、お願いされるのが大っ嫌いだ!」
狼は振り向いて牙を剥いた。
「お願いじゃなけりゃ、どうしたら……あ、ケイヤク? 魔性に何か頼むには『契約』って奴をすれば……」
一瞬で、狼が元いた場所からいなくなり、牙がトルイの喉に迫っていた。
「軽々しく契約なんて言葉を口走るんじゃねぇ! ガキが! ・・!!」
その言葉の最後、狼は後退りしていた。
トルイが剣を抜いて、両手で突き出していたからだ。
「言え! 母さんの救い方、イルの戻し方、言えよ!」
「宥(なだ)めたり脅(おど)したり、自分勝手だねぇ、人間はこうでなくっちゃ」
狼はクルリと回って普通の狼サイズにまで縮み、突き出したままの剣の背峰に飛び乗った。
何だか上機嫌だ。剣を向けられて喜ぶなんて、おかしな奴。
「有翼人の祖先もそうだった」
喜ばせてくれたご褒美なのか、鼻先を顔に近付けて急に語り出した。
「生まれた時から羽根がある奴は稀だ。もっと昔は全員にあったのかもしれんがな……
おっと、剣を下ろすと話をやめちまうぜ。頑張って支えていな。ちょいと長くなるがな」
「ぇぇ・・」
ニタリとする鼻先を睨みながら、トルイはプルプルと剣を握った。
「羽根のねぇ奴は欲しいわな。神に近付く護りの羽根。だが以外と簡単に手に入るんだ。寿命の終わる者が、子や孫の為に死後羽根になってやる。美しい話だ。それだけやってる間は平和だった」
「…………」
「ところがこの羽根、奪う事が出来る。そして、死に行く身内に頼らなくとも、人間でも誰でも羽根に変えられる儀式の方法を、誰かが構築しちまった。ほらお前さんも踏んだあの魔法陣」
「・・・・・・」
「後は争奪戦だわなぁ。いつの世も、欲をかいた強い奴が生き残る」
「あいつら、贄とか言っていた……」
「ああ、やっただろうな。何も知らない人間を拐って」
トルイは動揺する気持ちを抑えて、必死で剣を支えた。
「お前の背中の羽根は、ここにいる間はまだ戻せるから落ち着け。続けていいか?」
「……ああ……」
「そういうのに危機を感じた良心の残った連中が、一気に反旗を翻し、神殿を封印して山を降りた。後は分かるな」
「……うん……」
「蒼の妖精に対して此処(ここ)が禁忌なのは、封印されているのが祖先だからだ。万が一関わると、また敵対せにゃならん。同族の殺り合いが奴らには禁忌なんだ、魔のモノに身を落とす」
「…………」
「封じられた祖先は長い長い時間、肉体を亡くしても羽根への執着だけでここを漂っている。『羽根を持つ資質のある肉体』は喉から手が出る程欲しいだろうな。
分かったか、お前や妖精どもがここに近付いちゃいかん理由が。理解出来たら二度と来るな」
トルイは腕が溶けて崩れそうだった。支えていられなくなる前に聞いてしまわなくては。
「か、母さんも羽根があったの? ここで儀式をしたの? だから羽根が折れたら罰を受けなきゃならないの?」
「あいつのは、多分違う」
狼は、近しく知っているみたいな口振りだった。そしてトルイは気付かなかっが、ホンの少し身体を浮かせて猶予してやっていた。
「たまたま隔世遺伝で羽根を持つ資質があった。そこにたまたまあいつを守りたい死に行く魂があった。まったくの偶然だ。本人も多分知らん。羽根は力尽きて折れたら、ただ散って無くなるだけの存在だ。本来ならな」
「本来と違うの?」
「……未練があるんじゃねぇか?」
「羽根になったヒトが?」
「両方だ、お前の母親も」
「…………」
「お前は心当たりがねぇのか」
「母さんは、そのヒトについて何か隠してる」
「十分だ、後は自分で考えろ」
狼は剣を離れてやって、クルリと回って暗闇に着地した。
「あっ、イルを……」
「さっきお前が『要らない』と言ったろ。あれで儀式は反故になってる。ここを出たら元通りだ。ああ、『欲しい』と言い直せばその姿でおうちに帰れるぞ」
「俺の青鹿毛、赤毛の方が映えるし」
狼はカカカッと高笑いした。
「契約してもいいから、一つ質問に答えてくれ」
「あぁん?」
三白眼がまた睨み付けて来たが、今度はキレずに質問を待ってくれた。
「何であんた、そんなに詳しいんだ? 見た所、風の一族との関係もなさそうなのに」
「……まぁ、面白そうだったからな。ここには俺様の大好きな欲望がギュウ詰めだ。それに惹かれた魔物連中も賑やかだし」
「そう……分かった、ありがと」
「なんだ、それだけでいいのか?」
「うん、で、契約って俺、何をすればいいの?」
「いらんいらん、それっぽっちサービスにしておいてやる。じゃあな!」
去りかける狼に、トルイは一度つぐんだ口を思い切った感じで開いた。
「わざわざ調べてくれていたの? 母さんの為に」
狼の全身から炎が立ち上った。
「か え れ !!」
赤い獣が闇を歩いていると、前方に立つ影があった。闇の中にいて、内からの光が辺りを温もらせる。
「あいつはもう帰ったぞ。お前も早くここから出て行かんと、還り損ねるぞ」
「トルイさまのお母君に……」
イルアルティは胸に手を当てて、獣の銀の眼を真っ直ぐに見ていた。
「看病していた時、聞いちゃったんです。イル、馬鹿だから。皇子様の髪の毛なんであんなに真っ赤っかなんですか? って」
狼は下を向いて蒸せ返るように笑った。
「そりゃ大馬鹿者だ! 普通聞かんぞ」
「そしたら、そんな風に笑いながら……トルイにはお父さんが二人いるのよ、って」
「…………」
「血を分けてくれたお父さん、護りを授けてくれたお父さん」
「護り? 何かの間違いだ」
狼は吐き捨てるように言った。
「強い、狼の、護り、だって」
「・・へっ」
二人は闇に溶けた。
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