蒼と赤・Ⅷ

文字数 1,306文字

 墨将の放った魑魅魍魎(ちみもうりょう)が空に舞い上がる。
 動物の形をしたモノ、爬虫類の形をしたモノ、よく分からない毛むくじゃらのモノも。
 屋根上の二人の上に影を落として、一斉に襲い掛かる機を伺っている。

 しかし狼は、空よりも背後の気配に背筋をザワ付かせた。
「なんだ……?」
 後ろで小狼(シャオラ)が呪文を唱えている。
 剣が破邪の術力を吹き込まれてピリピリと震えるのが伝わって来る。

「お、おい?」
 声を掛ける前に、妖精は剣を頭上高くに掲げた。

 ――破邪!!

 術力ではち切れんばかりの剣が、思い切り撃ち下ろされる。
 破邪の光が三勺花火みたいに飛び散った。
 魍魎(もうりょう)どもも大鴉も一気に吹っ飛ぶ。

 赤い狼は?
 間一髪、屋根の反対側に張り付いて難を逃れていた。
「阿保ぉお――! 俺様まで祓う気か!」

「ご、ごめん」
 妖精の娘が謝る手の中で、剣にピシリとヒビが入り、ホロホロと崩れてしまった。

「ああ、やっぱりその辺に転がっていたような剣じゃ、もたないね」
 柄を投げ捨てて小狼は、残りの二本の太い方を抜いた。

 狼は無言で妖精を凝視する。
(何だ? こいつ、いつの間にこんな芸当が出来るようになった?)

 赤い狼とて、小狼をまったくの無能者だとは思っていない。
 痩せても枯れても蒼の妖精だ。長の血筋のようだし、太古の術を使う素養はあるのだろう。
 ただ、心身が子供のままなのが枷になっていただけだ。

「俺様の背に乗れ」
「いいの?」
「離れて闘って流れ弾に当たっちゃたまらん。ほら奴さん、まだおかわりがあるみたいだぞ」

 陰陽師が、もはや人間の声ではない音で呪文を発しながら、ムクムクと妖気を集めている。

 小狼は慌てて狼の赤い毛を掴んでよじ登った。炎が上がっているが、意外と熱くはないんだな、と思った。

 恐ろしい声の呪文が止まって、一瞬の静寂
 ――ジジジジ、ジジ・・!!!

 瞬間、墨壺が破裂したように、真黒な影が広がった。
 空全体が嵐の海のようにうねる。
 墨の波が四方から荒れ狂いながら襲って来る。

「振り落とされるなよ!」
 狼は小狼を背に、塔の屋根から跳躍した。
 直後、黒い波が塔の屋根を粉砕する。


 ***


 黒いうねりを掻い潜って、彼方に二つの光が見えた。
「奴の目だ」

 小狼は逆手に持った剣を水平に保ち、片掌(かたてのひら)を柄尻に押し当てた。
 術力は切っ先に集中する。

 うねりが鞭となって飛んで来るが、狼の炎が全て焼き付くした。
 二つの光が怯えの表情を示す。

 ――・・人がそこまで力を持ってはいけない・・

 狼は戦慄を覚えた。
 どチビの声か これ? 
 背中にいるのは……だ れ だ ??

 辺りが眩(まばゆ)い白に満ち、陰陽師の断末魔が空一杯に広がった。



 遠くの山に一条の朝陽が射し、薄い朝焼けの中に赤い狼が浮かんでいる。
 空の墨はきれいさっぱり消えていた。

「ああん、また剣が折れちゃった」
 狼が振り向くと、ボロボロになった剣を情けなさそうに見つめる妖精の子供。
 さっきのは…………何だ?

 急に周囲の音が耳に入り出した。
 地上でいつの間にか、見慣れた旗色の軍隊が、雀蜂のように城に雪崩れ込んでいる。

「おい、白馬の王子様のお出ましだぞ」



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登場人物紹介

妖精の女の子:♀ 蒼の妖精

生まれた時に何も持って来なかった

獅子髪の少年:♂ 人間

生まれた時から役割が決まっていた

蒼の長:♂ 蒼の妖精

草原を統べる偉大なる蒼の長を、継承したばかり

先代が急逝したので、何の準備も無いまま引き継がねばならなかった

欲望の赤い狼:?? ???

欲望を糧にして生きる戦神(いくさがみ)  

好き嫌いの差が両極端

アルカンシラ:♀ 人間

大陸の小さな氏族より、王に差し出されて来た娘

故郷での扱いが宜しくなかったので、物事を一歩引いて見る癖がついている

イルアルティ:♀ 人間

アルカンシラの娘  両親とも偶然に、先祖に妖精の血が入っている

思い込みが激しく、たまに暴走

トルイ:♂ 人間

帝国の第四皇子 狼の呪いを持って生まれる

子供らしくあろうと、無理に演じて迷走

カワセミ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は術に全フリ

他人に対して塩だが、長の前でだけ仔犬化

ノスリ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は剣と格闘

気は優しくて力持ちポジのヒト

ツバクロ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力はオールマイティ

気苦労の星の元に生まれて来た、ひたすら場の調整役

小狼(シャオラ):♀ 蒼の妖精

成長した『妖精の女の子』

自分を見る事の出来る者が少ない中で成長したので、客観的な自分を知らない

オタネ婆さん:♀ 蒼の妖精 (本人の希望でアイコンはン百年前)

蒼の妖精の最古老  蒼の長の片腕でブレーン

若い頃は相当ヤンチャだったらしい

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