白い森 ~寂しい天の川~・ⅩⅠ
文字数 1,887文字
岩山の天辺で、子供は膝を抱えていた。
二人の事は大好きだ。
好きなヒトと分かり合えないのは、そうじゃない奴に分かって貰えないより、ずぅっと辛い。
こんな気持ち初めて知った。生まれてこの方、分かってくれる者しか側に寄せ付けなかったからだ。
いつの間にかノスリが隣に居た。
「俺はお前が羨ましいぞ」
「…………」
「俺達三人な、長に弟子入りを志願した時、親族や教官には反対されたんだ。あんな血じゃ修行する価値もないって」
「え……」
「長は血に関係なく、やる気のある者を受け入れてくれた。その代わり、通常七年程掛かる修練所を半分で修めた。昼間正規の授業を受けて、深夜まで一コ上の勉強をするんだ。次の年、もう一つ飛び越したクラスに入る。俺はキツくて弱音を吐きそうだったが、ツバクロは年上の子に混じってずっと主席だったぞ」
「…………」
「正式に弟子に付いてからも、どんなに頑張っても出来ない事がある。長は出来る事だけ伸ばせば良いと言ってくれた。最初、カワセミが一番何も出来なかったんだ」
「え? まさか……」
「本当だ。身体が弱くてすぐにぶっ倒れる。何一つ満足に出来ない。いじけて拗ねては逃げ出す。脱落するだろうと誰もが思った。
でも長だけは思わなかった。逃げるのを追い掛けて捕まえては、根気よく地道な訓練をした。長だけは奴の本当を分かっていた。だから奴にとって長は絶対なんだ。奴が長中心の考え方になってしまうのは、許してやってくれ」
「あ、うぅん……」
ノスリは一息付いて、もう一度子供に向き直った。
「お前、長の名前、知っているか?」
「えっと?」
そういえば、母が兄を呼ぶ時も、『兄様』か『長』としか呼ばない。
「あのヒトな、名前が無いんだ」
「ええっ?」
「蒼の妖精に名前を授けられるのは長だけだ。あのヒトは名前も貰えないまま、自分が長になってしまった」
「えぇ…… それって、何とかならないの?」
「何ともならん。前例がないんだ。ここまで血縁が絶えた時代はなかった」
「…………」
「俺達は、お前のお袋さんの寂しさ辛さを分かっとらん。だがそれと同じに、お前も長の大変さを分かっていないんじゃないか?」
子供は胸に手を当てた。たまに母親のパォへ押し掛けて、のんびりと日和見話(ひよりみばなし)をして帰る長しか知らなかった。
「そうかも……」
「俺ら、早く一丁前になって、長の役に立ちたい一心で頑張っている。お前もそうだろ、早く母親を守れるようになりたい。一緒だ」
「ノスリさん……」
「俺らがちゃんと通じ合う事は、長とお前のお袋さんの為になるんじゃないか? そう思う、お前はどうだ?」
「……うん、そうだね、そうだ」
子供は八重歯を見せて微笑んだ。
砂利を踏む音がして、二人の妖精が星空を背景に歩いて来る。
ツバクロは熱い馬乳酒のポットを、カワセミは温めたカップを四つ持って。
「もうじき月が昇るからねぇ。天の川が見えなくなる」
カワセミが独り言のように呟きながら、カップを配った。
「天の川、見える内に話したかった」
そう話す彼の口調は、今までの突き放した感じとは少し違っていた。
四人、岩山に腰掛けて馬乳酒をすする。
「ずうっと前にさ、もう本当に修行が嫌になって逃げ出した。こんな風に満天の星の夜でさ。
例によって長に捕まって、でもその時はボクも結構追い詰められていて、キレて反抗したんだ。
そしたらね、長が急に静かになって、違う話をし始めた」
三人とも無言でカワセミを見ている。他の二人も聞いた事のない話なのだ。
「過去に、『何も出来ない』からって見捨ててしまったヒトがいる。何も出来ないけれど、存在するだけで構わないからと放って置いた。
そのヒトは、遠い所へ行って手が届かなくなってしまった。そして今も寂しい目をしている。もうあんな後悔は二度としたくない、二度と誰も見捨てたくないと」
子供はハッとして水色の妖精を見つめる。
「その時は、((勘弁して――!))って思ったけれどね。でも結果、今のボクがある訳で」
カワセミは一息付いて、空を見上げた。
「さっき唐突に思い出したんだ。あの夜も、長の後ろで天の川が凄く綺麗だった」
子供のみつめる水色の瞳は、霞のような星々を映している。今この時でない星も混じっているような気がした。
「長は妹君の事、ちゃんと話してくれていた。隠されてはいなかったんだ。僕達の事をどういう資質でも弟子に取ってくれたのは、そのヒトの存在があったからだよ」
他の二人も釣られて空を見上げた。
星々が慧砂の帯のように流れる地平が、薄ら明るくなって行く。
「月が昇ったら、命名の儀式をしようか……」
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