白い森 ~寂しい天の川~・ⅩⅡ
文字数 1,852文字
「起――き――ろ――!」
やっぱり子供は寝過ごしてしまった。
今回はノスリに毛布ごとひっくり返される。
洞穴から転がり出ると、ツバクロが焚き火を起こし、カワセミは朝の修練に行く所だった。
「来い・・ キミ、修練次第では何かの術が降りるかもしれない」
「えっホント? じゃなくて、はい!」
滑るように歩く水色の髪の後ろを、子供はバタバタと着いて行った。
湯を沸かすツバクロの横で薪を削りながら、ノスリが微笑まし気に見送る。
「俺、最初、長があの子を里に迎え入れる事に、結構ビビった。何を考えているんだ、って」
「ああ、実は僕も。あのヒト、慣例を無視して飄々と色んな事を変えて来たから。今度は何をやらかすんだ、って」
「長があの子をどうされるつもりなのかは分からんが。俺はあの子は好きだ」
「僕も好きだよ」
「そうですか、それは良かったです」
木々のざわめきの中に声がした。
二人が飛び上がって振り向くと、長い群青色の髪を揺らして、蒼の長が涼しげな顔で立っていた。
「お、さ、!」
「直接来られたんですか!?」
「早く貴方達に会いたくて、ダッシュで用件を済ませて来ました。何か飲ませて下さい」
「あ、あの、長……」
「最初に言っちゃいますが、
私から
あの子をどうこうするつもりはありません。お茶くださいな。喉がカラカラです」「は、はい」
ツバクロがカップに紅茶を注いで、長に差し出した。
「長、だけれどあいつ、中々のタマだ。人間の将軍だけに納めておくのは勿体ないですぜ」
「ふふ、ノスリは私と同意見ですね。あの子の落ち着き先は、彼の父親と話が着いているんですよ、あちち」
「はあ」
長の人脈って……
「北の草原台地の領主の席です。蒼の里のある所ですね。貴方達と彼と、仲良く平和に治めて行って下さいね」
「…………」
「…………」
二人の青年は口をパカンと開けた。そういう事ですかっ!
「仲良しになって貰えてとても良かったです」
長はすまして紅茶をすすった。
ツバクロがそぉっと切り出した。
「僕達、その……あの子の母親、長の妹君に、お会いしました」
長はカップから口を離して、二人から顔を背けて地面を向いた。ヒクヒクと肩を震わせている。
勝手に王都へ行った事を怒っているのか、妹君の事を想って涙を堪(こら)えているのか。
実は思い出し笑いを噛み締めているだけだが。
「そうですか、で、どうでした? 私の妹、どうでした?」
やっと顔を上げた長は、目をうるうるさせている。
「えぇ? えと、その、綺麗な方だなぁ、と」
思っていたのと違う質問をされて戸惑うツバクロ。
「綺麗だけれど、おっかなかったっス」
素直なノスリ。
「誰がおっかないの?」
カワセミが上半身裸のズブ濡れで戻って来た。
後ろから同じような格好の子供が着いて来るが、こちらは朦朧(もうろう)として足元が千鳥っている。
「おやおや」
「あ、長ぁ!」
「ちゃんと修練は欠かしていませんね、エライエライ」
長は立ち上がって、カワセミの濡れた髪をクシャクシャと撫でた。
子供はどんな修練をやらされたのか、フラフラで長にも気付けていない。
背中のタテガミを晒したまま、地面にグニャリと倒れ込んでしまった。
「お――い、長が見えているぞ」
「お、長、ふにゃ……」
立ち上がろうと頑張るが、手足に力が入らない感じで、うつ伏せたままアメンボのようにもがいている。
「珍しい弟子入りポーズですね。名前は貰えたんですか」
三人は顔を見合わせて子供に向いた。
「ほら頑張れ」
「名前ってのは自分で名乗るモンだろ」
子供は歯を喰い縛って顔を上げた。
「キ……キビタキ!」
言い終わるや、また地面にバタン。
「ほお」
長は三人を見回した。
蒼の里で鳥の名前を貰ったのはこの三人だけだ。彼らはそれを誇りに思っている。
しかもキビタキというのは三人にとって特別な鳥だ。
この子は相当好いて貰えたようだ。
「おや?」
長が森の入り口を見やった。
青年達も釣られてそちらを見て……
「ヒッ」
三人一緒に電気に弾かれたように飛び上がった。
森の入り口に気配もなく現れた、馬を連れた人影。
「あらら貴女、どうしたのですか?」
長が驚いた感じで立ち上がった。
逆光の中の冬空の髪、氷のような表情。件(くだん)のアイスレディだ。
昨日はローブ姿だったが、今日は真白い甲冑に身を包んでいる。
「かっけぇ……」
ノスリがポツと呟いた。
女性は朝の木洩れ日の中を静かに歩き、長の前まで来て、やにわに跪(ひざまず)いた。
「長、申し訳ありません」
「何かあったのですか?」
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