風の末裔・Ⅰ

文字数 2,685文字

 


 草原には時おり不思議が起こる。

 たとえば子供達が野駆けを遊んでいると、いつの間にか馬の数が増えている。
 あれ、と思って集まってみると、最初の人数。
 また遊びを始めると、やはり増えている。だけれど

はいない。

 あるいは夜に、一番下の子が友達の事を話し出す。
 その中に、誰も知らない子供の話が混じる。
 改めて問いただしても、子供はもうその子の事を覚えていない。

 そういう時は、『風の神様の子供が気まぐれに遊びに来ていたのだ』という事で終わらせる。
 そんな話は長引かせる物ではない。
 広い広い広い草原。そういう事だってあるのだろう位な認識。
 だって皆、この世の全てを知っているつもりではないから。




 草原を子供達の馬が駆けている。
 皆それぞれに三ツ又の棒を持ち、萱草を固く丸めた球を奪い合う遊びをしている。
 一人の子が球を棒に刺し、高く掲げて走り出した。皆も一斉に後を追い掛ける。

 馬が何もない場所で踏ん張って跳ぶ。後から来た馬も同じ場所で跳ぶ。
 子供たちは気にしない。
 それもよくある事なのだ。馬が

を避(よ)けて跳ぶのは。


「ああ、ビックリした」
 賑やかな集団が去って、地面の窪にうずくまっていた小さな女の子が、小さな愛馬と共に立ち上がった。
 走り去った子供達と明らかに違う姿形。
 丁度今の曇り空と同じ色の髪と瞳。霜がかかったような薄色の肌。
 この草原に昔から住まう、風の妖精の子供。

 人間からは見えない。『見えている波長が違う』らしい。この子にもよく分かっていない。
 姿を見せる術はある。けれどわざわざ人間に見られたい妖精なんていない。
 たまに自然に波長の会う人間もいるが、大概は幼児で、大きくなると忘れてしまう。
 古い人間の部族は風の神と呼び、処によっては信仰もされている。

 ただしこの子供は、神どころか味噌っかす。
「みんな行っちゃった……」
 一緒に妖精の里から遊びに出た仲間達は、上手に馬を操って、人間の間をクルクル飛び回りながら集団に着いて行ってしまった。
 体重のある人間に絡み付いて、どれだけ加速させられるかを競って遊んでいるのだ。
 この子が置いてけぼりになっているのなんて誰も気に止めない。
 それはそう。楽しい子供の時間なんてあっと言う間だ。着いて来られない子に構っている暇なんてない。

「一緒に馬に乗り始めたのに、皆すぐに飛ぶのが上手になったもの」
 女の子はしょんぼりして、隣の小柄な愛馬を見つめた。
 他の子の馬よりも一回り小さい。

 この子の部族『蒼の妖精』が駆るのは、人間の馬とは違う『草の馬』。
 文字通り草で編まれた身軽い馬で、これも人間からは見えない。
 里で編まれるこの馬は、妖精の子供が七つになると、一人に一頭宛がわれる。
 馬は主(あるじ)の資質に沿って成長し、術力の大きな大人ともなると、遥か空の色の変わる高みにまで飛び上がれるという。

 しかしこの子供は味噌っかす。
 空の色が変わる高みどころか、他の子が自然に使えるようになる飛行術すら満足に使えない。
 仕方なく長さまが、飛行術を助ける『金の鈴』を持たせてくれた。女の子はそれがないと満足に飛ぶ事も出来ない。

「いつ落としちゃったんだろ」
 里を出て、皆と一緒に風に乗っていた時までは確かにあった。
 人間の集団と一緒に遊び始めて、あっちこっち走り回っている内に、いつの間にか馬の首に掛けていた革紐が千切れて金の鈴がなくなっていた。
 置いていかれて初めて気付く体たらく。
「しようがない、私は役立たずの味噌っかす。せめて皆の楽しみの邪魔にならないようにしていよう」

 風の子供達はもうバラけて空高くまで駆けて行ってしまった。このまま自分がいないのに気付かずに里へ帰ってしまうのだろう。
 妖精の里は結界に守られていて、真上からでないと入れない。
 即ち空を飛べないとおうちへ帰れないのだ。

 馬は項垂(うなだ)れる主に、フルルと鼻を寄せた。
「ごめん、あんたも他の子の馬になれたら良かったのにね」


 空気が震えて、馬が耳を立てて顔を上げた。
 後ろで小さな蹄音。
 振り向くと、人間の馬がポクポクと歩いて来る。さっきの集団の後ろの方にいた一頭だ。
 粗末な鞍の上にひょろっとした男の子と、背中にしがみつく幼い妹。

(あっ、あの子)
 知った子だった。
 この子が小さい頃は妖精が見えていて、一緒に野駆けを遊んだりした。
 最近は幼い妹を連れているので皆に着いて行けないようで、今も妹をあやす為にああやって置いてけぼりになっている。

(優しいお兄ちゃん……)
 女の子は立ち上がって指を上げ、そよそよと優しい風を吹かせてあげた。
 数少ない出来る術の一つだ。背中の幼児は機嫌良く笑ってくれた。

「え――と、そこに居る?」

 唐突に男の子に声を掛けられ、女の子はびっくりして風を止めた。
 この子は大分前に妖精なんか見えなくなった筈。そろそろ記憶からも消えてしまう頃だ。

「居ないの? 居ると思ったんだけどな」
「いゆ、そこ、くしゃのなか――!」
 男の子にはやはり見えていないようだったが、背中の妹が言葉を話せるようになっていた。

(本当に人間の成長って早い……)

 女の子は黙って自分の馬に跨がった。
 風の妖精は、むやみやたらと人間と口を聞いてはならない。
 彼らの寿命は自分達よりずっと短く駆け足だ。下手に関わると急(せわ)しい人生の邪魔をしてしまう。
 関わっていいのは、長さまが決めた特別な場合だけ。里の掟で決まっている。

「あのさ、居るか居ないか分からないけれど、一応言うね。君の馬がいつも首に掛けていた『金の鈴』」

 去りかけていた女の子はビクンと揺れた。

「僕には見えなかったんだけれど、妹が、切れた革紐に付いた金の鈴が落ちていたって言うの」

 思わず声を出しそうになり、女の子は口を押さえた。慌てて身を乗り出して耳をそばだてる。

「引き返したら、通り掛かった集団がいて、その中の一人が拾ってしまったみたいなんだ。見えない何かを摘まんで掲げる動作をしたから。その時チリンって音が聞こえた気がした」

 ・・!!

「でもごめん、拾った子の顔とかちゃんと見られなかった。近寄っちゃいけない集団だったから。ほら、あっちの大きな街の奴隷の人達。石切場からの荷車を引いて帰る途中だったと思う。縄に繋がれて、すぐに引っ張られて行っちゃった」

 何もない窪地に向いて一通り喋ってから、男の子は不安そうに背中の妹を振り返った。
 妹は泣きも笑いもしないで、草原の地平をじっと見ている。そこに、まるで今しがた馬が駆け去ったような草の切れ端が舞っていた。





草原の子


妖精の子




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登場人物紹介

妖精の女の子:♀ 蒼の妖精

生まれた時に何も持って来なかった

獅子髪の少年:♂ 人間

生まれた時から役割が決まっていた

蒼の長:♂ 蒼の妖精

草原を統べる偉大なる蒼の長を、継承したばかり

先代が急逝したので、何の準備も無いまま引き継がねばならなかった

欲望の赤い狼:?? ???

欲望を糧にして生きる戦神(いくさがみ)  

好き嫌いの差が両極端

アルカンシラ:♀ 人間

大陸の小さな氏族より、王に差し出されて来た娘

故郷での扱いが宜しくなかったので、物事を一歩引いて見る癖がついている

イルアルティ:♀ 人間

アルカンシラの娘  両親とも偶然に、先祖に妖精の血が入っている

思い込みが激しく、たまに暴走

トルイ:♂ 人間

帝国の第四皇子 狼の呪いを持って生まれる

子供らしくあろうと、無理に演じて迷走

カワセミ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は術に全フリ

他人に対して塩だが、長の前でだけ仔犬化

ノスリ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は剣と格闘

気は優しくて力持ちポジのヒト

ツバクロ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力はオールマイティ

気苦労の星の元に生まれて来た、ひたすら場の調整役

小狼(シャオラ):♀ 蒼の妖精

成長した『妖精の女の子』

自分を見る事の出来る者が少ない中で成長したので、客観的な自分を知らない

オタネ婆さん:♀ 蒼の妖精 (本人の希望でアイコンはン百年前)

蒼の妖精の最古老  蒼の長の片腕でブレーン

若い頃は相当ヤンチャだったらしい

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