蒼と赤・Ⅱ
文字数 2,064文字
張り番の兵士に敬礼されながらテムジンが天幕に戻ると、床に敷物のように赤い狼が寝そべっていた。
黙って彼を避けながら、王はベッドに寝転んだ。
「バーカ」
「ほっとけよ」
「ホントにバーカ」
「だっていつまで経っても子供だし」
さっきと同じ台詞を王は口の中で呟く。
「なぁ、蒼の妖精が人間と寿命が違うのは知っているけれど、あんなに育たない物なのか?」
「さぁてな。あいつと会って何年経つんだっけか、見た目が全然変わんねぇな。蒼の妖精ったってそこまで長命じゃあない筈だが」
「何でだと思う?」
王は上物の穀物酒の封を開け、狼用の平たい盃に注いだ。
「もしかして里でないと成長出来ないとかの縛りがあるのかな。または人間の食べ物が良くないとか」
「知るか」
「…………」
困り顔のテムジンに弱いのは小狼(シャオラ)だけではない。
狼はフフン、と鼻を鳴らして考えてやった。
「場所も食べ物も関係ないと思うぜ。少数だが里の外で育つ妖精も居るし。まあ、ムラがあるんじゃないか? 偏った成長の仕方をするケースもあるらしい」
「どういう時?」
「必要に応じて成長が早くなるってのは珍しくねぇ。例えば今の蒼の長が就任した時は、見た目ほど年長けていなかった。だが遅いってのは、どういう必要があるんだか」
「……俺の役に立っちゃいけないのかな」
「役に立つって、あいつ、戦場は向いてねぇぜ」
「違うよ、妖精の血を持った子供が欲しいって事」
「阿呆ぅ!!」
狼が首を上げて、銀の眼を光らせて睨み付けた。
「そういう目的で人外に関わるな。ロクな事になんねぇぞ」
「何で? 俺の一族に妖精が見えるのは、先祖に妖精の血が入ったからだと聞いているぞ。交わって呪われたりはしないのだろう?」
狼はまた王をギロリとねめつけた。
自分が呪われていないとでも思っているのか・・?
小狼(シャオラ)はベッドにうつ伏せて身じろぎもしなかった。
テムジンが冗談の中に紛れ込ませた本音が刺さっている。
(本当に何で私、いつまでも子供なんだろう)
兄さまは成長するのが凄く早かった。
偉大な父親の後を引き継ぐ為、一日も早く成人になる必要があったからだ。
勉学も修練も寝ないでやって、父に厳しい事を言われながらも後を着いて回っていた。あれぐらいの根性がないと駄目なんだろうか。
自分は生まれもっての資質を何も持っていなかったから、兄の苦労を尻目にノホホンとしていた。だから今、罰が当たっているのかなぁ。
分からない。
ここには相談出来るヒトも居ない。
「はぁ~あ」
せめて偵察くらいはきっちり出来るよう、寝ておこう。
入り口に落ちた枕を拾いに行き、妖精の子供はパフンと横になった。
「こういうのはどうだ?」
こちらは眠れない面々。
赤い狼が口を開いた。
「蒼の長に手紙を書くんだ。それをどチビに頼んで届けさせる。あんたからの緊急の用事とか言って。中身は告げ口一色でいい。こちらの人外一族に侮られて毎度襲われそうになる事とか、今日も敵方の鴉に落とされそうになった事とか、とにかく危なっかしくて目も当てられないと」
「えっ、ちょ……」
「そんな手紙を読んで、長がどチビを返す気になるか、って事だ」
「良い手だけれど、パス」
「なんでだよ」
「小狼は側に置いておきたい。返すのは嫌だ」
「じゃあとっとと押し倒しちまえ!」
「出来る訳ないだろ! あの外見年齢で、どうしろっっってんだよ!」
狼は自分で自分に呆れていた。誇り高い戦神の俺様が、何でこんなくだらない与太話に付き合ってやらにゃならんのだ?
「それよりさっきの話。小狼、今日も危ない目に遭ったって?」
「ああ、もうあいつ使うのやめろよ。ヘボ過ぎて見ていられないわ。魔性使いを何とかするまで、偵察は俺様が行ってやるから」
「何か仕事を与えてやらないと、小狼すぐへこむんだ」
狼は思いっきり眉間に縦線を寄せた。
あのな、いつもの合理的で鮮やかな手腕の賢王はどこへ行った? なんであのドチビが絡む時だけ、こうもボンクラに成り下がる?
しかしやはり「勝手にしろ」と立ち去る事が出来ない。
この王の、ヒトを惹き付ける謎の磁力は尋常ではない。自分がこいつに興味を持っているのはそれもあるからなのだが、分かっていても術中に嵌まっていやがる。
「押し倒す、押し倒す…………はっ、そうだ!」
「本気でやるなよ」
「良い事思い付いた!」
眠気を通り越してハイになった脳ミソに閃くのは、ロクな事じゃない。
「ご用とは何でしょう。偵察ではなかったのですか?」
「うん、偵察は狼が行ってくれるから」
「……やはり私では至りませんか……」
「違う違う、小狼にはもっと大事な仕事が出来たの。小狼にしか頼めない事」
「どのような事でしょう」
「あのね、地元の部族から、俺ん所にお嫁さんを一人くれるんだって。その人が顔を見せに来るから、専属で護衛に付いて欲しいの。ほら、こんな事、小狼にしか頼めないからさ――」
妖精の娘の額に縦線が入り、ピシリと空気が凍り付く音がした。
上空で赤い狼が八の字に飛び回りながら叫んでいる。
「阿呆ぅ――――!」
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