白い森 ~寂しい天の川~・Ⅳ
文字数 2,121文字
「夏まで? じゃあ二ヶ月かそこら?」
ノスリが頓狂な声を上げた。
そういえば、弟子入りについて具体的な話は聞いていない。
人間は寿命が違うから急ぐ物だと聞いてはいるが、それにしても短かすぎると、二人の青年は眉根を寄せた。
「お前さん腰掛けで弟子入りするつもりか? 行くったって何処へ行くんだ?」
「た、大陸の南、遠征に……」
「遠征って、もしかして軍隊?」
「……うん」
「お前さんみたいな子供が?」
「…………」
ツバクロは口ごもる子供の肩に手を置いた。
「分かったよ、君もどこまで打ち明けていいのか分からないんだろ? 長が名前を授けろと言ったんだから、君に関する事だけはドシドシ喋ってくれても大丈夫だよ。君の事を知らなきゃ名付けようがない」
子供は仔犬みたいな目でツバクロを見上げる。
ツバクロはこうやって、理詰めでヒトの心を解きぼぐすのが本当に上手い。
すぐに手が出るノスリと、人見知りが服を着て歩いているカワセミには、不可欠な存在だ。
「そうだぞ、あんまり生意気だと、恥ずかしい名前を付けちまうぞ」
頭を小突くノスリに、子供は口を尖らせた。
「名前ってのは、本人よりも圧倒的に周りの者が使うんだ。恥ずかしい思いをするのは、長の前でその名前を呼ばなきゃならないノスリさん達だよ」
ノスリは豆鉄砲喰らった顔になり、ツバクロが吹き出した。
「確かにそうだ、一本取られたな」
焚き火を囲んで少しずつ話をし、子供の身の上が分かって来た。
どうやら何処か身分のある軍人の子息らしい。
戦場へ行くと言っても、一兵卒ではなく、父に着いて戦という物を学びに行くと。
「一度現場に出ると、もう子供だと言っていられない。どんな大局にも流されないよう、大きく広く物事を見据えられる者になりたいと思ったんだ」
それで、元蒼の妖精の師匠を通して、蒼の長に学びを求めたという。
「ふうん、お前、ただの生ガキじゃなかったんだな。立派な心掛けじゃないか」
ノスリは根が熱血なだけに、この子の生真面目な動機は気に入ったみたいだ。
「俺も聞いていい?」
子供が殊勝に膝を揃えた。
「ああ、だけれどお前の知りたい事はやっぱり長の管轄かと思うぞ」
「ううん、里の掟について」
「掟?」
二人の妖精は顔を見合わせた。
「蒼の里の掟って色々厳しそうだけれど……里を出奔するって、重い罪なの?」
「…………」
「ごめん、長に迷惑が掛かる事だったら忘れて」
「ああ、いや……」
説明は、里の書物を読み漁っている、理詰め担当のツバクロが引き受けた。
「長が出奔した者と交流している事を気にしているの? それなら大丈夫だよ、特に禁じられてはいないし」
「そう……」
「掟上(おきてじょう)は、『里を出て蒼の妖精の身上を放棄する』って事だったかな、出奔って。え―と、罪ではないけれど、責は負うと思うよ」
「責って?」
「里での存在を抹消される。勿論里には戻れないし、皆もなるべく話題にしないようにするから、まぁ最初から居なかったような扱いになるな」
子供が急に立ち上がった。
「おい?」
無言でスタスタと洞穴の方へ歩き出す。
おいおい、とノスリが手首を掴みに行って、びっくりした。
子供は俯(うつむ)いて、ぱたぱたと涙を落としているのだ。
「何でもないよ、ああカッコワル……」
「ど、どうしたの?」
焦るツバクロに向いて、子供は顔をぐいっと拭った。
「自分でも分かんない。何か急に……故郷で『最初から居ないヒト』になっていたなんて……ああ、また」
子供は二人に背を向けてうずくまった。
「ああもぉ、カッコワルイ、カッコワルイ!」
二人とも何も言えなくてしまった。
大切な師匠が、故郷で居ない者となっている……そう聞いただけで段階を通り越して、涙を溢れさせてしまうのだ、この子供は。
(ヒトの気持ちを考えろなんて偉そうに言えた立場じゃなかったな)
ツバクロは自分の杓子定規な言葉を反省した。
「師匠を見る事が出来るの、俺と親父だけなんだ」
子供は少し落ち着いて、話し始めた。
「人間だから先に寿命が終わる。俺達が居なくなったら、あのヒト、何倍もの長い時間を寂しく独りで過ごすのか……って急に思って、そしたら何か勝手に涙が出て来て」
「ああ――、なる程な、お前は優しい奴だな」
ノスリが子供の頭をワシャワシャと撫でた。
こういう時、腫れ物に触るような態度しか取れないツバクロと違って、素直に動ける彼は本当に頼りになる。
「なあツバクロ、俺らで、こいつの師匠が寂しくならないように協力してやろうぜ」
「うん、そうだね……」
ツバクロは直ぐには乗ってやれなかった。
一番早道なのは、自分達がその師匠というヒトと仲良くなる事だろうが……
(長が僕らに言わないって事は、僕らを関わらせたくないんじゃないのか? 第一、里を出奔したり、人間の子供に術を教えたり、どうも危ない思想の持ち主な気がする。この子にとっては良い師匠なんだろうけれど、あんまり関わりたくないなぁ)
というのが本音だ。
「でも、師匠は……」
子供が言いかけた所を、ツバクロがハッとして遮った。
上空の梢がザワめく。
――!??
夜行性でない筈の鳥が一斉に飛び立った。
「なに、なに?」
「森の奥だ?」
「カワセミ!」
ノスリが頓狂な声を上げた。
そういえば、弟子入りについて具体的な話は聞いていない。
人間は寿命が違うから急ぐ物だと聞いてはいるが、それにしても短かすぎると、二人の青年は眉根を寄せた。
「お前さん腰掛けで弟子入りするつもりか? 行くったって何処へ行くんだ?」
「た、大陸の南、遠征に……」
「遠征って、もしかして軍隊?」
「……うん」
「お前さんみたいな子供が?」
「…………」
ツバクロは口ごもる子供の肩に手を置いた。
「分かったよ、君もどこまで打ち明けていいのか分からないんだろ? 長が名前を授けろと言ったんだから、君に関する事だけはドシドシ喋ってくれても大丈夫だよ。君の事を知らなきゃ名付けようがない」
子供は仔犬みたいな目でツバクロを見上げる。
ツバクロはこうやって、理詰めでヒトの心を解きぼぐすのが本当に上手い。
すぐに手が出るノスリと、人見知りが服を着て歩いているカワセミには、不可欠な存在だ。
「そうだぞ、あんまり生意気だと、恥ずかしい名前を付けちまうぞ」
頭を小突くノスリに、子供は口を尖らせた。
「名前ってのは、本人よりも圧倒的に周りの者が使うんだ。恥ずかしい思いをするのは、長の前でその名前を呼ばなきゃならないノスリさん達だよ」
ノスリは豆鉄砲喰らった顔になり、ツバクロが吹き出した。
「確かにそうだ、一本取られたな」
焚き火を囲んで少しずつ話をし、子供の身の上が分かって来た。
どうやら何処か身分のある軍人の子息らしい。
戦場へ行くと言っても、一兵卒ではなく、父に着いて戦という物を学びに行くと。
「一度現場に出ると、もう子供だと言っていられない。どんな大局にも流されないよう、大きく広く物事を見据えられる者になりたいと思ったんだ」
それで、元蒼の妖精の師匠を通して、蒼の長に学びを求めたという。
「ふうん、お前、ただの生ガキじゃなかったんだな。立派な心掛けじゃないか」
ノスリは根が熱血なだけに、この子の生真面目な動機は気に入ったみたいだ。
「俺も聞いていい?」
子供が殊勝に膝を揃えた。
「ああ、だけれどお前の知りたい事はやっぱり長の管轄かと思うぞ」
「ううん、里の掟について」
「掟?」
二人の妖精は顔を見合わせた。
「蒼の里の掟って色々厳しそうだけれど……里を出奔するって、重い罪なの?」
「…………」
「ごめん、長に迷惑が掛かる事だったら忘れて」
「ああ、いや……」
説明は、里の書物を読み漁っている、理詰め担当のツバクロが引き受けた。
「長が出奔した者と交流している事を気にしているの? それなら大丈夫だよ、特に禁じられてはいないし」
「そう……」
「掟上(おきてじょう)は、『里を出て蒼の妖精の身上を放棄する』って事だったかな、出奔って。え―と、罪ではないけれど、責は負うと思うよ」
「責って?」
「里での存在を抹消される。勿論里には戻れないし、皆もなるべく話題にしないようにするから、まぁ最初から居なかったような扱いになるな」
子供が急に立ち上がった。
「おい?」
無言でスタスタと洞穴の方へ歩き出す。
おいおい、とノスリが手首を掴みに行って、びっくりした。
子供は俯(うつむ)いて、ぱたぱたと涙を落としているのだ。
「何でもないよ、ああカッコワル……」
「ど、どうしたの?」
焦るツバクロに向いて、子供は顔をぐいっと拭った。
「自分でも分かんない。何か急に……故郷で『最初から居ないヒト』になっていたなんて……ああ、また」
子供は二人に背を向けてうずくまった。
「ああもぉ、カッコワルイ、カッコワルイ!」
二人とも何も言えなくてしまった。
大切な師匠が、故郷で居ない者となっている……そう聞いただけで段階を通り越して、涙を溢れさせてしまうのだ、この子供は。
(ヒトの気持ちを考えろなんて偉そうに言えた立場じゃなかったな)
ツバクロは自分の杓子定規な言葉を反省した。
「師匠を見る事が出来るの、俺と親父だけなんだ」
子供は少し落ち着いて、話し始めた。
「人間だから先に寿命が終わる。俺達が居なくなったら、あのヒト、何倍もの長い時間を寂しく独りで過ごすのか……って急に思って、そしたら何か勝手に涙が出て来て」
「ああ――、なる程な、お前は優しい奴だな」
ノスリが子供の頭をワシャワシャと撫でた。
こういう時、腫れ物に触るような態度しか取れないツバクロと違って、素直に動ける彼は本当に頼りになる。
「なあツバクロ、俺らで、こいつの師匠が寂しくならないように協力してやろうぜ」
「うん、そうだね……」
ツバクロは直ぐには乗ってやれなかった。
一番早道なのは、自分達がその師匠というヒトと仲良くなる事だろうが……
(長が僕らに言わないって事は、僕らを関わらせたくないんじゃないのか? 第一、里を出奔したり、人間の子供に術を教えたり、どうも危ない思想の持ち主な気がする。この子にとっては良い師匠なんだろうけれど、あんまり関わりたくないなぁ)
というのが本音だ。
「でも、師匠は……」
子供が言いかけた所を、ツバクロがハッとして遮った。
上空の梢がザワめく。
――!??
夜行性でない筈の鳥が一斉に飛び立った。
「なに、なに?」
「森の奥だ?」
「カワセミ!」
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