白い森 ~寂しい天の川~・Ⅶ
文字数 1,651文字
ツバクロは針金みたいな固い毛を摘まんで、じっと見つめた。
「よし!」
「何を思い付いたの?」
「カッコ付けようとするから駄目なんだ。僕ら全員、情けなく黒虎に襲われればいい。タスケテ~って」
「はあ……」
「あの子の師匠の目の届きそうな場所で黒虎の分身(フェイク)を出してさ。出て来ざるを得ないだろ? キミは希望通り彼の術を見られる。あちらは助けに来たんだから遠慮しなくていい。僕らはお礼を言う為に、眼前まで行かなきゃならない。一石三鳥だ」
「ツバクロ、凄いな、キミがいれば里の未来は明るい」
森の奥の打ち合いの音が途切れ、灌木の枝の折れるパキパキという音が聞こえる。
「あの重量感はノスリだな。受けてやってるのか」
「ノスリには黙っていよう。間違いなく大根だし」
「ひどぃ・・まぁ、嘘の吐けない奴だものな」
一汗かいた二人が、晴れ晴れとした表情で戻って来た。
「お前、思い切りは良いがワンパターンだ。敵はお手本通りの動きばかりしてくれんぞ」
「うん、……あ、はい!」
「いつでも術が使えるとは限らん。ついでに剣も無い時の格闘術も教えてやろうか?」
「やったあ! ……あ、はい!」
剣を交えると何かが通じると言うが、まるで昔から知っていたみたいに打ち解けている。
世の中みんなノスリならどれだけ平和になる事か……二人とも、ノスリのそういう所には一生敵わないと思っている。
「所で、今話し合ったんだが」
ツバクロが畏まって子供に向いた。
「僕は今までの持ち場に仕事を残している。聞いたらカワセミも、中途半端にして来た所があるって言うんだ。それで、今日はもう鷹は来なさそうだから、一旦持ち場に戻ろうと思う。君も家まで送って行くよ」
「え、だって、長はここで待機して鷹を待てって……」
「大丈夫、一日程度で戻るし、鷹は僕らがいなけりゃノスリ達のいる湖の方へ行く。こんな森に君を一人で置き去る訳には行かないよ」
「…………」
午後一杯ノスリに指導して貰うつもりだった子供は、酷くガッカリ顔だ。
ツバクロは少し胸が痛んだ。
「カワセミ、何をやり残して来たんだ? まあお前が気になるんなら戻った方がいいよな」
計略を知らないノスリは素直に従ってくれ、カワセミもちょっと胸が痛んだ。
(後で、ツバクロがナイショにしている隠し酒の場所でも、教えてやるか・・)
「どっちに送る? 家の方か、それとも師匠の所か?」
「あ、師匠ン所に俺の青鹿毛を置いて来たんだ。王都の西側で降ろして欲しいです」
会話を聞いて、ツバクロはカワセミにGOOサインを出した。
無理に誘導せずに済んだ、計画の半分は成功したような物だ。
三騎は同時に風を呼び、一斉に地上を離れる。
編隊で飛んだ事がないという子供は、ノスリの後ろでワクワクした顔。
足元に白い森が小さくなる。
カンバの白っぽい葉と石灰岩の岩山が、緑の草原の中に浮かぶ島のようだ。
カワセミがノスリの馬にスッと寄せて、後ろの子供に話し掛けた。
「ねぇ、キミの長剣の柄のその赤い石、何か謂れがあるのか?」
「えっ」
カワセミから普通に雑談して来てくれた事に顔を輝かせ、子供は嬉しそうに剣を持ち上げた。
「師匠のお下がりだからよく知らない。珍しい石なの?」
「ボクの石と共鳴するか試してみたい。ちょっと貸して貰えるか」
子供は少し躊躇したが、飛んでいる間ならと、剣をベルトから外してカワセミに渡した。
カワセミは手首の石を剣に当ててみる振りをしながらさりげなく離れて行き、ツバクロにGOOサインを出した。
虎はどうやら『武器を持つ者』に向かって行く習性があるようだから、子供から剣を取り上げておく事にしたのだ。
よし、これで準備万端。
小袋を取り出しながらカワセミは、王都の西のこんもりした森を睨んで目を細める。
目一杯、目一杯、目一杯集中して、やっと微かな気配を感じる程度。今まで何度もこの辺りを飛んだのに、結界が張られている事にすら気付けなかった。悔しい、悔しい、忌々しい・・!
黒い固い毛を袋から掴み出し、念を込めてフッと吹く。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)