金銀砂子・ⅩⅢ

文字数 2,442文字

     

 真っ暗な中、上も下も分からない状態で、トルイは居た。地に足が着いている感触が無い。

「イル?」
 繋いでいた筈の手は離れ、返事もない。ただ、近くに彼女がいる気配はした。

 ――ほぉ・・

 低くエコーの掛かった声が上がった。

 ――羽根を持つ資質がある。だが純血ではない。
 ――しかし今となっては稀少。
 複数がざわざわと、好き勝手に話す気配。だが抑揚がなく無機質だ。

「誰だよ!」

 目の前の暗闇に、さっきのドクロと羽根を持った巨大な像が浮かんだ。次いで、他の人物のレリーフが数体、トルイを囲むように出現する。
 皆、背中に立派な羽根を持っているが、よく見ると複数の羽根を重ねているから分厚く見えているのだ。

 何にしても羽根の事を聞かなければ。
「あの、俺、折れた羽根の……」

 ――羽根が欲しいのだろう。
 ――羽根が欲しくてここへ来たのだろう。

「えと、ちょっと違くて」

 ――純血でもない分際で。
 ――純血でもない身で神に近付きたいか。

 言っている内容が分からない上に、エコーがかかり過ぎて耳鳴りがする。
「俺は、折れた羽根の治し方を聞きに来たの! 俺の母親が、羽根が折れて病んでるの!」
 やっと言えた。

 ――ほお。
 ――母親がいるのか。
 ――そちらは純血か?

 どうして大人ってこちらの言ってる事とは別の所に食い付くのだろう。
「純血とか知らないよ! 母親を、治す、方法、教えて、下、さ、い!」

 ――ではその羽根を母親に与えればよい。

「え?」
 いきなり身体のバランスが崩れた。
 後ろに倒れる? と思ったが、元々立っているのかどうかも分からない。

 さっきの廊下みたいに氷の鏡が何枚も現れた。皆トルイを映している。
「ええっ?!」
 背筋がザワッと震えた。
 鏡の中の少年の背中には、半透明の翡翠色の羽根があるのだ。
 たとえ羽根がなくても、トルイはそれが自分だと気付くのに時間が掛かった。
 だって、鏡の向こうの見知らぬ子供は……親父と同じ真っ黒な髪、母さんと同じはなだ色の瞳…… でも顔立ちは自分だ。服装も、手の中の剣も。

「どういう事? どういう……」

 ――よかったな、呪いは解けた。
 ――神の力に近い護りの羽根のお陰だ。
 ――あの娘に感謝せねば。

 あまりに沢山の事が降り掛かって来て、トルイは頭がどうにかしそうだった。
「呪い? 守り? 何だって? あの娘ってイル?」

 ――良い羽根になった。
 ――背中を合わせて儀式をしたろう。
 ――お前が連れて来た贄の娘。
 ――美しい羽根になってくれた。

「えええええ――!」
 トルイは血の気が引いた。背中のこの羽根がイルだって!? なんで、どうして!
「待って待って、違う、間違いだ! イルを元に戻して!」

 ――なんと、折角の羽根を。

「違う、違くて、俺、羽根なんか要らないから!」

 ――・・・・・・

「イルは贄じゃない、間違いです、元に戻して! あと母さんもそんな羽根なんか欲しくないと思うから、具合を良くする方法だけ教えて下さい」

 レリーフ達は長らく黙っていた。
 が、トルイに聞こえないように自分達だけで何やら相談しているのが分かる。
 トルイは彼らの羽根をじっと見た。
 この羽根も誰かを贄にして得たのだろうか。一人でこんなに沢山…………

 ドクロ持ちのレリーフがやっと喋った。
 ――お前の母親をここへ連れて来るがいい。折れた羽根を接いでやろう。
 ――その時、お前の羽根も元の娘に戻してやろう。

「……今、戻してくれないの?」
 トルイは慎重にゆっくりと聞いた。

 ――今戻すと、再びこの神殿を訪れた時、入り口で難儀する。
 ――その本来の姿も、一度母親に見せたかろう。

「…………」

 ――だがお前は一つやらねばならぬ事がある。
 ――羽根を持ってこの空間を出るには、羽根を要らないなどと口に出してはいけなかった。
 ――さあ、一度声に出して言うだけでよい。羽根が欲しいと。



 ***



「子供騙したぁ、まさにこの事だな!」

 良く通る声が響いた。

(何度か聞いた声?)
 思う間もなく、上方に炎が渦巻き、入り口で会った炎の狼が現れた。

「どチビが、帰れっつったろが!」

 ――獣、邪悪な。
 ――穢らわしい。
 ――子供よ、お前の呪いの元凶だ、相手にするな。

 トルイは炎を揺らめかせる獣を見上げた。 ……呪い……

「ふん、どぅでもいいけどよぉ。そこのガキに教えたおく事が、ふたぁつ程あるんだわ」

 闇に並んでいた鏡が砕け、破片が切っ先を光らせて狼に飛んだ。
 狼はそれらをヒョイと避けながら
「『欲しい』って言っちまうと、羽根は二度と娘に戻れない!」
 叫んでトルイの頭上を飛び越した。

 ――聞くな、耳を塞いでいろ。
 ――出鱈目だ。

 追い立てるように鏡が砕け、破片が渦を巻いて狼を襲う。

「それと、折れた羽根を接ぐ術(すべ)なんかない!」
 飛んで来る破片を避けながらも狼は、トルイの目をしっかり見て叫んだ。

 ――黙れ黙れ黙れ!
 ――獣が、邪悪な獣!

 レリーフ群が轟音を立て、狼に向けて倒れる。
「おっと?」
 流石に少々たたらを踏んだ所で、残りの鏡が一斉に砕けて狼を囲んだ。

 !!!!

 半透明の翡翠の羽根が狼の目の前に広がった。
 避け損ねた破片を、トルイの剣が叩き落としたのだ。
 そうして剣を上げ、最後に残ったドクロを持つ像に、ピシリと切っ先を向ける。

 へっ……と炎の息を漏らし、狼は口の片端を上げた。

 ――子供よ、気でも振れたか。

 トルイは剣を振り上げた。
「ワンワンうるさい!」

 思い切り撃ち下ろした剣から破邪の光が弾け飛び、像は呆気なくかき消された。
 辺りはシンと静寂に包まれる。


「ふぅん」
 赤い狼がニヤニヤしながら、暗闇の空中を歩いて来た。
「ショボい魔法だな」
「さっき呼んでくれたの、あんただろ」
「お偉い有翼人サマより、何で邪悪な獣を信用した? 赤毛の皇子さん」

「あんたを信用したからじゃない。ただ……」
「ただ?」
「大勢で来て口々に喋る連中は、相手にしちゃいけない」
「誰が言った?」
「親父」

 狼は口を耳まで裂いて笑った。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

妖精の女の子:♀ 蒼の妖精

生まれた時に何も持って来なかった

獅子髪の少年:♂ 人間

生まれた時から役割が決まっていた

蒼の長:♂ 蒼の妖精

草原を統べる偉大なる蒼の長を、継承したばかり

先代が急逝したので、何の準備も無いまま引き継がねばならなかった

欲望の赤い狼:?? ???

欲望を糧にして生きる戦神(いくさがみ)  

好き嫌いの差が両極端

アルカンシラ:♀ 人間

大陸の小さな氏族より、王に差し出されて来た娘

故郷での扱いが宜しくなかったので、物事を一歩引いて見る癖がついている

イルアルティ:♀ 人間

アルカンシラの娘  両親とも偶然に、先祖に妖精の血が入っている

思い込みが激しく、たまに暴走

トルイ:♂ 人間

帝国の第四皇子 狼の呪いを持って生まれる

子供らしくあろうと、無理に演じて迷走

カワセミ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は術に全フリ

他人に対して塩だが、長の前でだけ仔犬化

ノスリ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は剣と格闘

気は優しくて力持ちポジのヒト

ツバクロ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力はオールマイティ

気苦労の星の元に生まれて来た、ひたすら場の調整役

小狼(シャオラ):♀ 蒼の妖精

成長した『妖精の女の子』

自分を見る事の出来る者が少ない中で成長したので、客観的な自分を知らない

オタネ婆さん:♀ 蒼の妖精 (本人の希望でアイコンはン百年前)

蒼の妖精の最古老  蒼の長の片腕でブレーン

若い頃は相当ヤンチャだったらしい

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み