白い森 ~寂しい天の川~・ⅩⅢ
文字数 1,867文字
「遠征が早まったのです大陸で急な動きがあって」
「それは、また……」
「急ぎ出立(しゅったつ)せねばなりません。トルイも、初陣は発表されています。父と共に国民の前に立って宣誓をせねばなりません」
「そうですか……それは、仕方がないですね。今回の弟子入りは見送りにしましょう、残念ですが」
三人の青年はハッとして、うつ伏せたまま意識を失くしている子供を見た。
あんなに楽しみにしていた弟子入りを取り止めて、戦争に行ってしまわねばならないのか……
「まあ、トルイ」
女性は弟子達の陰になっていた我が子をやっと発見した。
「だらしのない、長の御前で!」
「わぁあ!」
カワセミが弾かれたように子供に被さる。
「ボクがシゴキ過ぎたの、ビンタは勘弁してやって!」
ノスリもその前に立ちはだかった。
「昨日から飛ばし過ぎたんだ。こいつ吸収が早いからつい熱が入って、すんません!」
ツバクロは一歩前に出る。
「この子は僕の弟弟子です。不備があるのなら、あ、兄弟子の僕に、せ、責任が、ありまひゅ」
ちょっと噛んだ。
弟子達に見えない後方で、長が目を三日月にしてニコニコと眺めている。
女性は口の端を震わせて、何かを懸命に抑えているようだ。
ツバクロは歯を喰い縛った。
しかし子供が目を覚ましたので、女性の意識はそちらへ行った。
「ふわ…… あれ、母さん?」
「遠征が早まったのです。急ぎ城へ戻らねばなりません」
「え、えぇっ?」
「今回の弟子入りは見送りとなりました。帰宅の準備をして来なさい。出陣に際して『初陣の皇子』の顔見せがあります。貴方がいなくては始まりませんよ」
「は、はい……」
子供は三人の方を哀しそうに見てから、千鳥足で洞穴へ駆けて行った。
三人はというと、女性が今言った言葉の中身に、やや凍り付いている。
長が改めて女性の隣に来た。
「本当に残念です。皇子として世間にお披露目してしまうと、そうそう自由もなくなる。今回が良い機会だったのに」
「大陸から帰ったら……もしかしたら何年か先になるかもしれませんが、またお頼み致します」
「ええ。貴女も病み上がりなんだから無理をしてはいけませんよ」
女性は少しだけ目をしばたいた。
子供が身支度を整え、三人の青年の前に来た。
「えっと、ありがとう、ございました……カワセミさん、ノスリさん、ツバクロさん……」
「おう、俺らの事はもう、さん付けで呼ばなくてもいいぞ。同じ名を持つ仲間だ」
子供の堪(こら)えた目の下が、ブワッと膨らんだ。
それを見ていたツバクロが、意を決したように女性の前に駆け出た。
「あ、あの! 出陣式と、その後、大陸の砦に居ればいいんですよね!?」
女性は固まった表情で癖っ毛の青年を見つめている。
今度こそビンタが飛んで来るかもしれない、しかしビンタの一つ二つ受ける覚悟だ。
「大陸までの移動に何十日も掛かるでしょう? そのタイムラグに、少しでも蒼の里で勉強出来ます!」
「ほぉ、そしてその後は?」
長が口を挟んだ。
「僕が砦まで送ります。僕が風を読んだら、どんな草の馬よりも何倍も速い。長もご存知でしょう? だから、えっと、大陸まで飛ぶ許可を、下さい……」
「順序が逆でしたね。宜しいでしょう、許可します」
言いながら女性に向き直る。
「・と言う事です。どうです? このツバクロなら、二人乗りでも大陸の砦まで半日掛からずに飛べます」
女性は氷の像のように微動だにしない。
子供はすがるような目で彼女を見上げる。
やがて女性は目を臥せて、ツバクロに深々と頭を下げた。
「宜しく、お頼み致します」
「あ、いえ、はいっ」
テンパる青年に背を向け、女性はスタスタと自分の馬に向かって歩き出した。
子供も慌てて着いて行く。
「ここで待っていますよ、式典なんて面倒な物、チャッチャと済ませて来て下さいね――」
長が朗らかに声を掛け、女性は鞍上で目礼して、子供と共に飛び去った。
(あの子、色んな物を堪(こら)えるのに、一杯一杯でしたねぇ)
「お~さぁ~~」
しみじみしている長の後ろから、三人の弟子が折り重なって抗議の目で圧を掛けている。
「キビタキの父親が帝国の大王だなんて聞いてませんよぉお――!」
「あのガキンチョ、皇子サマかよぉ」
「あのヒト、大王の妃なんダ・・」
「まあまあ、丁度時間も出来ました。ちょっと座りましょう。ノスリ、焚き火が消えそうですよ。ツバクロ、お茶を入れて下さい。カワセミ……」
長はまだ上半身裸のままの弟子に、上衣を掛けてやりながら言った。
「あの子は妃ではありません。王の子を一人送り出したけれど……それだけです」
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