金銀砂子・ⅩⅡ
文字数 1,981文字
とにかく結果だけ見ると、神殿の入り口は開いた。
さっきの事を考えると足を踏み入れるのも躊躇(ためら)われるが、行く以外にない。
「神殿っていうと、奥に本殿があったりするんでしょうか」
「イル、そっち半分気を付けていてくれよ」
エントランスの階段を上り、広いホールに出る。いきなり奥に向かって真っ直ぐな廊下。
枝道は一切無さそうだ。
「嫌な作りだな」
「奥に……行くしかなさそうですね」
二人並んで、ゆっくりゆっくり氷の廊下を歩く。
外の風の音すら遮断されているようで、静か過ぎて不気味だ。
床も壁も鏡のようにツルツルで、二人の姿を二重三重に写し出す。
トルイは緊張して息が詰まって来た。
「ほっぺ、やっぱり痛かったですか?」
「違うって! 何故それをそんなに気にする!?」
「皇子様だから、ほっぺパチンされた事ないかなぁって」
「ほっぺパチンて……」
「イルのおうちではそう言って、我が儘言ったり悪い事をしたらパチンってされるの」
「親父さんが?」
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも。イル末っ子だから一番一杯される」
「…………」
「された事ない?」
「ないな。頬を張られた事はあるけれど」
「お父さんに?」
「母さん。俺が小さい頃、勝手に草の馬に乗って飛びそうになった時。俺も浮かぶと思っていなかったし」
「わあ・・」
「母さんのあんな怖い顔見た事なかった。俺、吹っ飛んだもん」
「その後ヨシヨシしてくれた?」
「ないよ! 何だよそれ、こっ恥ずかしい」
「イルんちでは、泣きべそしてたらヨシヨシされるよ。末っ子だから一番一杯される」
「俺は泣きべそなんかしない!」
何だか喋っている内に気味が悪いのも吹き飛んで、歩幅が大きくなって行った。
イルは本当に規格外なのだ、色んな意味で。
グングン歩いて、とうとう両開きの大きな扉に突き当たる。
天井まである重そうな扉。
頷(うなず)き合って、片側の取っ手を二人で協力して押したり引いたりした。
固い。当たり前だ、どれだけの時間締め切りだったのか。
それでもやっと少しの隙間を作り、人の通れる隙間をこじ開けた頃には、随分時間が経ってしまっていた。
「はあ、ふう、ちょっと休む?」
「王様達に言われたタイムリミットがあります。行きましょう」
トルイを先頭に、隙間から身体をねじ込むと、内部は以外と明るかった。
天井の円いドームから中央に光が降り、肩で息をしている二人の吐息がやけに響き渡る。
けっこうな広間で、奥には祭壇。
やはり神殿の本殿なのだろうか、壁一面に何やらレリーフが刻まれている。
「見て……!」
イルが掠れた声で叫んだ。
レリーフは羽根のあるヒト達の絵柄だった。大きな鳥のように厚みのあるたっぷりとした羽根を持つ、有翼人。
「やった! やっぱりここで正解だったんだ!」
後は、そう、この部屋をくまなく調べよう。
どこかに文字があるかもしれない、それともレリーフに何かヒントは?
キョロキョロしているトルイに、イルが寄り添った。
「このレリーフ、何だかおっかないです」
「そう?」
「生きているみたいで……」
「まさか、怖い事言うなよ」
「
あのヒト
なんて特に……」イルが視線で指した先、祭壇の真後ろに、一際大きい像が立っていた。こちらはレリーフでなく立体だ。
右手にドクロ、左手に一本の羽根を持ち、他の物に比べて確かに生々しい。
「他のより精巧に作ってあるからだよ。そんなに言うなら風の魔法で問い掛けてみる? 何か反応したら儲け物だし」
「でも……」
「何かやらなきゃ進まないだろ。ああ、よく見るとこのホールの床の中心、太陽の標じゃないか。
いかにも
だな」一歩踏み出すトルイを、イルが引っ張った。
「イルがやります。何かあったら助ける役は、トルイさまの方が頼りになりますから」
「そう? うん……」
確かにそうではある。
イルは太陽の標に立ち、石像に向いて柘榴石の杖を掲げる。
トルイは剣を構えて背中合わせに立ち、剣に術を含ませて、何かが飛んで来ても対処出来るように身構えた。
「いいぞ」
イルが教科書どおりのきれいな呪文を唱える。
風が渦巻いて、祭壇の像だけでなくレリーフ達も撫でた。
何か起こるのか?
起こらないのか?
何かが起こり過ぎるくらい起こった
!天井がザワザワとどよめき、降りていた光が陰った。
次いで黒い塊がシュンシュンと飛び回る。
――羽根ヲヨコセ
――ハネ、ハネヲ・・
黒い影の一つがトルイ目掛けて降って来た。
「は、破邪!」
慌てて呪文を唱えて剣を振るが、水を斬ったみたいな感触だ、やっつけた気がしない。
天井の魔物は増えて行く。
床にも黒いもやが湧いて来た。
まずい、まずいまずい・・!
――こっちだ!
喧騒に混じって明確な声がした。
――走れ!
トルイは後ろ手でイルの腕を掴んで、声の方へ駆け出した。
途端、床が消えて足が空を切った。
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