金銀砂子・Ⅸ

文字数 1,494文字

 
 夜中の森を掻き分けて、徒歩でパォに近付くトルイ。
 どんなに叱られたって、縁を切られたっていい。母さんの草の馬が必要だ。

 パォの灯りは消えている。
 オタネ婆さんもイルも寝静まっているのだろう。
 母さんの馬は、いつもあの辺りで休んでいる筈……

 身を低くして歩いていて、太い灌木にぶつかった。
 こんな所に木なんかあったっけ?
 ・・見上げると、二つの鋭い光!?

 尻餅を付いたトルイの前、灌木のような太い前肢でヌッと立つのは、母の馬ではない。
 蒼の長の愛馬『闘牙の馬』が、爛々(らんらん)と光る目で皇子を見下ろしている。
「え? 長はまだ居るの?」

「いえ、蒼の長様が置いて行かれたんです」
 馬の後ろからイルがひょいと顔を出した。
「皇子様が草の馬を盗みに来るだろうから、こちらの馬の方が力があっていいでしょうって」

「ぬ、盗むって人聞きの悪い。ちょっと借りるだけ……」

「王様は、皇子様が何をしようとしているか、ご存知なようでした」
 イルがスィと差し出した包みは、母の白銀の剣。
「三日だけ待つ、明後日の日の入りまでに必ず戻れって仰っていました」

「……親父、長……」
 剣を受け取り、トルイは目を閉じて感謝を念じ、そしてキッと顔を上げた。

 馬の腹帯を締め直し、決意新たに、勢いを付けて跨がる。
「行くぞ!」
「行きましょう!」
 後ろにイルがチョコンとよじ登る。

「待て待て待て! お前は降りろ、 何考えてんだ!」
 振り向いたトルイは、イルの手の中にある杖を見て、しゃっくりしたみたいに息を呑んだ。
 エンジの柘榴石が先端に付いた、オタネ婆さん愛用の杖。

「ガ、ガメて来たのか?」
「まさか人聞きの悪い。ちょっと借りて来ただけです」
「…………」

「今から行く所は、妖精さんにとっては禁忌の山なんでしょう?」
「……何で知っている?」

 禁忌の地、風出流山(かぜいずるやま)。
 長持ちの底に残されたその書物に、トルイは酷く引き込まれた。
 羽根を失くした有翼人が、山で新たな羽根を授かる、何て事はないお伽噺(とぎばなし)。
 
 しかし書物にある地図が、現実の地図と同じなのだ。山も、名前は違うがちゃんとある。
 普通の馬ではとてもたどり着けない高山。だけれど草の馬なら可能かもしれない。
 そう思うともう、そこへ行く事しか考えられなくなった。

 だが妖精の禁忌の地だと記されている。
 何か理由はあるんだろう。意味もなくそう呼ばれたりはしない。
 相談したってきっと反対される。だからこっそり行こうとしたのだ。

「ただ俺が惹かれただけなんだ。骨折り損の可能性の方が高いんだぞ」
「でも行くんでしょう?」
「…………」

「皇子様」
 イルはシンと畏(かしこ)まった声を出した。
「長様達は、皇子様に、何も期待していません。ただ気の済むようにやらせてあげたいだけ。闘牙の馬を置いて行ったのは、皇子様を守らせる為だと思います」
「…………」

「でもイルはそうは思っていません」
 顔を上げてきっぱり言う娘に、トルイは一瞬気圧された。
「皇子様、最初に草原で逢った時、どうしてイルを追い掛けたんですか?」

「えっ、いや、そう聞かれても、何となく、面白そうだったから」
「それが答えです、皇子様の『何となく』は、凄いんです」
「ちょっ、待っ、何でそんな自信満々……」
「誰が何と言っても、イルは、イルを見付けた皇子様を信じます」


 結局押し切られて一緒に出発した二人を、パォの陰からテムジンとオタネ婆さんが見上げていた。

「すげぇな、あの屁理屈。婆さんが仕込んだの?」
「まあ、儂の弟子じゃでな。しかし小悪童(わっぱ)が、本当に山の情報を調べ上げるとは思わなんだ」
「まあ、俺の子だもん」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

妖精の女の子:♀ 蒼の妖精

生まれた時に何も持って来なかった

獅子髪の少年:♂ 人間

生まれた時から役割が決まっていた

蒼の長:♂ 蒼の妖精

草原を統べる偉大なる蒼の長を、継承したばかり

先代が急逝したので、何の準備も無いまま引き継がねばならなかった

欲望の赤い狼:?? ???

欲望を糧にして生きる戦神(いくさがみ)  

好き嫌いの差が両極端

アルカンシラ:♀ 人間

大陸の小さな氏族より、王に差し出されて来た娘

故郷での扱いが宜しくなかったので、物事を一歩引いて見る癖がついている

イルアルティ:♀ 人間

アルカンシラの娘  両親とも偶然に、先祖に妖精の血が入っている

思い込みが激しく、たまに暴走

トルイ:♂ 人間

帝国の第四皇子 狼の呪いを持って生まれる

子供らしくあろうと、無理に演じて迷走

カワセミ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は術に全フリ

他人に対して塩だが、長の前でだけ仔犬化

ノスリ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力は剣と格闘

気は優しくて力持ちポジのヒト

ツバクロ:♂ 蒼の妖精

蒼の長の三人の弟子の一人  能力はオールマイティ

気苦労の星の元に生まれて来た、ひたすら場の調整役

小狼(シャオラ):♀ 蒼の妖精

成長した『妖精の女の子』

自分を見る事の出来る者が少ない中で成長したので、客観的な自分を知らない

オタネ婆さん:♀ 蒼の妖精 (本人の希望でアイコンはン百年前)

蒼の妖精の最古老  蒼の長の片腕でブレーン

若い頃は相当ヤンチャだったらしい

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み