金銀砂子・Ⅳ
文字数 1,773文字
・・
・・・・
イルは目を開いた。
頭がワンワンする。
地面に叩きつけられたと思ったけれど、衝撃はなかった。
感覚が無くなる程叩きつけられたの? と怖くなったが、そうでもないみたい。
辺りにキラキラが舞っている。
陽に透けて……何これ? ……羽根……?
空を背景に駆けて来る、青鹿毛と兜の少年。
その向こうにイルの馬、それともう一頭…………緑色の馬??
「母さん――!!」
耳鳴りがやんで音が戻り、少年の悲壮な叫び声。
「母さん、大丈夫か? 母さん!」
イルの胸に白い腕が交差している。
振り向いてやっと把握した。
後ろから抱きかかえて下敷きになってくれたヒトがいたのだ。
空みたいな青い髪の女のヒト。
振り向いたイルに、無理をした感じの笑顔を作ってくれた。
が、額から赤い血の筋が流れている。
「どけよお前、早くどけ! 母さん・・!」
少年に怒鳴られて、イルは慌てて横に転がった。自分自身は何の怪我もしていない。
「トルイ、静かに」
女性がピシリと言った。それから優しい声をイルに向ける。
「大丈夫? 貴女」
「は、はいっ、大丈夫です、どこも大丈夫。あの、あのあの……」
女性は仰向けのまま痛みで動けない風で、どんどん青ざめて行く。
少年は兜を脱いだ。今にも泣き出しそうだ。
「大丈夫ですよ、トルイ、しゃんとしなさい」
「でも……」
「この娘はまだ風を使う事も制御する事も知りません。気付いてやらねばなりませんでしたね」
イルに言うのとは打って変わって厳しい声。
トルイと呼ばれた少年は赤い髪を顔にかけて項垂れた。
「……ごめん……」
「私(わたくし)の責任でもあります。こんな事を頼んでしまったのは私です、ごめんなさいね」
「えっ、いえいえいえいえ!」
イルは慌てて頭(かぶり)を振った。
「私が悪い。正々堂々勝負しろって迫ったんです」
女性はキョンとイルを見た。
「そうだよ、母さんに言われたからじゃない。俺がこいつと約束したんだ。正々堂々勝負するって」
まあ……という顔で、女性は二人を見比べる。いつの間にそんなに近付いたのか、この子達。
「あの、これを」
イルが自分の頭に巻いていたスカーフを外して、女性の額の傷を押さえようとした。
墨を流したような真っ黒い髪がクルクルとほどけて背中を流れる。
途端、女性の表情が止まる。はなだ色の瞳からはらりと滴が溢(こぼ)れた。
「アルカンシラ・・!」
***
イルが聞いた事もないその名前を、街から馬に乗ってやって来た身分のありそうな男の人も、凍り付いたように呟いた。
男性はすぐに馬を降りて、黙って女性の額の傷を診た。
「蹄に引っ掛けられたか。縫わなきゃね……立てる?」
女性は力なく首を振る。
見ると、右足首も腫れ上がってダランとなっている。
どんな風に受け止めたかをトルイが説明し、男性が簡単に調べただけでもあちこち傷めている事が分かった。
イルはただオロオロする。
どうしていいか分からないし何も出来ない。
「ちょっと我慢して」
男性は思い切りよく女性を抱き上げ、緑の馬に押し上げた。そして自分もその後ろに跨がり、女性を懐に抱えた。
「飛行術、行ける?」
「はい」
女性は玉汗を滲ませながら、手を伸ばして馬の背峰に触れる。
馬の身体を作っている草がザワザワと膨らんだ。
そのまま馬は垂直にすうっと上がる。
「西の森へ運ぶ。トルイ、そこのお嬢さんを城の客間に案内して。丁重にもてなすよう指示してから、お前も森へ来なさい」
「はい……」
緑の馬はそのまま上昇して西の方へ飛んで行った。
イルは茫然と見つめている。
「行くぞ」
トルイが兜を被って、尾花栗毛も連れて来たが、イルは動かない。
「俺が悪かったんだ。お前が何も出来ないのを気付いてやれなかった。母さんの言った通りだから」
「分かんない……」
「分からなくていい」
「風の制御って何? あの女のヒト、誰? あの緑の馬、何なの?」
「ワルい、どれも語るのを止められている事ばかりだ」
「アルカンシラって誰!?」
「俺だって知らないよ!」
トルイは半泣きで言うことをきかない女の子を持て余し出した。
「ひとつだけ教えられる事がある。お前、トンでもない勢いで投げ出されたんだ。風の魔法なんかじゃ全然止まらないくらい。あのヒトが飛び付いてくれなきゃ、今頃そうやってベラベラ喋っている事も出来なかったさ!」
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