第二二章 【ヒビキ】

文字数 1,760文字

 ココロ、シオネついてきてね。
出口に殺到する人たち、三社祭の時のざわざわする気持ちを思い出した。
「この人たち、みんなヴァンパイアなの?」
 セイラが立ち止まって呟いた。
そういえば、これはヴァンパイアの集まりだった。
「辻沢にはこんなにヴァンパイアがいたんだね」
「そうじゃなくて」
「何?」
「そうじゃなくてね」
 セイラ、どうして泣いてるの?
「人と変わりない。でしょう?」
 お師匠さん、どこにいたんですか?
「ヴァンパイアとて、情報に振り回され、偏見や悪意ある言葉をうのみにし、家族を殺されてもおろおろして悲嘆にくれるしかできない、人と変わらぬ存在なのです」
「なのにセイラは」
「お師匠さんはセイラのことをご存じだったんですか?」
「前園様から色々と」
 知り合いだったんだ。道理でね。
「だって、この子にミルクが必要だったから。あたし一人のじゃ、足りなかったから。だから。ごめんなさい。ごめんなさい」
「ユサセイラさん、それはもう良いではないですか。そもそもの始まりは私たちの仲間の過ちからなのですし。ここは痛み分けということでお互い水に流しませんか? 大事なのは未来です。ね、ヒビキさん」
「はい。お師匠さん。お気持ちはよく分かっているつもりです」
 お師匠さんと社長の。
「そうですか。それはよかった。どうか全て滞りなく完了しますように」
 再び大きな爆発が起こった。
爆風で吹き飛んだ議事堂の扉が目の前を転げてゆく。
「お師匠さん。早く逃げないと、炎が回ったらお終いです」
「それはいけません。どちらに行けばよいでしょうか?」
「西棟の階段はおそらく行けませんから、東棟に回りましょう」
 あそこを行くのはシラベたちだ。 
どこへ? 
ここ揺れてる。
この円盤危ない。
急がないと。
お師匠さんこっちです。
お師匠さんの手すごく冷たい。そうか。この人もヴァンパイアなんだっけ。
「ヒビキさん。あの人はどうやってお仕置きしますか?」
「シラベレイカをぶつけようと思っていたんですけど、あの様子じゃ、モチベが心配です」
「モチベ? ああ、やる気ですか。それは、こちらで何とかしましょう。ヒビキさん、ユサさん。下に着いたらちょっとお手伝いください」
 その前に寄るところがあった。
西棟へは6階まで下りないと連絡通路ないな。
シカタナイから、セイラ先に行ってて、それとIDカード貸してくれる?(無声)。
なんで? 分かったセイラも行く(無声)。
お師匠さんを一人にできない(無声)。
一緒に付いて来てもらお(無声)。
「行きますよ、どこへでも」
 話し早いね、この人は。
 6階はまだ爆発の影響出てないな。ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。
「宮本君。大丈夫?」
「あ、ユサ先輩、セキュリティーロックが掛かってて、僕のカードじゃ出れないんですよ。何とかなりませんかね」
「あたしのカードでもだめだな。もっと上位の人のがいる」
「少し、どいていてもらってください」
 お師匠さん? 
「宮本君。下がって横にどいていて」
 お師匠さんってば。

あれ? 和やかな香りがしてきた。
なんか覚えのある香りだ。
しっとりと夜露がおりだした夏の暮れ方の香り。
木ノ芽が香る里、辻沢の香り。
あたしたちの故郷の香り。
えーーーーーー?!
お師匠さん、鋼鉄の扉に突進しちゃった!
扉が中にひしゃげ飛んでった!
「これで、出れますね」
鉄の焼ける匂いする。
あーあ、宮本君、腰抜かしてら。

お師匠さん、髪のセットぐちゃぐちゃだし、お着物の肩のところぼろぼろになっちゃってる。
高そうなお着物なのに。
お師匠さん、歩く姿、艶っぽくてなんだか遊女みたいだな。
「そうそう、さっき下の階でこれを拾ったんですけども、どうです? お二人さんかなり臭いますから、お着替えなすっては」
 お師匠さん、紙袋たくさん持ってると思ったら、中身、辻女の夏服だ。
それではありがたく。
宮本君、あっち向いてなさいって言おうとしたら白目向いてる。
そっか、ココロたちが怖かったんだ。
「いろいろありがとうございました」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。ヒビキさん」
 お互い様だなんて……。
あの実況にゲーマーだけでなく町職員やヤオマン社員が相当数映ってたなんて言えない。
あれは幹事でゲーマーを先導してるっぽかった。
で、なんで役場の駐車場にマイバッハ停まってる?
なるほどね。伊礼バイプレが指揮を執ってたのか。
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