第五章 【ヒビキ】(2/3)

文字数 2,459文字

 なんなのこんな夜中にユサのやつ。家に来いってから家のある隣町かと思ったら、青物市場で一人住まいしてるってじゃない。青物市場ったら旧本社の近所っしょ。なんか生臭くさそうで行きたくないんだけど。

 車、路駐だけど大丈夫かな。ここらへんコインパーキングないから仕方ないけど。
ここか。すっげー、タワマンじゃん。そういえばここ、「キムタクが住む予定」って噂になったタワマンだ。こんなイナカにキムタク住むわけないのに駅前の一等地にタワマン建つとどこでも噂んなるよね。サーフィンの拠点とか近くに親戚がいるとかまことしやかなディテールがついて。ふーん。エントランスがオートロックで監視カメラ付きなのね。おーいユサ、来たよ(無声)。見えてんのかな、あのカメラ。お、開いた。で、最上階までエレベーターで行って、廊下の一番奥の扉の呼び鈴を押すっと。

なかでドカドカ音がして、ちょとたってインターフォンから、
「今開けるね」
 扉が開いて顔出したしたのは、うっすら化粧したユサ。
あんだ? その恰好は。すっけすけのガーゼみたいなの着て。おっぱい見えてんぞ。
「どうぞ、入って」
「おじゃま」
 ピンク系のインテリアが鼻に着くリビングに通された。
「ごめんね、急に呼び出して。多分、ヒビキは分かってると思うけど、さっきまでカイチョーがここにいてさ」
 なるほど、それで子ネコの写真がひっくり返してあるわけだ。ん? この部屋なんか変な臭いする。あたし乙女だから何の臭いか分かんないや。
「人がシャワー浴びてる間に、あたしのパソコンでインターネット見てたみたいで。カイチョー、開いたページ閉じないでネットする癖あって、帰ったあともそのまんまになってたからブラウザのタブ一つ一つ開いて見てたら、ほとんどがエッチなサイトだったんだけど、その中に気になるサイトがあって」
 相変わらずユサの話はグダグダだな、で?
「これ、『スレイヤー・V』をクリアするとアカウントもらえる会員制のSNSで、

『スレッター』

っていう」
 だから?
「ちょっと観てみて。なんか調べてるんでしょ。カイチョーのこと」
 おっと。

 画面はSNSっぽくタイムラインに投稿が並んでる。
「記事中の動画リンクはYSSの

『ゴリゴリ動画』

に飛ぶようになってるんだけど」

 ある記事のリンクを踏んで動画に飛ぶと、屋外らしき暗い場所で数人がムジャキにすり鉢かぶってスリコギ振り回してる動画が表示された。フラッシュモブとか、盆踊りとかに見えなくもないけど、中の人たちの必死な顔からそうでないのが分かる。
「この人たち、『スレイヤー・V』に出てくるキャラの名前を口にしてて、それと戦ってるつもりらしいの」
〈カイ・ドラキュラはこれで3体目の討伐です。ヒル人間はミッションレベルが上がるたびに手ごわくなってきます。しかし、わが隊は徹底したタッチアンドアウェー攻撃で対抗しています。ヴァンプオブチキン隊でした〉
〈がんばれー、臆病ヴァンパイア〉〈負けるなー〉〈氏ぬなー〉〈いや、むしろ氏んで来い!〉
「これって、『スレイヤー・V』をリアルにやってるふうなんだよね」
 リアルにって『スレイヤー・V』はヴァンパイア狩りのアクションゲームだったはず。するとターゲットはヴァンパイアなんだけど、それらしきものは画面の中には見当たらない。そっかARか。拡張現実ってやつだ。画面に映ったキャラがあたかもそこにいる感じでプレー出来るやつ。スマフォかざしてる風でもないから、グラス系のデバイスかなにか着けてARキャラを見てる? 
〈やられました。負傷者多数。我々の裏をかいて横道から数体のカーミラ・アシュ、カイ・ドラキュラが連携して襲ってきました。なんとか討伐しましたが、ヒル人間はかなりの知能を持っているかと。大丈夫か? 肩の傷は深そうだぞ。あ、厚木エンデバー隊でした〉 
〈やられたか。けが人で済んでよかったな〉〈クロキジ隊ってのがこの間全滅したのを見たぞ〉〈動画は削除されました(中の人)〉〈あちらさんも攻勢かけてきてる?〉
今の人、肩押さえて痛がってるけど、演技? それとも同士討ち?
「レベルが13になると、それまでのヒル人間殲滅からギキ討伐にステージがアップするの」
「ギキ?」
「『スレイヤー・V』で上級ヴァンパイアのこと。それをこのゲームでは芸妓の妓と鬼と書いて妓鬼っていうらしいの」
「そうなんだ」
「で、妓鬼討伐ステージの動画は鍵かかってて一般ユーザは観られない」
 たしかにタイムラインに投稿は流れるけど、記事の動画リンクはログインを求められて先に進めない。
「でね、この

houkeikamen

っていうユーザのだけ動画が観れてるの」
 やらしいハンドルネーム。そういうの、乙女のあたしはムリ。
 
 さっきまでと違い、やたらと暗い画面で静止画像かと思うほど動きがない。でもよく見ていると何かが画面の底で蠢いている。しばらくすると、蠢いていたものがゆっくりと立ち上がり、何かを手にぶら下げながら立ち去って行って動画が終わった。さっきのとこれとの違いは、ウエアラブルカメラの映像と設置カメラの映像であるところだ。暗すぎて細かいことは分かりにくいけれど、画面からは言いようのない背徳感が滲み出している。
「闇の匂いする」
「だよね。だからヒビキに観てもらおうって」
「ユサって広報だったよね。何か知ってるんでしょ」
「知らないの」
「知らないって。それでどうやってこのプロダクトのこと広報してんの?」
「広報の仕事って言っても、ポスターの印刷頼んだり、ユーザ宛てのメールの文書作ったりするだけだもん。だからほとんど蚊帳の外」
 なんだ、使えないか。
「これでも頑張ったんだよ。なんとか食い込もうと思って。でもダメだった、ヒビキと違って」
 あたしはそうならないように、うんとアタマ働かせてやって来たけどね。
「それでも、他の人が知らない余計なことは知ってる」
 聞きたかない。
「だから、この動画アップしたのは、カイチョーって言える」
 なに泣いてんだよ。こいつのこういうところが嫌なんだ、ホント。
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