第四章 【レイカ】(8/8)

文字数 2,156文字

 役場に着いたらミワちゃんから、
「レイカ、あんた何したの? 町長さんに呼ばれてるよ」
 ウチが? ウソ。町長室に忍び込んだのばれたのかな。やだなあの、ラブホみたいな部屋に行くの。
「トントン。すいませーん。お呼びだとかー」 
「どうぞ」
 女の人の声。秘書さんかな。
「シツレーします」
 暗い部屋。カーテン閉まってる。外まだ明るいのに。
「こちらの、ソファーに掛けてお待ちください。町長、今呼んできますので」
 出てっちゃった。あれ? 制服コレクションなくなってる。ってか、まったく別の部屋だ。フツーに町長さんの部屋。ウチ、この間は違う部屋に入ったんだろか。あー、同じ位置に黒木刀がある。机のバカでっかさも一緒だし、天井は、鏡じゃないな。絨毯は虎皮って、イマドキ。暗くてよくわからなかったからな。

 奥の扉がバーンって開いて、すごい勢いで入ってきた背広のおじさん。ウチの前にドカって座っていきなりしゃべりだした。
「お待たせ。いやー、呼びだてしてすまなかったね。アナタの課はトップダウンでアタシが作ったもののひとつだから、なんたらかたら」
 すっごいしゃべる、この人。ヒマワリのパパだよね。背高くって痩せてて、ちょっと見いい男だけど、頭がね。こんなにハゲちらかしちゃってて残念。あー、どこかで見たことあるって思ったら、ヒマワリの捜索の時、陣頭指揮取ってた人じゃない。あたしら女バスも助けになりたいって街中の捜索に協力したんだ(青墓へは連れてってもらえなかった)。あの時はたしか辻川助役ってよばれてた。あ、すみません(小声)。お茶出してもらちゃった。秘書さん、顔よく見えなかったけど、お肌真っ白。どこの美白化粧品使ってんだろ。あとで聞いてみよ。ズズー、アッツ。舌やけどした。
「アタシは、アナタの母上とは昔からの知り合いでね。それはお美しい方だった。それがね、あんな亡くなり方をするなんて。ご愁傷様でしたね」
「もにょごにょごにょ」(超小声)。
 こういうときなんて返事すればいいのか分かんない。
「とにかく、美しい方でね。アタシが若いころ、まだヤッチャ場で小僧をしていたころだ。腐った菜っ葉にまみれてね」
 ヤッチャ場?
「あー、ヤッチャ場を知らないんだね。これは失礼した。こっちではそんな言い方しなかったね。ヤッチャ場とは青物市場のことだよ。東京でしか言わないらしい。アタシは東京の生活が長かったもので、つい」
 ふーん。
「ここの青物市場で働いていたころ」
 最初からそう言えばよくない? ウィキに出てそうな情報持ちださなくても。
「アナタの母上が青洲女学校の、今はデザインが変わってしまって残念だが、あの目が覚めるような空色のセーラー服を着て、辻沢の駅頭に立たれてるのをよくお見かけしたんだよ。背がすらっと高いのがセーラー服をよく引き立たせてた。透き通るような白い生足が、プリーツのきいたスカートからのぞいてる姿に見惚れたものだよ」
 なに言ってるの? こ・の・ひ・と。
「ちょっと、いいかな?」
 おいおい、こっちに乗り出してくんな。きもいっつーの。
「ほう、やはり血は争えないね。母上そっくりの目だ。でも、母上はもっと、冷たく澄んだ冬月のようだった」
 はいはい、そーでございますか。なんでこんなところでママと比較されなきゃなんなにの?
「そんな母上がだよ、あろうことかあんな貧乏学生と結婚しただなんて、辻沢じゃ大騒ぎだった。聞けば東京の下町育ちだという。学者の卵かなんか知らんが、時代が時代ならそれこそヤッチャ場の小僧で終わったような男だ」
 はあ? パパのことディスんないでくれる?
「まあぁ、君は知らないと思うが、実はカゲムコだったってもっぱらの噂でね。ははは。本当のところは、アナタの父上が家刀自といっしょに墓場に持って行ったから分からずじまいだけどね」
 カゲムコ? 何のことだかさっぱり。
「お、もうこんな時間だ。済まなかったね。仕事にもどってよろしい」
 なんかすごくムカついた。ウチのことわざわざ町長室に呼んでする話? 

 出口の正面、展望エレベーターだ。乗ってみよ。真下までガラス張り。おー足の下に宮木野さんの山椒の大木が見えるよ。1階まで直通だ。ぽちっとな。
 パパのことはともかく、ママが美人で有名だったのはよーく覚えてるよ、痛いほどね。小学校の家庭訪問の時、先生たちをつてれ友だちの家を案内してた最中、担任の先生が一緒に回ってた男の先生に、「この子の美人の母親に会うのが楽しみ」って話してた。「それにくらべてこの子は」とかって言ったのもね。そういうこと言うな。子供はちゃんと聞いてんだぞ。
「上行きますが」
 あ、すみません。すぐ降ります。いつのまにか1階についてた。

 ミワちゃん待っててくれたんだ。
「どうだった? なんか言われた?」
「ううん。なんでウチが町長室に呼ばれたか分かんなかった」
「そっか。はい、イノコズチ・ミルクジュース」
「ありがと」
 ズズース。ミワちゃんの雑草ジュース、味、気にならなくなってきた。
「女子会、今週の金曜日、ひさごに八時ってなったから」
 ずいぶん遅いのは、それまで仕事してる人がいるから。で、ひさごは駅前の飲み屋さん。内緒だけど女バスで大会の打ち上げとかでよく利用してたトコロ。イマサラデスカ? 超気がおもいんですけど。
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