第四章 【レイカ】(1/8)

文字数 5,803文字

 いくら寝てないって言ったって寝れんわ、こんな朝から。でも寝とかないと仕事中やっちゃうからね。

爆睡中……。

 あっつー。マジ死ぬ。クーラー誰とめた? 自分でタイマーかけたんだった。何時? スマフォ反応悪いな。エイ! っとね。まだ昼の1時かよ。汗でべっとべとしてるからかな。シャワー浴びてこよ。

 さっぱりしたー。お風呂上りには冷たい飲み物ね。冷蔵庫にまたまたミワちゃんにもらったドクダミミルクコーヒー入れておいたんだ。いくら雑草ジュースブームだからって毎回雑草でなくっても。うっへ、これすっごい味なんだけど。ははーん。ミワちゃん少しS入ってるからね。きっと面白がってやってる。でも、もったいないから全部飲んじゃう。でも、おえー。
 全然お腹すかないな。眠くないし。トーチョーするにはまだ早いし。トーチョーって言い方、お侍さんみたいでカッコいいんだよね。殿! トーチョーでございまする。ってな感じで。早いけど町でもプラプラしながら行こうかな。

 やけにまっぶしーね。お日様。ふれあい公園だ。なつかしいね。高校の帰り、よく女バスの子とここで井戸端したな。

あれ? 誰とだっけ。思い出せないな。まいっか。

お、あれはサッカー少女リンちゃん。相変わらずボールはトモダチだね。でも、リンちゃん小学二年生だったから、ウチのこと覚えてないだろうな。あたしトカイセーカツで垢ぬけちゃってるから、なおさら。
「あ、レイちゃんだ。あそぼー」
 覚えててくれたー。
「リンちゃん久しぶりー。帰って来たよ。またよろしくねー。リンちゃん、サッカーますます上手になったねー」
「うん」
 お、急にしゃがんだ。分かりやすい、かまってチャンポーズ。
「どした? 元気ないじゃん」
「リンカね、クラブやめたんだ」
「えー、マジで? なんで?」
「クラブにね、リンカしか女の子がいなくなっちゃった」
「それはやだね。他にクラブないの?」
「あるけど、そこも女の子いなさそーなんだ」
「そっかー。でも、なんとかなるっしょ」
 もちっとオトナな対応できんかね、ウチは。
「あ、クオレちゃん来た。レイちゃん一緒にあそぼうよ」
「ゴメンね、これからお仕事なんだ」
「レイちゃん、お仕事してるの? 変なのー」
 何が変なのかな?
「だから今度ね」
「ばいばーい」
 ばいばーい。さすがボールさばきうまいな。ふーん。サッカークラブは男の子がわんさかで、女の子は一人か二人ってのがゲンジョーなんかな。何とかしてください! 偉い人。
 リンちゃん、サッカー辞めちゃうのかな。いいんや、リンちゃんはぜってーナデシコに入るよ。オバサン応援してっから。ふるさと訪問とかで辻沢に取材が来た時のためにエピソードトークも用意しとくから。頑張れー! 諦めんなー! (大声)。あ、こんちわ(小声)。近所のおばさんに見られちゃった。リンちゃん、手、振ってくれてる。パッピー。

 通学路、全然変わってないね。ついつい角のパン屋さんで
女バスセット(アンドーナツと三角牛乳ね)
買っちゃったよ。
「うん、これは。昔とまったく変わらぬぃ味ですぬぇ」(前の海サン)
 うま。しかし、お散歩番組って、仕込みって分かってもずっと観ちゃう。フシギ。
 きゃー、かわいいー。ぶちヌコ様だー。ヌコはいいね。ワンコは大概ほえられてツライけど。チッチッチッ。ほれ、ごろごろごろごろ。珍しいね、ノラヌコ。ウチらがコーコーに入ったころはここらはノラヌコだらけだった。ヌコ様の保護活動、女バスのココロが始めてそれをカリンが手伝ってたんだけど、保健所に持ってかれないよーに、病院つれてったり、飼ってくれる人探したりして、面倒見始めてさ。結局50匹近くのヌコ救ったって。みんなドギモだったよ。いまはどーなってるのかな。引き継ぎとかできなかったみたいだからね。ヌコ様、ばいばーい。ミルクのんでくれた。ほっこり。

 見えてきたよ。ボコーの体育館。ちょっとちっさくなった? お、この感覚。大人になっちゃった体験ってやつだ。『スタンド・バイ・ミー』みたいなこと、ホントにあるんだね。冒険して帰ってきたら町が小さく見えたってやつ。ウチの冒険はトカイセーカツのことだけど。

 おー、いるいる。女バスだ。体育館の出入り口にたむろってる。駅で会った子たちいるかな。深呼吸してー、戻る。ほら、違う子が顔出した。深呼吸でー、また戻る。やってるね、あの出入り口。夏場の練習の時、体育館の中が酸欠で苦しくなって、めっちゃ熱くて堪んなくて、女バスのみんなちょくちょく出てきては、あーやって涼しい風に当たって一息ついてた。それをコーチョーに、ドジョウが息吸いに上がってくるみたいだって言われて、キャプテンのヒマワリが

「うっせーマダラハゲ! こっちは死ぬ気でやってんだ!」

 ってぶち切れたの。そしたらマダラハゲのやつ、川田せんせーにチクりやがって、罰として

「校長先生はマダラハゲではありません」

 ってノート10ページ分書かされた上、

全員外周り二十周走らさせられた。

連帯責任でマネージャーのウチまで走らされたかんね。炎天下の中走ったもんだから、あんときは全員死んだ。熱中症にならなかったのが不思議なくらい。セイラは途中で過呼吸になっちゃってリタイアしたけど、他のみんなは死ぬ気で完走した。そのころは、ウチら全員、ヒマワリにゼンプクの信頼寄せてたし、マダラハゲへの意地があったし、やり切った感もあって、これはウチらの中ではいい出来事。

 女バスのブシツ、ドア開いてる。ブヨージンだわ。中に入ったらニオウね相変わらず。バッシュが98パーセントを占めるのね、このニオイは。
 2年の夏、あんまりニオウから、誰のバッシュが一番ニオウかコンテストした。バッシュって洗えないから誰のでもすぐ臭くなるんだよね。プシュプシュかけても気休めっての? みんなして、めっちゃクッセーとか言いながら、人のバッシュの臭いかいで、臭(シュー)ケーとってさ。結果、

シオネのが最有臭除臭ズ賞

とって、そのバッシュさ、金ラベル張られて、外周引き回しの上、ハリツケゴクモンの刑に処された。一か月雨ざらし。で、シオネにはそれに代わる新しいバッシュ、みんなでお金出しあって買ってあげたんだ。

ナイキのレブロンスペシャル。

シオネは最初、
「オレ、イラネーヨ」
 って言ってた。こんな不名誉なことはないって。でも、結局受け取ってくれたよね。
「あんがとナ。感謝するゼ」
 って。男前かっての。
 シオネの名誉のために言っておくけど、シオネのが臭かったのは、誰よりも動いてバッシュがすぐにぼろぼろになるから。うちの点取り屋だったからね。相手のマークが厳しくって怪我もよくしてた、ウチが手当てしてあげたんだよ。すごかったのが相手のディフェンス一人で潜り抜けてリーチバック決めた時。どよめきが起きたあと大歓声で体育館が揺れたもんね。

 でも、仲が良いことばっかりじゃなかった。ウチらが三年生になってから、女バスが二つに分かれていがみ合うようになって、練習の後とか、しょっちゅうケンカしてた。コートでは川田せんせーがいるからって、ブシツまで我慢して、ここで爆発させてたんだよね。そのころは、みんな家でもいろいろあって、ミワちゃんは二人暮らしのオジーちゃん体調悪くしてずっと心配してたし、ヒマワリはママが死んですぐだった。ウチは毎日ママとケンカばっかしてた。

家飛び出して夜の街を裸足で徘徊したこともあったよ。

今から思うとバッカみたいだけど。
 家のことが学校生活にニジミ出ちゃうことって、ある。だから、他のみんなもそれぞれあってギスギスだったんだろうな。あの事件があって結局それどころじゃなくなっちゃったけど。

 空気入れ変えよ。バスケのユニホーム干してあるや。こーやって並んでるのを見るのはやっぱツライな。欠番があるのなんて、ウチのコーコーぐらいじゃないかな。バスケのゼッケンなんて野球とかと意味違うのにね。

4番と7番と9番ない。

ヒマワリ。
シオネ。
ココロ。

三人があのシーズンに付けてたゼッケン。忘れらんないよ。
 あの事件のこと、そろそろ書かなきゃね。ウチらが高校三年の一学期、梅雨が始まったばっかのころ起こった女バス連続失踪事件のこと。

一番最初は、ヒマワリがいなくなった。

地区大会の練習でいつもより帰りが遅くなって、六道辻で一緒に帰った子とバイバイしたあと、いなくなっちゃった。ヒマワリのパパから捜索願いが出て、近くの池とか森の中とかも町の人総出で探したけど、見つかんなかった。

それからすぐに続けてシオネが、

梅雨が明けるころココロが

行方不明になった。あたしは、女バスのマネージャーってこともあったけど、

ヒマワリは、ミワちゃんもだけど、ちっさいころから家を行き来してよく遊んだ幼馴染だった。

ココロは家が近所だったからよく一緒に帰ってた。

シオネにはみんなには内緒の練習手伝ってもらってた。

だから、みんながいなくなって本当につらかった。

 事件の後、ヘンタイに攫われたとか、カミカクシだとか、悪霊の仕業とかいろいろ言われたけど、結局誰一人見つからなかったから、いつの間にか事件はうやむやになってって、なんでかヒマワリのパパ達も捜索願い取り下げちゃてて。しまいには三人一緒に都会に家出したんだとか、そんな子は初めからいなかったとかいう大人まで現れたりして。そういうことにもウチらみんながキズついた。
 ウチはこの町が超嫌いになってたから、高校卒業するとすぐに都会に出ようって、実はミワちゃん誘ったんだけど、ミワちゃん卒業式の時に言ったんだ、

「ヒマワリを待ってる」

 って。ミワちゃんすごい強いと思った。でもウチはダメだった。はやく忘れたかったもん。
「あなた、何してるんですか? そこで」
 ドッキー! やっば。ウチ、どー見ても変質者かドロボーじゃん(冷汗)。
「あっれー? レイカ? レイカでしょ?」
 よかったー、

川田せんせーだ。

そうですー。レイカですー((安堵))。
「やっぱりそうだ。社会人の格好しててもレイカはすぐ分かるよ。そのスーツ似合ってるよ」
 先生こそ。ブルズのタンクトップにホットパンツって、相変わらずデンジャラスですね。
「こっちに戻ったんだって?」
「はい。挨拶も来ないで、すいません」
「いいって。それより、お母様のこと聞いたよ。残念だったね」
「……」(こういう時の返事の仕方、ワカラナイ)
 事件のあと、先生とよくここで話し合った。てか、いっぱいウチの話聞いてもらった。
「そっか、ユニホーム見てたのか」
「欠番のままなんですね」
「そうだね。それについては、つい最近も議論されたんだけど」
「ウチはやめた方がいいって思います。後輩には関係ないことだし。残すならもっと違う方法があると思います」
「うん。先生はちょっと違うけれど、大方はそんな意見なんだよ。でも」
「でも?」
「欠番継続を強く望む人がいるんだ」
「誰ですか?」

「ヒマワリのお父様。今の町長さんだよ」

 ヒマワリのお父さんって、今、町長やってんのか。ウチの上長の上長の上長の上長くらい上長じゃね。
「被害者の方の意見は、なにより優先されるからね」
 先生。被害者はヒマワリたちです。ヒマワリたち望んでますかね。
「大変ですね」
「うん。でも、これは先生たちのトール道だから」
 懐かしー。

川田せんせーの口癖。何かってーと、「それはあなたのトール道よ!」。

そーだ、昨日の子のことそれとなく聞いてみよ。
「どうですか? 後輩たちは?」
「あー、レイカたちの頃に比べれば、やっぱね」
「そうですか」
「ヒマワリにはなんでも任せられた。あの子、頭よかったからね。シオネは天才。WNBAでも行けたレベル。ミワとナナミのゴール下は安心して見ていられた。で、苦しいときのカリンのスリーポイント。最強だった」
 コートで躍動するみんなの姿が頭をよぎるよ。
「ウチもそう思います」
「もちろん、試合には出してあげられなかったけどセイラやココロも。レイカにはいろいろ助けてもらったね」
 なんか、涙出てきた。
「ちょっと、寄って行く? お茶と柿ピーくらいなら出せるよ」
「ありがとーございます。でも、ウチ、これから仕事ですから」
「そう? 残念。どこで働いてるの?」
「役場です」
「そうなんだ」
 あれ? 反応、薄っす。
「ミワと一緒の部署なんですよ」
「それはいいね。ミワも元気してる?」
 おー、響いたよ。さすがミワかーさん。
「あかちゃん生まれて、それは元気に」
「そっかー、みんなもお母さんになる年なんだね。先生も婚活がんばんなくっちゃ」
「そうですよ。いい人みつけましょうよ」
「でもなー、こんなショボイ格好してちゃだめだよね。もっとおしゃれしなくちゃ」
「そんなことないですよー。せんせーイケてますって」
 ちょっとだけライン踏んでるかも。あ、それってアウトです。バスケの場合。
「じゃ、とにかく夜の外出には気を付けてね。やばい人に出会うかもだから」
「わかりました。さよねら。せんせー」
「レイカ、腕出して」
 そっか。腰入れて、腕つき出して、姿勢はナナメ。
「行くよ! 辻女!! 山椒は小粒でピリリと辛い。舐めてっとー」
「「すり潰す!」」

 ……みんなともう一度、バスケしたかったな。


 川田せんせー。いつまでも校門で手を振っててくれてありがとう。昨夜コンビニにいた後輩さん、大丈夫そうだな。ガッコもオダヤカだったし、先生の顔見ても騒ぎになってなさそうだった。ウチらの時は、いなくなった朝はもう蜂の巣だったから。やっぱり先生には直接聞けなかったな。またいなくなった子いませんかなんて。あの時、非難の矢面に立たされたのは先生だったよね。女バスのみんなも先生を攻めた時があった。申し訳なかったな。でもあの時はみんなおかしくなってたから。いいわけにはならないけど。
「辻女ー、ゴリゴリ。ゴリゴリー、辻女」
 お、女バスの外周ラン。掛け声変わったんだ。
「おいー。リリカくせーぞ、また屁ぶったろ」
「屁ぶってねーし」
「この前の試合でもゴール下で屁ーこくわ、シュート外すわって、そのケツなんとかしろ」
「「「「「こんちわー」」」」」
 ちわ(無声)。誰でも挨拶。守ってるね、デントー。
「後ろの一年、涙目っぞ。あやまれ、リリカ」
「あ、ごめんしてね」
「「ヘーキっす」」
「やっぱ、屁ぶってんじゃねーの」
「屁ぶってねーって」
 変わってないね、ゼンゼン。
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