第十五章 【レイカとヒビキ】(2/6)

文字数 1,393文字

 そのすぐが来たみたい。
 駐車場の街灯の下で、バスケのユニフォーム姿の女の子が何かを追いかけてる。シオネだよね、アレ。
「来たよ。行こう」
「うん。セイラが懐中電灯持つね。ゴマスリ、黒ごまでお願い」
「レイカもおいで。うしろのボール持ってきて」
 三人で街灯のところへ。
 シオネのユニホーム芝生だらけだ。どんだけ野山を駆け回ってるんだろ。さすが野生児シオネだよ。 
 シオネが追いかけてたのリスだった。やたらすばしっこくて、今のシオネには捕まえられそうでない。
「シオネは、相変わらずココロザシが高いよ」
 セイラの声、震えてる。
「動作鈍くなってるっていうのに、高い目標に挑むんだ」
 セイラが、タンクトップの肩紐をずらして、シオネに近付いてゆく。
「シオネ」
 セイラが呼ぶと、それまでリスしか眼中にないようだったシオネが、おもむろに振り向いてこちらに近づいてきた。そしてセイラの前まで来ると立ち止まった。シオネの髪の毛、パッサパサ。
「セイラ。シオネだぜ。オレたち友だちだよな」
「うん。そうだよ」
 シオネが少し膝を曲げてセイラの肩に頭を傾ける。役場の駐車場を思い出したよ。ん? 何してんの? カリン。スリコギ構えて。

 セイラが、ウチにコイコイって。
近付くと、シオネから体育館の匂いした。お日様が窓から射しこんで体育館の床を温めたときのほのぼのとした匂い。シオネが目をつむってるの、セイラの首筋に牙をくいこませてるの、音をたてて血を啜ってるの。全部が一気に分かった。セイラ痛くない?
「シオネっぽいとこ見てあげてくれる? そのボール、セイラの後ろから頭越しに投げてみて」
 言われた通りにボール投げた。それをシオネが両手を上げて受けたからびっくりした。うお! すごい反射神経。さすが、シオネだよ。
「すごいでしょ。この体勢で、しかも両目閉じたまんまなんだよ」
 うちは、両手をあげてボールをつかんだシオネの横に立ってみた。シオネの腕の筋肉はホントに昔のまんま。男子とまではいかないけれど、強そうな張りのある筋肉。こんなとこにも芝生ついてる。脇の下までって、ヘッドスライディングでもしたのかな。手で払ってもへばりついててとれない。
「すごいね。シオネ」
「でしょ、でもサイドパスはだめなんだよね。片手だからかな」
「サイドは、むづかしそうだもんね」
 ボール落っことした。ボールが跳ねる音が駐車場に響いて止まった。
ボール拾おうとしたら気付いた。バッシュ、レブロンスペシャル。ウチらがあげたやつ履いててくれたんだ。
「レイカ、ここ見てあげて」
 セイラがシオンの首のとこ指してる。穴、二つ。
そうか。ここからシオネのスピード、バネ、判断力、目的意識、賢さ、一途さ、優しさ、勤勉さ、向上心、楽しみ、笑い、うれしさ、悲しみ、涙、苦しみ、汗、幼心、経験、思い出、友情、愛情、夢、将来、そしてかけがえのない命が抜き取られたんだね。涙出てきた。
「カリン、お願い」
 カリンがゴリゴリゴリゴリ。
カハ! て音させてシオネがセイラの肩から口を放した。シオネの牙から赤い糸が引いている。うまそ。シオネは目をつぶったまんまでコーコツの表情をしてる。体をゆっくりとゆらしながら。
「カリン、スリバチ貸して。セイラが代わるから」
 セイラがゴマすってる間、シオネはなんだか子守唄を聞いてる赤ちゃんみたいだった。信じらんないかもしんないけど、幸せそうにみえたんだ。
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