第二四章 【ヒビキ】(2/3)

文字数 2,121文字

 夜10時半、時間まで30分ある。
約束の場所に着いたのはいいけど、車停めるところ神経使った。
なんせ、今度の車はそこらのとは格が違うんだから。
マーブルシャイニングホワイトのエクサスLCーX。
菜っ葉の腐った臭いがなかな取れなくて、インテリアのクリーニングに手間取ったけど、ついにあたしのもの。
このビルがスクリーンになって、ちょうど現場からブラインドになる適所だと思うんだけど、大丈夫だよね。
セイラここわかるかな。
[子ネコのママ会 セイラ(カリン見つけた)]
 ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。
「おまたせ。すごい車だね、今度のカリンの車」
 とりあえず乗って。
「会長、何て言ってた?」
 今日は、新プロジェクトの最終運用テスト。
セイラから会長にテスターを頼んでもらった。
「二つ返事だった。『僕の雄姿を見せる時が来たね』とかって」
 案の定だね。必ず乗ってくると思ってたよ。
それとやっぱり会長、見られてたことに気付いてない。
ということは、あのスレッターは会長ではなく誰かが成りすましてたってことになる。
てか、ハンドルネームの時点で会長の下半身の秘密知ってるセイラ。
あたしは乙女だからなんのことだか分からないけど。
 伊礼バイプレに聞いたら『桜の森の満太郎のつぶやき』のチェックはセイラの仕事だってから、位置情報付きの写真なんかアップされてたらセイラが一番に気付いて差し替えるはず。
つまり、セイラがわざとアップした。
それから、スレッターと同期してるのがわかるくらい会長がこまめにつぶやくってのも変な話。
多分、こっちもセイラの仕業。
今回の件ではセイラがいろいろ主導してたってこと。
例えば、セイラの部屋で見せられたスレッターは、
会長がログインしっぱなしってことにして、
あれをあたしに見せるためにセイラが芝居を打ったんだ。
シラベのスマフォの『V』チートバージョンだって、
インストしてあったふりしてセイラがあの場で入れたに違いない。
ついでに言えば、あたしのスマフォの『R』だって、
『V』インストしてもらったタイミングで入た。
どうしてセイラがそんなことをしたか? 
それはあたしを巻き込みたかったから。
もちろん、あたしはそれだけで動いてたんじゃないけど、結果的にセイラの思惑に乗ることになった。

 ココロが変わり果てた姿で帰って来てしばらくした頃、セイラから連絡があってシオネが青墓の杜を彷徨ってるって知らされた。
その時同じ境遇のあたしたちはこの子たちを守るってことでダブルチームを組んだ。
でも、社会に出て、お互いの生活に忙殺されるうちに段々と会わなくなって、いつかあたしたちは、それぞれの相手の世話だけして、時々連絡を取り合うけどお互いに干渉することのない冷めた仲になった。
そして3年が過ぎて、気付けば
あたしは社畜になり、
セイラは鬼畜になってた。
ホント、ワラエナイ。

 社長SNSの「桜の森の満太郎のつぶやき」ってタイトルはセイラが付けたんだと思う。
会長が坂口安吾を読むとは思えないから。
「桜の森の満開の下」。
あの物語は山賊にかどわかされた女が首遊びに興じるために山賊に都から人の首を取って来させるけど、セイラは会長が持って来る首から血を受けて、シオネにあげる足しにしてただけ。
首謀者は会長のほう。おおかたそんなところ。
これがセイラの企みだったら、宮木野さんが水に流すなんて言うわけない。
あの時点でも、セイラからシオネを奪ったことへの債務意識のほうが宮木野さんには強かったと思う。
だからあたしを千福オーナーに向かわせたんだ。
最愛の弟に。
セイラはずっと前からあたしに訴えかけてた。
セイラを見て、気付いてって。そして助けてって。
それにあたしは気付かなかった。いや、気付いていたけど知らないふりしてた。
あたしはココロと二人であの地下室にいられればそれでよかったから。
この町で何が起ころうと、この先どうなってしまおうと、そんなことはどうでもよかった。

でも、みんながそれを変えてくれた。
社長が、
お師匠さんが、
川田先生が、
シラベが、
センプクさんが、
ツジカワさんが、
スオウさんが、
セイラが、
シオネが、
何よりココロが変えてくれた。
 7月初めの雨の夜、ココロがうちに来た時も、あたしはどうしてココロが会いに来たか分からないままで、歩き去ったココロの背中がずっと気になってた。
そしてこのプロジェクトが動き始めたころ、それがココロが何かを決心したときの後ろ姿と一緒だとやっと気づいた。
2人で夢を追いかけてた頃の、あの毅然とした後ろ姿に。
だからあたしはこのプロジェクトをやり遂げようって、最後に何が待ってるか分からないけど逃げないようにしようって思った。
そしてみんなと関わるうちに少しずつ何かが変わっていくのを知った時、あたしにはまだやることがいっぱいあるって思えるようになった。
(「みんな、よく聞きなさい。
これはあんたたちのトール道だよ。
相手がどんなに強くっても、自分がどんなに傷ついてても、決して諦めちゃダメ。
メンタルを強く持って耐え抜いて、
頭を使って切り抜けるの。
そして勝利をもぎ取りなさい。
あんたたちならやれる。挫けるな。
チームのみんながついてる」)
……川田先生。
あたしたち切り抜けられたかな。
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