第十二章 【ヒビキ】(1/6)

文字数 2,346文字

 気に入ってたけどモフモフのシートカバーはシラベの血がべっとりついてたからゴミ箱行き。いつかこの車のインテリア総とっかえしよう。昨晩はマジで危なかったな。レイカのおかげで助かったけど、逆にレイカがこれからどんなになるのか、あたしたちで本当に何とかできるのか不安になる。でも、これはあたしがトール道。これを乗り越えなければ目的は果たせない。

 昨晩青墓で一人で偵察に出て、誰もいないはずの受付にジャガーが停まってるの見た時はすぐにでも戻ろうかと思った。でも、会長が肩からボールケースを3つも掛けて車から出て来たから茂みに隠れて様子を伺うことにした。
 しばらくすると森の暗闇から、緩慢な動作のたくさんの蛭人間が現れて会長の周りを遠巻きにして集まった。その中の何匹かは、あたしのいた茂みの横をすり抜けて行った奴らだった。ずっと後ろにいやな気配を感じていたんだけど気のせいにしてスルーしてた。危なかった。
 蛭人間って、辻沢の風景に自然と溶け込んでいて、そこに居るのにいないような、目の端に捉えているのに気づかないような存在なのかもしれない。昨日の夜は狂暴化して襲って来たけど、突然そうなったんじゃなくて、ずっとそうやって暗闇から辻沢の生活を脅かしてたんじゃないかと思う。
 一人夜道を歩いているとき付けられてる気がしたとか、暗い田んぼの中で何かが蠢いたとか、森を車で走るとき木々の間に何かが佇んいる気がするとか。あたしたちは何も気づかぬふりをして、何も見てない体で生活してた。それが言い知れない不安の正体だなんて思いもしないで。
 それで会長はどうしたかっていうと、そいつらをいやらしい目でねめつけながら、ボールケースの中から何かを取り出して蛭人間に与えだした。蛭人間たちは猛烈な勢いでそれに群がり貪り食った。蛭人間がたてる気味の悪い音のせいで吐き気がしてきて、あたしは急いで車に戻ったけど、あれは確かに人の生首だった。

 今朝はココロの家の駐車場から会長の見張り。この地区、今日燃えるゴミの日なのかな。カラスがうるさい。
 カカカ。コァコゥァ。アーアーアー。カカ。コゥァ。アー
って、何か喋ってるみたいな鳴き声。
 ここからまっすぐのところに会長の家が見える。垣根の中は家族が誰も住まなくなったココロんち。トリマ、ここで見張ってればジャガーが出てきても分かる。ユサ来たいって言ってたけど遅いな。会社休めなかった? 
ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。
ユサだ。
ウイーィ。
「ゴメン。道が混んでてバスが来なくって」
「会社休ませて、かえって悪かったね」
 まず乗って。
「有給いっぱい残ってて、そろそろ放棄扱いにされるからちょうどよかったくらい」
 何それ。ゴリゴリ、ブラックだな。って、うちの系列会社だし。
「カイチョー、今週はうちに来れないって昨日連絡来た」
「そう。理由言ってた?」
「ううん。言ったことないし。聞きもしない」
「妓鬼狩りだと思う?」
「この間見たスレッターのパターンからすると、そろそろな感じするけど」
「ユサの家に来ない週と、スレッターの投稿は?」
「セイラの日記見たら一致してた。で、前にうちに来なくなったのが、5月末。その週前後に数回投稿している」
「ということは、そろそろありそうな感じだね」
 妓鬼狩りなら、彼らが寝ている日中のはず。だから朝から張り付いてる。ユサ、ゴマスリセット持ってきたんだ。華奢で小柄なユサが持つと余計にでっかく見える。
「カイチョんちとココロんちって、ご近所だったんだね。ここら高級住宅街だよね。ココロんちってお金持ちだった?」
 そうなんだよね。ココロの家に来るときは、お呼ばれって感じでヒラヒラしたブラウスとか着て、いっつも緊張してた。ココロの部屋に行くには玄関入って居間を通り過ぎなきゃなんだけど、
「お邪魔しまーす。この間は銀座吉岡屋のマカロン、


「やだ、カリンちゃん、ゴンベさんみたい笑」
 ってココロのママにひと笑いしてもらって、階段上った奥の部屋にあがった。ここから見えてる2階のあの角部屋。今は鎧戸閉め切りだけど、日当たりがよくって、ネコたちがいっぱいお昼寝してた。なかでも、高校周辺のネコたちレスキューした時に出会った3匹は特別で、いたずらされて前足切られてたフォー、病気で目が見えなかったブンチャー、去勢手術で腰立たなくしちゃったチャーゾー、最後まで引き取り手のなかった子たち。あたしも引き取るって言ったけど、
「いいよ。ウチが一生面倒見るから」
 って。あたしの家の事情知ってたから。
「ヒビキ。ジャガー出て来た。こっち近づいてくる」
 シート倒して(無声)。行き過ぎた。曲がった、すぐそこの角。追いかけなきゃ。ココロまた来るね。おっと、すぐそこに停まってる。真っ直ぐ行ってと。
「降りて見てくる。ユサはここで待ってて」
 三軒先に車ある。そーっと近づいて行って。車に乗ってない。家の中で何やってんだろ。やっば、もう出て来た。ボールケース下げてる。いやいや、見てないで隠れなきゃ。隣の大谷石の壁の家、ちょっとお邪魔します。ク・モ・ノ・ス。うえー、顔に張り付いて取れねー。ってやってる間にジャガー行っちゃった。車に戻って追いかける? 家の中を確認が先か。顔見られないように一応これ被ろう。
 屋根の上にカラスがいっぱいいる。さっきからカラスがうるさかったのはここか。地面に血の跡ついてる。玄関からずっと点々と。玄関、鍵開いてる。
「すみませーん。どなたかいますかー?」(ささやき声)
 血の跡、中まで続いてる。奥、暗いな。入るべきかな。マズイ匂い、プンプンしてる。
(「わたしには手に負えそうにない。だからこそ、ヒビキに頼んでるわけ。内々に」)
 これはあたしも手に負えそうにないです、社長。
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