第十三章 【レイカ】(8/9)

文字数 2,454文字

「少し飲むだけで止めてくれるってこと?」
「そう。二口、三口で止める。レイカのママがお兄さんの餌を続けられたってのも同じ理由だと思うよ」
 餌って? ミワちゃんもそんなこと言ってたけど。
(「そう。おじーちゃんが、『乳なぞ餌がやればよい』って」)
「宮木野と与一が辻沢村の人たちと交わした契約は、人を襲わない代りに眠りの邪魔はしてくれるなだった」
(〈これで、ミッションレベル13をクリアです。次はいよいよ、妓鬼討伐ステージです。スレイヤー!〉)
 スレイヤーって、マジ契約違反。
「でも、生きて行く上でどうしても血が必要なのがヴァンパイア」
 ウチは、今のところ血は必要なさそうだけど。のど乾いたな。血の話してるからかな?
「双子が生まれたら、片方だけがヴァンパイアなのは思い出した?」
 えっとー。
「なんで、片方だけなんだと思う?」
〈ファイナルアンサー?〉 黙ってろよ、テメーは。
「わかんない」
「餌になるんだ、片方が。今なら余裕があるから一族の誰かが餌になれるけど、昔は食うものもままならなかったから産み落とされてすぐに捨てられたり放置されることが多かった。だからヴァンパイアの兄弟をヴァンパイアでない姉妹や兄弟が餌となって支える」
「最低保障ってやつ?」
〈最低保証とは人間が基本的に生活してゆくべき程度を保証する行政制度を言い……〉
 うっさいよ。声出してしゃべんな。
「レイカ。そいつ黙らせてくれない? さっきから」
「え?」
 ずっと声出てた? ナナミ、そんなに睨まなくても。
「ごめん。なんかウチもコントロールできなくて」
「そいつは、面倒なもんだ」
 あ、作左衛門さん。こんばんはー(小声)。
 ずりずり、さあドーゾお隣へ(無声)。
 お、すまないね(無声)。
「なりたてのヴァンパイアは、誰もがそーいうのに付きまとわれてな。オレも25でヴァンパイアになってしばらくそいつに苦しめられたよ。周りの者から、若造がじじーのようなことを言うなって言われてな」
「なんでこんなのが」
「血ってのは中にいろんなもんが混じってるからな。思い出とか気持ちとか。その中のいらないもんを吐き出してるんだろ」
「なんか赤ちゃんのげっぷみたい」
「まったくそのとおり。ゆえに、うちらの間では、『げっぷ』と言ってる。ま、人によるが3か月もすれば治まるって」
 ふーん。
「もっとも、久しぶりにナナミの血をいただいたあとは、オレもしばらくげっぷ出てたがな。
〈『のり』とは江戸初期ごろの古語で血液のことをいい〉
とかってな」
「ちょうどいいや。作左衛門さんにも聞いててもらおう」
「いいよ、で、何の話してるんだい? ちらっと血とかって言ってなかったかい?」(キラキラな目)。
「作左衛門さん。そうやってすぐ眼の色変えるの何とかしてもらわないと。今度、突然襲いかかったら出てってもらうからね」
「すまん、すまん。どうもその、なんだ、後ろから忍び寄ってっていうゾクゾク感がたまらなくてね」
「こっちは、それでどんだけ命削ってると思ってるの? おかげでここんとこ生理もこないんだからね」
「すまんこってす」
「ホントにしてよ。で、レイカんとこは双子だったよね」
「そうだよ。ニーニーが半日遅く生まれた。でも、どっちかなら……」
「宮木野と与一がそうだったように、男女の双子はお互いヴァンパイアなんだよね。その場合、餌はどうなると?」
「いない」
 あ、それでママが?
「そういうこと」
「なら、ウチもママに」
「そんなことできっこない。一つの餌を取り合うことになって、いずれ兄妹で殺し合いを始める」
 ニーニーと仲良くできないのって、そぃうこと?
「だから、レイカはママハイなんだよ」
「ほっとけって」
「ちがうよ。ヴァンパイアの因子をレイカのママが封印してたってこと。ママ・ハイプノシスで」
 え? 何? ハイプノシスって? 
〈催眠術のことをいう。正確な発音はヒプノシス〉
 ありがと。でも、黙っててくれる? ナナミに聞くから。
「ウチ、昔からヴァンパイアだったってこと?」
「いや、なる前に封印されてる。小学校前だと思うよ」
 覚えてない。
「お前らの時代は面倒なことしてるな。俺の頃は、チタルの家から餌を二人貰えばよかった」
 二人貰うって、また変なシキタリ?
「作左衛門さんはお姉さまだったよね」
「そう。ずいぶん前に村のもんに殺されたが」
 マジ契約違反。
「チタルっていうのは?」
「六辻家の最下位の家で、双子が生まれてもヴァンパイアが出ない変な家のことだ。だが、チタルは他の家に男女の双子があった時に必ず双子が生まれる。まるで用意されたように。となれば男女の双子に血を分け与える任につくのは誰もが考えること」
 だから餌? ひどくない?
「血の樽。餌の家系。さげすまれた家」
(「もとは卑しい家の娘で、お手付きで子供を産んだ妾ってことになってる」)
「ミワちゃんて」
「養女だよ。ヒマワリもそう。二人は双子なんだ。小学校に入ってすぐそれぞれの家の養女になったから、そのことはウチくらいしか知らないけど」
 ……思い出してきた、今さらだけど。ウチ。あのころのこと。
(「ママ、ミワちゃんとヒマワリとはもう遊ばないの?」)
(「レイカには必要なくなったの」)
(「ニーニーは遊んでいいんでしょ?」)
(「ニーニーも遊ばないのよ」)
(「どうして?」)
(「ニーニーには、ママがいるからなの」)
(「ニーニー、いいな。ママと一緒、いいな」)
(「レイカ。わがまま言わないのよ。レイカがわがままを言えば、可愛そうな人が一人ふえるの。忘れないで」)
(「わかった。レイカわがまま言わない」)
(「ママのレイカはとってもいい子」)
 あの頃のミワちゃんの顔は、いつも悲しそうだった。うちの玄関に大人の人に手を引かれて来たときのミワちゃんは、いつも下を向いてた。楽しくなかったんだね。ウチらと遊ぶのが。帰るとき、「またね」って言っても返事してくれなくて、バイバイもしてくれなくて、迎えに来てくれた人に言われて、バイバイしてた。
ウチ、何にも気づいてあげられてなかった。
情けないよ。
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